頁04:神とは

        






「えっ……? あ!? あれ、私───」

「ああ、うん、そう、死んだよキミ」

「はぁ!?」


 軽薄けいはくさを煮込んで固めた様な印象の男がヘラヘラと笑いながら私に話しかけている。


「死んだって──」


 ここに包丁が、と我ながら間抜けな台詞をきかけて異変に気付く。


「──無い…」


 腹部に垂直に立っていた包丁も、背中にあるはずであろう傷も痛みも、刺されて切り裂かれていた服の切り口すらも。


「うん、要らないしネ」


 何を言ってるんだろうかこの人は。

 大きく深呼吸をし、何とか気持ちを冷静にたもとうと辺りをうかがう。

 私とこの人物以外、何もない。

 地平線まで一切遮蔽物しゃへいぶつというか形のある物体が見えない白い大地と、雲一つ無い空。一見何の変哲へんてつも無い空に見えるが、空とは思えない。一色のみの絵の具で均等に塗られただけの天井みたいな空。

 たった二色だけで表現されたのっぺりとした世界に、私はいる。

 自分のまとっているスーツのグレーが際立きわだって浮いていた。

 ちなみに謎の彼が着ているのは茶色が色褪いろあせたくたくたのTシャツ、毛玉がうっすら散らばるオーバーサイズの黒のスウェットというだらしない休日の大学生みたいな組み合わせだった。

 ※そうじゃない大学生の皆さんは申し訳御座いません。※


「ビックリしたっしょ? 世界をまたぐ手段はトラックだけじゃないってネ♪」

「は…? 世界? トラック??」


 私の反応になぜか驚く様子を見せる。


「ちょ、えっ? まさかトラック知らない系? うっそマジで!?」

「いや、トラックは分かりますけど」

「だよねぇ! あっひゃっひゃっひゃっ!!」


 なぜか爆笑する。何がツボに入ったのだろう。


「オレも説明とか苦手でさァ、要点だけチャチャっと説明するけど、とりあえず何百年もかかってやっと世界の下地が完成したんだけどネ、細かい設定とかが全然決まってなくてさァ。ぶっちゃけ人類が最低限度の文明の中で原始的な生活をしてるだけって状態なのヨね」


 何? 何の話をしているの?? 下地? 設定? 私が死んだって件はもう説明無し?


「オレがやらなきゃならない事らしいからオレにしては珍しく真面目にコツコツやって来たんだけどさァ、もう無理。マジ限界。頭あっぱらパーン状態。生態系なんて適当に【種】散らしておけば星が勝手に修正してくれるから楽だったけどさァ、歴史だ文化だ魔法だってのを考えるのダメなんだよねオレちゃん。考えるよりは誰かが作ったのをプレイするのが専門だったし? だからその辺のメンドクサイのをキミに───って…え、何? 何だって??」


 目の前の多分人類だと思われる存在から吐き出される言葉は、単語の一つ一つの意味こそ分かるものの、何について話しているのかが私には理解が追いつかなかった。

 理解出来ない空間で理解出来る単語が理解出来ない文章に変わる。

 その奇妙なねじれがひどく居心地の悪い感覚を生み出していく。


「……マジで? チョット確認するわ」


 ここでようやく私の反応がおかしい事に気が付いた様だ。いや、彼の挙動きょどうも大分おかしいが。


「…もしかもしてもしかもするとだけどサ」


 どういうかもしだろう。


「どういう状況か…まさか分かってない、とか?」

「分かりません」

「オイいいィィィィィィ! マジかよぉぉォォォォォ!! うわああああぁぁぁァァァァ!!!」


 彼は両手で顔をおおいながらものすごい速度で辺りを転げまわった。何も落ちてないから多分怪我はしないだろうけど。

 そんなにもだえられてもそれがなぜなのかが分からないのですが。

 すると私の心が通じたのか彼はピタッとローリングを止め、私を見る。


「【なろうぜ系】って分かる?」

「分かりません」

「ラノベ読んだ事無い?」

「ありません」

「ラノベって分かる?」

「ライトノベルの略です」

「漫画は?」

「読みません」

「ゲーム」

「しません」

「テレビ」

「見ません」

「ざけんなおらあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 とうとう遠くの方に向かって切れた。

 叫びが山びこの様に何度も響き渡る。山も無いのにどうやっているのだろう。変な空間だ。


「ハァ…ナンテコッタイ」


 寝姿勢ねしせいからよっこらしょと起き上がり、胡坐あぐらをかいて私に向き直る。


「キミ、令和の日本で生きてたんでショ? それとも山の中で人知れず修行とかしてたの?」

「…スーツ着てますけど」

「デスヨネー!」


 胡坐あぐらの姿勢のまま仰向あおむけに倒れた。かと思ったらそのままの姿勢でまた起き上がる。結構無理のある動きだけれどきたえてるのだろうか。そうは見えないが。


「つまりオレちゃん、とんでもないレアキャラを釣っちゃったってワケか」

「レア…キャラ?」


 ガクッと項垂うなだれる。


「レアって表現も分からないモンな…。まさかあの時代のワカモノでこんなガラパゴス人間がいるとはなァ」

「…すいません」


 ガラパゴスという表現で何となく馬鹿にされてるんだろうという雰囲気は理解できた。

 反論したい気持ちもあるが、何が何だか全く分からない以上はとにかく現状の理解を優先すべきと悔しさをぐっと飲み込む。

 恐らく彼が私に対して共通の知識として求めたのは、私が思春期に至るまで両親によって隔絶かくぜつされてきた物だったのだろう。


「しゃあねぇ、、同じように異世界知識ゼロの読者がコレ読んでるかもしれないからざっくり説明してやんよ!」


 どこに向かって喋ってるんだろう。


「まずアレを見てちょ☆」

「…ちょ?」


 彼が濃淡のうたんの無い青い空を指差した途端とたん、プロジェクターの様に映し出されたのは……地球? いや、これは…多分違う。陸の形とかが特に。


「まず、オレがこの星を作りました。ホログラムとかじゃなくてガチのです」

「…は?」

「この地球モドキには二足歩行の人類が散らばってて一応なんとか生活してます」

「…え?」

「人類を誕生させたオレは立場的にいわゆるカミサマにあたります」

「…はい?」

「キミはオレの代わりにあの地球モドキのいろいろな設定をしてもらう為にオレがここに引っ張り込みましたので全力で頑張って下さい」

「…ええ…?」

「はい説明終わり」

「待って。ちょっと待って。ざっくりし過ぎです。説明ド下手糞へたくそですか」


 くたくたのTシャツの襟元えりもとを両手で掴んでぐいぐい揺さぶった。


「や、ちょ、やめて! 伸びちゃう! だからさっきから説明苦手って何度も言ってるじゃん! ……うるさいな、だったらお前がしてくれたっていいんだヨ!?」 


 ちょっと涙目で彼が抗議する。そこまで嫌か。というかさっきから誰に何を言っているのだろうか…?


「それにしたって端折はしょりすぎでしょう。読者がどうとかはよく分かりませんけど、今のが商品の説明書とかだったとしたらクレーム殺到さっとうしますよ」

「いい? オレをよく見てよ! 自分で言うのもアレだけどさ、オレみたいな見た目のヤツからそんな細かく丁寧な説明が出てくると本気で思ってる!?」


 期待してません。と反射的に言ってしまいそうになった。口は災いの元。


「はぁ…、じゃあ取り敢えず少し分かった事もあるので私から質問させて下さい」

「おけまる」


 右手左手それぞれでOKサインをする。

 ところで誰の真似だろうそれ。桶丸さん? 知らないけれど。


「まず…改めて確認させて頂きますけれど、今私が見ているこの世界は、本当は夢ではないのですか?」

「夢だって言ったら納得した?」


 私は決別のため息を一つ吐き捨てた。


「願わくば夢であって欲しかったです。それから…私は、その…」

「あぁ死んでるよ~間違いなくね。元の世界じゃ火葬されて納骨まで終わってるから」


 とんでもない事実だというのに全く意にも介さない口調で断言された。

 ハイそうですか、と納得するには理由が足りなさすぎるが、否定するだけの要素も無い。何よりもつい先程体験したばかりの生々しい痛みの記憶が如実にょじつに物語っている。


「キミ、サブカル知識が全くないからテンプレって言っても分からないだろうけどさァ、まず平行世界だとか異世界って分かる?」

「分かります」

「おぉ~~意外! それは分かるんだ?」


 分かるというよりは可能性の一つとして考えた事があるかどうか、だろう。

 自分が生きていた世界が恐ろしく低い確率の積み重ねで出来上がった世界だとしたら?

 目に見えない場所か宇宙の果てか、これだけ広大な空間のどこかで同じような奇跡を経て誕生した世界があってもおかしくは無い。ただそこへアクセスする方法が無いだけだと世界が割り切っているに過ぎない。

 まさかこんな形で訪れるとは思いもしなかったが。


「で、キミの時代になってから急激に異世界に対する認識が高まったワケよ。その理由としてはラノベの世界設定として描かれる機会が増えたのが大きいのかな? それまでは異世界ってのは単体で存在するファンタジーなモノとされてて、そこに外側の世界から誰かが来るって展開は少数派だったんだけどねェ」


 頭が痛くなってきた。

 真面目な話をしているのかそれともまだ理解の範囲外の単語で化かされているだけなのか。


「あーゴメンゴメン! やっぱ分かんないよね。つまり、人は死ぬと天国地獄じゃなくて違う世界に飛ばされるって考え方が若者を中心に広がってんのヨ。なぜか一番信じられてるのがトラックにかれて死ぬ事なんだけどさ。笑っちゃうよねw  結果として死ぬならわざわざ痛そうな選択しなくてもいいのにww」


 ああ。だから最初にトラックがどうのと聞かれたのか。


「そして驚くべき事に『死んだら天国地獄ではなく異世界に飛ばされる』というファンタジーが一部本当になってしまったワケ。オレも初めてこの空間に引っ張り込まれた時はガチでビビったわ。うはwww まじかwwww って具合にね♪」

「どうして違う世界に来たって理解できたんですか」


 さも楽しそうに話しているが、私には正直その感覚が理解出来なかった。


「【枠】から外れたって知ったからヨ」

「枠…?」

「そ。ヒトとしての枠。───ああ、わかった、言う通りにやればいいんだろ」


 彼は再び胡坐かぐらをかいて座る。


「さっきから何を───」


 言いかけた私の前で、彼は胡坐のまま…宙に浮いた。安っぽいCGの様に、私の目線よりもどんどんと高く…。


「ぬふふふ……、あっはっはっはっはっは!!!!!」


 そして高らかに笑いながら恐ろしい速度で遥か上空へ吸い込まれて───


「……嘘…。…え…、何、あれ…!?」


 彼が消えていった空から…が、遠くに───


『『 ベロベロバァ~っ!!!!! 』』


 声?を発した『それ』が何なのかを認識するよりも先に、地表に落下した大質量の物体が巻き起こす壊滅的な衝撃波が私を飲み込んだ。








   (次頁/05へ続く)







         

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