メガネスーツ女子と未知との遭遇

頁10:秘めたる想いとは

       





 (この辺りに登場する主要CAST)



嵯神さがみ 観沙稀みさき (♀)…享年きょうねん26歳。独身。元秘書のバリバリキャリアウーマン。前世で『正しさとは』を追求し、結果として道を誤り命を落とす。死んだら、おどろいた。何が驚いたかって、自分が意外と好戦的で怖い一面を持っていたって所だ。


男 (♂)… 平行宇宙の地球を創造する役割を【超GOD】により与えられたダルヨレ系チャラ男。一応世界の創造主という事で神様ポジションではあるが、観沙稀みさきを恐怖で調教する作戦が失敗し、逆に調教されている感がひどい。そういやまだ名前考えてなかった。





================






「えぇ~…そんなァ~…」


 一世一代の勇気だったのだろうか、思った返事を貰えなかった彼が悲しそうに漏らした。思春期男子の告白か。


「『元に戻れば無かったと同じ』と思っている限りは1ミリも許されるとは思わないで下さい。…それに」

「それに?」


 両の手を開き、見つめる。


「体はいくら元に戻ろうと、私はあなたを殺した感触を忘れられなくなってしまいました。結果がどうであれ私はもう私を殺人者であると認識せざるを得ないんです」


 先程私が彼にした実験みたいに特定の記憶だけを消せばそれでもいいのかもしれないが、大雑把おおざっぱな彼に脳をいじられるとか最早もはや恐怖でしかない。


「忘れられない!? それってオレの事!? な、な、なら、あと何回か殺してくれてもOKだよ!? が、我慢するからサ!」


 なんで嬉しそうに言ってんだ。忘れられないって部分だけ意味を曲解した変態なのか?


「そういう意味で言ってるんじゃない! 馬鹿!!」

「ひっ!」


 思わず切れて怒鳴ってしまった。そして…


「あ───」


 自分の頬を伝う涙に気付いた。気付いてしまったから、抑えられなくなった。押し込めていた感情も、震えも。


「え? あ、あの…」

「…許さない」

「ええっ!?」

「許さない…、許さない……、絶対に許さないんだから…!! う…、ううう…!」


 嗚咽おえつが漏れる。涙がせきを切った様にあふれる。

 許さない。

 私をこんな場所に呼び出したあなたを。

 私を何度も殺したあなたを。

 私を人殺しにしたあなたを。

 でも、一番許せないのは、父が私にたくそうとした正しさを守れなかった、私。彼を止める為にあんな方法しか取れなかった私自身だ。

 結局は私の未熟さが私自身をけがしたのだ。

 だけど…どうして殺されなきゃならないの?

 前世でも、生まれ変わっても。

 どうして人殺しになっちゃったの?

 自分だけ綺麗でいるなんて駄目ですか。

 理不尽じゃないか。勝手な奴等は好き勝手にやって、なんで私だけはこんな目に。

 悔しくて、馬鹿馬鹿しくて、悲しくて、憎くて、こんな激しい感情に掻き回されてる自分が自分じゃないみたいで、怖くて。 


「あの… 観沙稀みさきちゃん、ごめ」

「馴れ馴れしく呼ばないで下さい…!!」


 自分でもビックリするくらい低くてガラガラの声だった。

 そういえば、こんなに声を出してまで泣いたのはいつ振りだろうか。大きい声を出したのと同じくらいに久し振りかもしれない。


 もういいや、泣き声までおさえ付けなくても。


 どうしたらいいか本気で分からずとうとう正座してしまった駄目カミサマの前で、私は声を上げて子供の様にしばらく泣き続けた。






 ◇◆◇◆◇◆






 ズビィィィィィッ!!


「……どうも」


 正座したままの彼がおずおずと差し出した箱ティッシュ(しっとり触感)を借りると、人目もはばからず盛大に鼻水をかんだ。

 ちなみに私も正座していた。

 超広大な空間で妙にこじんまりとした一角だった。辺りが夜だったらいっそ焚火たきびでも囲みたい。

 丸めたティッシュを空間に開けた穴に投げ捨てる。もう一枚引き抜いたティッシュで涙のあとを拭いてそれもポイ。なんて【力】の無駄遣いだろう。

 鏡が無いから化粧が崩れたかどうかまでは分からないが、とりあえず気持ちはスッキリした。


「………」


 彼がめっちゃソワソワしている。本当にこれが先程私を蹂躙じゅうりんした人物なのだろうか。二面性を疑いたくなる。

 …うん? 二面性? 私は一体何を言っているのだろうか…??

 ああ、そう言えば。


「…名前」

「え?」

「…名前は?」

「あ、その、まだ考えてな」

「あなたの名前です!」


 何を言われたのかまたしても理解が追い付かないのか、呆気あっけにとられる彼。


「あ…、神々廻ししば 志雄しゆう、です。宜しく…お願いします」


 珍しい苗字だ。でも確かどういう文字だったかは知ってる。


「神々がめぐる、と書いて神々廻ししばでしたっけ。珍しい苗字ですね」


 彼、改め神々廻ししばさんが目を丸くする。


「すげぇ! 一発で分かった人初めてなんですけど!? やっぱり頭いいんだね!?」

「どうも」


 頭がいいかどうかは分からない。難読語なんどくごなんて所詮しょせんは知っているか知らないか程度の差だ。


「私の事はもう知っているかと存じますが、改めまして、嵯神さがみ 観沙稀みさきと申します。今後ともよろしくお願い致します」


 正座でも斜め45度の完璧なお辞儀をすると、目の前に差し出された右手に気が付いた。


「…なんですか、これ」


 ジト目で見上げる。


「えっ? この流れだと次は握手じゃね?って思って」

「握手してもらえると本当に思っているのだとしたら、心底軽蔑けいべつします」

「やっ!? ヤだなぁ~!! ジョークだって、ジョーク!! あは、あははははは!!」


 大量の汗を拭きだしながら慌てて取りつくろう。この人多汗症なのかしら。


「みっともない姿を見せてしまい申し訳ありません。自分自身の事でどうしても整理できない部分がありまして…。でももう大丈夫ですから」


 まだ幾分いくぶんかは気持ちに無理をしているのは理解しているが、整理がつくのを座して待っている程弱くなりたくはない。


「あ、あのさ、みッチー」

「みッチーって言うな」


 構わず続ける彼。


「オレがこんな事言うのは間違ってるんだろうけどさ…、その…、泣きたい時とか怒りたい時って、我慢しないで爆発しちゃった方がいいんじゃないかナ」

「はぁ?」


 本当に、どの口が言うのだろう。


「オレの昔の話をした所で今はどうせ信じてもらえないと思うから言わないけどさ、心が叫びたがってるの、多分ずっと抑えてきたんじゃない? みッキー」

「みッキーも後々面倒になるのでやめて下さい」


 構わず続ける彼。鉄人スチルハートか。


「みさティーがオレなんかよりもずっと頭がよくて多分強いんだろうってのはイヤっちゅー程分かったよ。だからひどい事しちゃったのはこれからもずっと謝ろうと思う。それしか思いつかないし。でも…」


 …? 何を言いたいのだろう。


「もしこれから先、また『超泣きたい…』とか『めっちゃ怒りたい!』って思ったら我慢しないでそうして欲しいって思った。モチ見られたくないってならオレどっかに引っ込むからサ!」


 はぁ、とため息を吐く。


「どうしてそんな風に思うんですか。あなたには関係無い話でしょう」

「どうしてって…」


 何か言い辛そうに顎をポリポリとかく。


「……最初に見た時の顔より、今の方がからサ。もしかしたら、って……」

「はぁ~~~~~!?」

「ごごごゴメン!! 何でもない! 忘れて!!」


 自分でも相当恥ずかしかったのか、彼は【力】を使ってまで恐ろしい勢いで遠くへ逃げた。チキンめ。

 ……何となく両手で自分の顔をで回してみる。なんて事は無い、いつも通りの自分の顔だ。

 無意識にクスッと笑いが漏れた。一生の不覚。

 私は遥か彼方まで意識を飛ばし、点火する。

 瞬時に目の前に現れる彼。


「ヒィィィィィィゴメンんんんん!!!!」


 両手で顔をおおってうずくまっている。


「いつまでビビってるんですか。行きますよ」

「い、行くって…どこに?」


 覆った指のスキマからこちらをうかがう彼。

 私は地球モドキのホログラムを出現させるとサムズアップで指し示す。 


「RPGみたいな冒険の世界へ、でしょ」

「まじですかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」







 ◇◆◇◆◇◆






 遠くに逃げた神々廻ししばさんを【力】で補足した時、たまたま聴こえてしまった。

 それは声だったのか、心だったのか。【力】というフィルター越しだったせいでハッキリとはしないけれど。


『ホントごめん…。オレも、あんなに泣いてた姿、かもしんない。ごめんな、みーちゃん。オレ、マジ馬鹿だったワ…』


 【力】で彼を目の前に引き戻した時、彼は両手で顔をおおっていた。

 人にあんな事言っておきながら、ズルい男だと思った。


 少しだけ、心が軽くなった。気がした。多分。




 それから、みーちゃんだけは絶対やめて。お父さんの記憶が汚れるから。






   (次頁/11へ続く)






         

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る