メガネスーツ女子とジャガイモとトイレ問題

頁40:星の名とは

         





 さて、カミサマ作業を始める前に共通の認識として持っておかなければならない事がある。


神々廻ししばさん、『蝶の羽ばバラフライたき理論エフェクト』って御存知ですか?」

「…ナニソレ」


 知らないのか。こういうどことなくファンタジー臭のする単語は知ってそうだと思ったんだけど。


「物凄く乱暴に説明すると、取るに足らない些細ささいな行為が予想もしない結果を生むという意味です」

「ああ!『風が吹くと桶屋おけやもうかる』みたいな」


 なんでそれなら分かるんですか。


「これから我々が行うこの星の事物の編纂へんさん作業ですが、これには常にそれが付きまとう事になります」

「え、ドユコト??」


 私は世界地図のページを開き、先程と同じ様に各地の気温を表示させる。うたげ篝火かがりびの明かりからは離れている場所だから薄暗いのだが、【辞典ストラペディア】が自ら発光しているので難なく読む事が出来た。


「まずはこれを見て下さい。世界の現在の気温を簡易的に表示してもらってます。どう思います?」

「むむ…?」


 神々廻ししばさんも自分の【辞典ストラペディア】を召喚し、内容が同期された同じページを凝視する。


「ナルホド…これは…」

「お分かり頂けましたか」


 流石さすがに問題としては簡単すぎたか?


「世界中めっちゃ快適な気温だネ」

「そうですね。馬鹿」

「ひどくね!?」


 何となく分かっては貰えないと思っていた。私も慣れたものだ。

 一から説明しなきゃダメか…とあきらめの溜め息を一つ。


「よく見て下さい。気候の極端な地域以外のあらゆる場所の気温が全て同じなんです。北半球も南半球も赤道上も全て」

「うおマジだ…、なにこれキモ…!」


 本気で気付いてなかったのか。


「今は一月いちがつらしいですが、どうですか? 寒いですか? ちなみにこの大陸の経度緯度は偶然にも元の日本と同じくらいですが」

「や…めっちゃ快適だけど…。え、一月いちがつなの今??」

「自分で設定したんでしょう…」

「スンマセン、記憶に無いデス…」


 予想してました。


「まあ春夏秋冬のいつからが一月いちがつにされたのか、にもよりますが、地図を見る限りでは世界には四季という概念が生まれていないせいなのかこんな現象が起きています」

「え、じゃあ四季【承諾しょうだく】しようヨ。オレちゃん夏男ナツオだから夏来てくれないと死ぬカモだし」

「そこで先程の『バタフライエフェクト』の話に戻ります」

「ほえ?」


 シュウさんに変わってもらった方が話は早いのかもしれないけれど、これは神々廻ししばさんにも理解してもらわなければならない話なのだ。


「この村の人達の、どう思います?」

「どう、って…」


 喧騒けんそう只中ただなかの人々を遠めに見つめる彼。


「うん、ダサいよね」

「……ええと、馬鹿」

「また!?」


 ガビーンという音が飛び出しそうな顔でこちらを見る。


「デザインはともかくとして…機能性が良くないんです。服としての最低限の雛形ひながただけしか生み出されていないんだと思います」

「そういや服は認識出来てるよね。何でだろ」

「予想ですが…『人々は認識出来る』のと同じなのでは? 嫌な言い方をするのであれば、ミッション1において神々廻ししばさんが生み出した人類は既にミッション2の対象から外れているか、もしくは今現在の世界の人と服は同一の物としてのか…」


 本当ならば元の地球の様に歴史があって人々はその命を子々孫々へ繋いで来た、と思いたいけれど…【辞典ストラペディア】によって支配されているこの星はあるいは───


「ナルホド…メガネは顔の一部ですってのと同じ」

「違います。外せますから」


 スイっと眼鏡を外して見せた。


「あ、そのまま」

「嫌です」

「そんなぁぁぁぁ」


 また掛ける。

 どちらも私でしょうに。男性の感覚はよく分からない。


「とまあ、脱線してしまいましたが、つまりはこの星の人々は気候の変動に対して基本である衣服での調整能力が不足している可能性があります。暑い国には暑い国なりの、寒い国には寒い国なりのよそおいや建築物が無ければ人は生きては行けないんです」

「てコトは…四季を【承諾】してこの星に気候が誕生した場合、春と秋くらいの気温の土地ならともかく真冬とかにイキナリなっちゃった土地の人達は…」


 ようやく話の意図がいとめた様だ。


「そう、意味も分からずに凍死するでしょうね、大勢」


 理解が追い付いた神々廻ししばさんが黙り込む。


「これはあくまでも一例にすぎませんし、意外に人々は死なないかもしれません。ですが希望的観測で試してみるにはあまりにもリスキーです。つまり、我々のミッションとは常に『そういう可能性』が隣にいる物だときもめいじて下さい」


 神々廻ししばさんに目だけで合図し、【辞典ストラペディア】を指差す。もう何を言わんとしてるかすぐに伝わるだろう。


《【ペナルティー】の中に『世界人口の一定数以上の減少』などが含まれている可能性もあります。声に出さないのはもし現在のペナルティー一覧にこの条件が含まれていなかった場合、会話を聴かれて後からちょ…ちょ…【超GODちょうごっど】、に追加されるのを防止する為です。》

《 【OK印の妙なキャラ】 》

《うざ。》

《;ω;》


「そういう訳で、【承諾】については可能な限り話し合って進める様にしましょう」

「了か──────待て」

「えっ?」


 突如彼の雰囲気が変わる。シュウさんと入れ替わったのだろうか。


「理屈は分かった。だが、今の話の様にいずれ世界に気候やらなんやらが設定されていくのは決定項なのか?」

「…どういう意味でしょう」


 シュウさんの真意は未だ図り切れずにいる。何に対して興味を抱くのか、何に対して怒りを感じるのか。表面的な事さえ私にはまだ分からない。


「自分で選んだ事だから後悔はしていないが、この星の連中はただでさえ敵対生物ヴィクティムの出現によって生きるか死ぬかなんだろう? なのにその他の要因を追加して死ぬ確率を上げるってのか?」


 確かに。傍目はためから見れば快適な気候のままで変動が無いのであればこの上なく楽だろう。


「あんたはこの星の人間を救いたいんだろう。いたずらに試練を与えるような真似をするのはあんたの言う正しさなのか?」

「そうですね…実は気付いていました」


 ひろしさんの苦しみを何とかしようと選択したあの決断。


「死の定義を根付かせた直後、世界の人口が急激に減りました。世界が死を死として理解出来ていなかった、もしくは死という物がとされていなかった世界に、強制的に死を押し付けたんです。私は」


 でも。


『なあ、知ってるなら教えてくれ…、俺達はどっかおかしいのか…?』


 ゆがみを感じながらそれが分からずに苦しんでいる人だっている。少なくともひろしさんの流していた涙はそう語っていた。


「それでも、自分は正しいと? …うるさい、少し黙ってろ」


 …?

 脳内で神々廻ししばさんが何か言っているのだろうか。そう言えばシュウさんが表にいる時に脳内会話をしている姿を見るのは初めてか。


「…生き死には正しさなのでしょうか」

「何?」


 言い訳にならない様に、私は私の中の素直な感情を必死に言葉に変換する。


「シュウさんが言ってた『世界が死体で埋まる』という冗談ですが、…え、あれ冗談ですよね? ともかくそれがもし本当に起きてしまった場合、確かに亡くなった人達は目を覚まさないだけで眠っている扱いになるのだと思います。でも…それは生きているのでしょうか? それとも死んでいるのでしょうか?」

「……」


 無表情で私を見つめるシュウさん。

 私は手にした【辞典ストラペディア】を閉じ、その表紙に視線を落とす。


「正しく生き、正しく死ぬ。その正しさとは正義ではありません。しかしこれだけははっきり言えます。人が人のことわりから外され、【辞典ストラペディア】により生命も世界の在り方もしばられている状態だけは…! だから、私は私の自分勝手な正しさの為にこの星をおかしな呪縛じゅばくから解放します。そしてそれが【編纂へんさん者】として私の背負う責任です。シュウさんの言った通り、よ」


 気が付けば全身にうっすらと汗をかいていた。言葉に対してそれだけの熱量を込めていたのだろうか。

 しばしの沈黙の後、シュウさんが口を開いた。


「【辞典ストラペディア】って名前にしたのか、それ」

「…え? あ、いや、その、あの」


 咄嗟とっさの事で忘れていたが、『ストラペディア』は先程思いついただけの自分の中での愛称あいしょうみたいな物だった。口に出していた事に気付かなかった私は何となく気恥ずかしさで耳まで顔が熱くなった。


「いいんじゃないか」

「え……あ、ありがとうございます…」


 肯定されるとは思わなかった。


「なあ、『二番目』を意味する言葉を知ってるだけ言ってくれないか」

「え? あ、はい、えっと…」


 唐突にどうしたんだろうか。


secondセカンド제이ゼイ第二ディーアルвторойフタローィδεύτεροςゼフテロスsegundoセグンド…」

「よくそんなにポンポン出て来るモンだな…流石さすがに関心する…」


 自分で聞いておきながら引くってどういう事だろうか。


「どうも。後は…deuxièmeドゥズィエムtweedeトゥエーデzweitツヴァイト

「ああ、それだ」

「?」


 何なんだろうか。このやりとり、なんだか覚えがあるような。


「───OK、異存は無い」

「あの…」

「俺達にはもう帰る故郷は無い」

「え…?」


 シュウさんが【辞典ストラペディア】を手にこちらに向き直った。


「もう。生きるも、いつか死ぬのも。だから…今からこのが俺達の故郷だ」


 そうか。既視感きしかんの正体、それは。


「決められたんですね、やっと」

「…気の迷いだ」

「そういう事にしておきます」

「…フン、いい顔をする様になったじゃないか」


 驚いた顔をすると、ククッと笑った。


「違いない」


 この人の笑った顔、初めて見た。神々廻ししばさんと同じ顔でありながらこんなにも違うんだな。

 開いたページの表面を指先でさらさらとでると、間違いが無いか確認している様だ。


「それでは、登録」「それじゃ、登録!」


 二人の声が同時に聴こえた気がした。

 空が、大気が、地面が、大きく震える。

 一瞬前よりも呼吸は深くなり、足は確かに大地を踏みしめ、篝火かがりびと月明かりを溶かして飲み込む闇夜はその群青色ぐんじょういろを一層深める。

 それはつまり、この宇宙にこの星が正式に誕生した事を証明していた。



《 世界設定/名称/世界:地球 (ツヴァイ・アス) が登録されました。世界設定の一部が修正されます。》







   (次頁/41へ続く)






   

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