頁14:本の機能とは

       






「お二人さん、アレだろ? この先の村に用事とかで来た旅の人とか」

「え、ええ…」


 放送禁止のモザイクのかたまりが、森の中を村まで先導してくれている。俯瞰ふかんの映像で今の我々を見たらきっと秘境に迷い込んで原住民に遭遇してしまった探検隊の図だ。


「それにしても二人とも珍しい恰好してるなァ?」


 あなたには完敗ですが。

 このかん私は一切ひろしさんを直視出来ないでいた。いや、恐らくは装備の下にも普通の服は着ているんだろうけど、モザイクの壁のせいでどうもよろしくないイメージが…。


「もしや… 『    』の方の人かい?」


 またしても無音。


「ま、まあそんな所です。あはは…」


 何となく分かった。この無音は【名称未設定】のせいなのだろう。元の世界の現実であれば『存在しない名を呼ぶ』という矛盾した行為であるのかもしれないが、どうやらこの世界は『無いモノであっても存在出来る』らしい。

 ただし、この世界に生まれ住んでいる人達と私達には当然ながら【違い】が存在しているらしく、彼等は『存在していなくても認識出来る』が、私達は恐らく『存在させない限り認識の一切が出来ない』。

 先程ひろしさんが装備してした物が最初は一切認識出来なかったのに、『モザイク』という名前を与えられた途端にそれらを認識出来る様になった。つまりはそういう仕組みなのだろう。


「(ちょっと神々廻ししばさん、なにさっきからずっと本見てるんですか!)」


 本人には似合わない難しい顔で【本】とにらめっこをしているチャラ神様に小声で抗議する。


「あー…うん、ごめん、ちょっとイロイロ…」


 私は深くため息をいた。なんなのもう。

 ───先程の仮説はしかしながら少し破綻はたんする。名前を与える事で存在を与えるのであれば、ほとんどの事物に名称が与えられていない (私の辞典に登録されていない)この世界では、本当ならば私達はこの足元の地面すら認識出来ないはずなのだ。しかし地面もそこら中に生い茂っている杉っぽい木も良く分からない植物達もちゃんと。この差は何だ…?


「!?」


 突然、私の本が出現してページが開く。そこには…


《 個体名/植物:杉 が承諾しょうだくされ、世界に登録されました。》


 これって…!?

 思わず神々廻ししばさんを見ると、彼は口元に人差し指を当てシー!っというゼスチャーをした。

 そして私の本を指差し、そして自分の本をトントンとつつく。


「…?」


 どういうつもりだろうか。すると、私の本がまた勝手にページ移動する。そして白紙かと思われたページになんか見覚えのある吹き出しが…。


《ちょっとイロイロと実験してるからゴメン! 適当に話聞いておいて❤》


 何これ…チャット機能とかあるんですか…スマホか。便利だけど。

 返信の文章はどうやって入力するんだろうか。…と、また次のメッセージが。


《ちなみに文字の入力は、トークのページに触った状態で脳内で喋ると出来るよ☆》


 ☆とかどうやって脳内で喋るんだろうか。

 彼の方をチラッと見る。

 こなれた感じでウィンクされた。

 ページに触れる。


《うざ》 …い。いっそいっぺん死んでくれても良いです。

《ひどくね!?》


 なるほど、思ったそばから送信されるんじゃなくて送信前に文章確認や修正が出来るのか。まんまスマホのアレじゃないか。

 この本の制作者は余程我々の地球が好きだったのか?


《何をしているのか後でちゃんと説明して下さい。それから『モザイク』の設定変更もお願いします。心臓に悪い。》


 返事は良く分からないデフォルメキャラに[OK!]と文字が足されたイラストだった。そんな機能まであるのか。もうギリギリじゃないかそれ。


《うざ。》

《;ω;》


 本を閉じて虚空に収納すると、ひろしさんに話しかける。…横を向いたままで。直視は無理です…。


「あの、先程の生物は一体…?」

「あん? 飛ぶ眼フライングアイか? まさか見た事無いのか?」


 ひろしさんが驚いてこちらを見た。…気がする。見てないので。


「驚いたな…『    』の方は『    』が出現しないのか?」


 無音が続く。二つ目の無音はまた違う単語っぽいか?


「その、私、実は自分で言うのもアレですが、温室育ちの箱入りでして…」

「おおっと、…まさかおしのびかい? ツレのにーちゃんは護衛か何かか」

「ええまあ…そんな所ですの…オホホ…」


 …なに『ですの』って。秘書の時だってそんな語尾使った事無いですの。『ですわ』なら死に際に使ったけど。


「なんにせよこんな辺鄙へんぴな場所まで来るなんざ物好きだねえ。でもま、運がよかったな! 俺がいたお陰で無事だったワケだし!」


 放送出来ない大将がガハハと笑い飛ばす。


「さア、話してる内に着いたぜ! ようこそ客人、『    』へ!」


 ひろしさんがうやうやしく来客への礼を尽くす。モザイクダルマにしか見えないけれど。


「わあ…!」

「おお…!」


 初めての世界で、初めて立ち寄った集落は───


「…何時代だ、コレ」


 某巨大テーマパークの各エリアから建物を寄せ集めて適当に並べた様な、統一感が裸足で逃げだしそうな異様な光景だった。






   (次頁/15へ続く)






       

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