頁13:リアル戦闘とは

         






「うわああああぁァァァァでた、でた出たデタ死ぬうううううぅうぅ!!!!」


 勇者への冒険が始まったばかりなのでは?

 ていうか死なないでしょう、我々。


「みさくす、なんで平気な顔してるのサ!? さては本当は熟練のゲーマーなんだろそうだろ!!」


 うるさいな。みさくすの『くす』ってどこから出てきた。


「まだ鳴き声が聴こえただけです、怖くないとは言いませんけど姿も見ない内から怯えても───」


 バサバサッ!! と、恐らくは奇声の主であろう生物が唐突に目の前に…に……に………


「きゃああああああああああいやあああああああああああ!!!??」

「うおおおおおおおビックリしたあああ!??」


 目が…、目が……! 一つだけしかない目玉が顔?の真ん中でギョロっとした、サイズのやや大きい蝙蝠コウモリの様な…何か!


「あ、なんだ、飛ぶ眼フライングアイ的なヤツか」

神々廻ししばさんどうして平気な顔してるんですか!? さては本当は頼りないフリした勇者なんでしょうそうでしょう!?」

「ちょ、それオレがさっき言った事そのまんまじゃ」

『キョエエエエエエェェェェェ!!!』

「ぎゃああああああああああ鳴いたああああああああ!!!!!!」

「キミ声でけェなあああああぁぁぁ!!!!!??」


 なんだこの地獄絵図。


「みさックス、落ち着いて! いいか、あれは多分RPGで言う所の『ゲーム開始直後に経験値にされる為だけに生まれたなんの問題も無い雑魚』だヨ!」

「だ、だって目が、目がぁぁぁ!!」

「天空の城の王みたいな事言ってないでよく見て! 二つあるべき目が一つに減ってるんだから人間で言えばむしろ弱体化してるっショ!?」


 た、確かに…単眼じゃ立体で物を見られないから…。


「で、でもあんな凶悪な鳴き声が…」

「更によく見て! どこに口があるのサ? 口も無いのに奇声上げてるんだよ!? 向こうもかなり無理してんのヨ!」

「口も無いのに!? 寧ろどうやって!?」

「気合だよ!! 気合で負けたらそこで試合終了だよ!」


 そうだ…気持ちで負けたらダメなんだ…! これからこんな日常が (多分)ずっと続くというのに…!!

 そう言えば今気付いたが、驚いたあまり私はずっと神々廻ししばさんにしがみ付いていた。


「離して下さい、うったえて勝ちますよ」

「理不尽!!!」


 悲痛な抗議は切り捨てた。

 勢いよく飛び込んできた割に、【敵】も我々との距離を維持してホバリングを繰り返している。きっと向こうも警戒しているのだ。

 良く見ろ…相手を……。道場での稽古で散々鍛えただろう、私。観察して見切れ……!

 ───丸っとした群青色の胴体から左右に生えた蝙蝠コウモリに似た大きな羽、そして体のサイズにしてはちょっと小さい気のする足。もし地面に降りた時どうやって移動するのだろうか。ウサギみたいにぴょんぴょんするのか…足の見た目もなんかそんな感じだし。それともヨチヨチって歩くタイプかしら?

 あれ、なんか段々怖いイメージじゃなくなってきたぞ…?

 大きな単眼も常識の脊椎反射せきついはんしゃで生理的嫌悪感が先に来てしまったけれど、落ち着いてながめてみたら……これはこれで……?


「…もしかしてちょっと可愛いかも…」

「なんで思考がそっちの方までイっちゃってるのぉぉぉぉ!? キミ実は結構バカなんじゃないの!!??」


 失礼な。博愛はくあい精神です。多分。


「とにかく! こいつを何とかしない事には進めないんだから倒すヨ!」

「ええっ!? こんなに可愛いのに!? 私には出来ませんッ!!」

「目ぇ覚ましてお願い!!」

『危なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!』


 !?

 野太い叫びと共に大きな影が我々と【敵】の間に滑り込んできた。


「大丈夫かお二人さん? 俺が来たからにはもう大丈夫だ!」

「あ、あなたは…」

「俺か? 俺は人呼んで…『たいりく大陸イチの猛者☆ひろし』だ!!」


 アクション映画とかならここで集中線や爆発みたいな演出が入りそうな気がするが、自称『たいりく大陸イチの猛者☆ひろし』さんとやらは控えめに言っても成人病を疑う毎日を送っていそうなその辺の中年男性と変わりない人物だった。

 ていうかひろしって。いやひろしが悪いと言っているのではなくて。ひろしって恐らく日本人の名前でしょう。どうして日本の存在していない世界で日本人名が? 世界のひろしさん本当に申し訳ございません。


「おいおいおい大丈夫なのかよおっさん!?」

「任せろ若いの。俺を誰だと思ってやがる! ひろしだ!!」


 存じ上げません。


「おっさん……かっけぇ……!!」

「正気ですか!?」


 相当失礼な事を言われたのも気にせずにひろしさんは背中で笑う。


「戦いは俺の日常よ。なんせ俺は…『    』だからな!」


 え? 今何と?

 ひろしさんの台詞の途中が突然途切れた。途切れたというか完全な無音だった。


「さあ行くぞ飛ぶ眼フライングアイめ! 俺様の『    』を食らえ!!」


 また無音? というか飛ぶ眼フライングアイって…

 浮かんだ疑問を分析するよりも先に、ひろしさんが武器を高らかに構え───うん??


「…なんじゃありゃ?」

「…何でしょうね」


 私が率直に感じた事を神々廻ししばさんが代弁した。


「おりゃあああぁぁぁぁ!!」


 ひろしさんがを敵に向かって振り下ろす。振り下ろせたのかもよく分からないけど。

 我々が武器だと一瞬思い込んだそれは、何と言うか…『名状めいじょうがたきモノ』だった。

 何かを持っているのは分かる。分かるけどそれが何なのかが全く分からない。良く見るとひろしさんが持っている物だけではなく『首から下の部位全体を覆っている何か』も同じく良く分からない物だった。

 良く分からない物をまとい、良く分からない物を振り回してひろしさんはのっそのっそと奮闘ふんとうしていた。優劣ゆうれつすら予想がつかない。


「…シュールな絵だネ…」

「いやもう全く…。神々廻ししばさん、?」

「うん、無理。ワ」


 そうなのだ。

 『良く分からない』と表現しているのは『例える物が思いつかない』。例えば『無色透明な何か』だったら『液体のような』という表現が思いつくのだけれど、アレが何なのかと分析しようとすると思考が強制的に停止する。ものすごく気持ちの悪い感覚だ。


「何なんでしょう…。見えてるのに見えない、何かに例えたいのに考えられない…」

「まるでモザイクだねェ…」


 モザイク?

 私がその発言に対し何かを言おうとしたその時。


「ん??」「えっ?」


 二人同時に【本】を召喚した。いや、勝手に出てきたと言うべきか。

 その本がひとりでに開き数ページめくられると、そこに書かれていたのは───


「これ、歴史のルート選択した時自動で追加された【職業】の設定ページだね?」

「職業?」

「えーと…職業って言っても元の世界で言う仕事みたいな意味じゃなくて…戦士だとか魔法使いだとかっていう役割? 役職? 肩書? みたいな?」

「あ…見て下さい!」


《『     』の初期装備が設定されました。》


 画面に何度か見た事のある表示と同じ雰囲気の文章が。


「初期装備…?」

「ゲームで操作するキャラクターとかを新規で作成した時にもともと装備しているアイテムの事だヨ」

「それがなんで突然……って、これは!?」

「うおっ!?」


《 初期武器:モザイク 》

《 初期防具/胴:モザイク 》

《 初期装備/頭:無し 》

《 初期防具/足:モザイク 》

《 初期防具/腕:モザイク 》

《 初期装備/盾:無し 》

《 初期装備/その他:無し 》


 文字の意味を理解し、二人同時にひろしさんの方にバッと振り返ると。


「どわあああああああああ!?」

「ちょっとおおおおぉぉぉ!!」


 ひろしさんが、モザイクのかかった物体を振り回してとうとう飛ぶ眼フライングアイ仕留しとめた所だった。

 …全身にモザイクをまとって。


「ゼェ…ゼェ…見たか、この『モザイク』の威力を…!」


 尋常じんじょうじゃないです! 卑猥ひわいです!!


「ふぅ…、おい、大丈夫か二人とも!」


 モザイクまみれのひろしさんが、モザイクのかかった何かを握る手を振りこちらにやってくる。もはや完全に放送禁止状態だ。


「ちょ、ま、ひろしさんヤバいですって!?」

「え、どうした?」


 そして森に悲鳴がこだましたのであった。




「こっち来ないでぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」









   (次頁/14へ続く)






        

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