頁52:試練の結果とは

       







 雪之進ゆきのしん君のハイトーンな叫びが山彦となって木霊こだました。

 本当は叫ぶのすら限界だったらしく、抗議した彼は再びへたり込む。その様子をさも楽しそうにンホンホ微笑みながら祭壇の化身は言った。


『生身で触ろうが得物えもので触ろうが実はどちらでも弾かれる仕様でのう、そのせいでワシは未だ誰にも触れた事が無い。忌々いまいましい壁じゃ』


 お爺さんが憎々し気に目の前に手を伸ばすと、パリッという静電気みたいな音と共に薄紙を広げた様な幕が展開された。


「うぉすげぇ…めちゃカッコイイ…!」

『はぁ、全く……おんしは人の気も知らんで…』


 これがお爺さんの言う『壁』…? バリアという事だろうか。


『ヌシの異常な身体能力であればあるいはこれを破壊出来るやもとき付けてみたが…どうやら買いかぶり過ぎたようじゃな』

「く…!」


 わざとだとは思うが、冷めた眼差しで雪之進ゆきのしん君に吐き捨てるお爺さん。


「何もそこまで言わなくても…。まだ子供ですよ?」

『星の創成そうせいときより『  』の間に存在しながら『  』のぬくもりにすら寄り添えない神性存在の苦悩を考えた事があるのかの? お嬢ちゃん』

「え…」


 無音。星に限りなく近い存在でも名無しの制約には抗えないのか。けれど容易に想像はついた。

 恐らくは『ヒト』───

 この星の人間のしるべとなるべき存在でありながら、人間には触れられない。近付けば無意識に弾いて傷付けてしまうというジレンマは確かに想像しただけでも辛い。


『ふぅ……女子オナゴへのおさわりし放題の夢はまたお預けじゃな…』


 『壁』を設けて下さった神様、本当に感謝します。セクハラエロジジイめ。


「そんで? エロじーさん、ユッシーは結局失格なのかよ?」


 しれっと呼び名が変わっていた。


『本来であればぶっちゃけ戦闘能力なんてどうでもいいんじゃよ。そんな物は経験を重ねれば勝手に出来上がって行く。言ったじゃろう? 、と。その意味においてはこの小童こわっぱはまだまだ未熟であやうい。その能力の高さ故に尚更なおさらな』

「けどココロって言ってもサー…」


 明確ではない審査基準に神々廻ししばさんがゴネるが、確かに言われている事は分かる。

 雪之進ゆきのしん君の目的は復讐であり、その為に磨かれてきた力でもある。それがまだかたきである敵対生物ヴィクティムに向いている内はいいが、目的を果たしたがどうなるのか。

 仮に引退するとかならばまだいい。良くは無いけれど。でももし万が一復讐心が満たされきらず有り余った力が『また違う何か』に向けられた時───その対象が敵対生物ヴィクティム以外にはならないという絶対の保証は無い。


『お嬢ちゃんは分かっておる様じゃな』

「え、ズルいみさのしん!」


 なんだズルいって。

 私の表情から見透かされたのか、それとも心を読む術を持っているのか。お爺さんが目を細めてこちらを見ていたが…それはニヤついた笑顔では無かった。


『しかしながら、いみじくもおんしらは言った。戦闘職プルーフであるのならば強さも大事である、とな。確かに戦闘の技術においては小童こわっぱはそこらのなまくらよりもあたま数個は抜きん出ておるじゃろう』

「……」


 褒められているのだけれど雪之進ゆきのしん君は不服そうだ。戦いの顛末てんまつは分からないが勝利出来なかったのが尾を引いているのだろうか。


『そこでじゃ。ヌシは特別の特別に、とする!』


 審判者が高らかに宣言した。けれど…


「仮…」

「ゴウ…」

「格…??」


 雪之進ゆきのしん君、神々廻ししばさんに続き私も乗せられてしまった。仲良しか。

 いや、仲が良くてもいいんですけどね…。


『左様。未熟な心と突き抜けた実力が混在するヌシだからこそ慎重に見極めなればならぬ。ゆるされる者か、赦されざる者か』


 何だかおかしな事になってきた。初めて立ち会う儀式でまさか仮処分が下されるとは。


神々廻ししばさん、こういう展開と言うのは良くあるんですか?」


 一応こういう知識を持っていそうな彼に聞いてみる。


「なんでオレちゃんに聞くのヨ!? いや、でも、うーーーーん………あんまり見た事無い展開かなァ」


 やっぱりそうなのか。


「仮合格って事はまだ僕に何かさせようって事だろ。それで? 何をすればいいんだ」


 早くも回復したらしい雪之進ゆきのしん君が通常運転なテンションで詰め寄った。


『せっかちな小童じゃのう。いいか、良く聞け。本当の意味で戦闘職プルーフになりたくば、。だが───。呑まれればヌシは炎に焼かれ命を落とすであろう』

「…? どういう事? 意味が分からないんだけど」


 復讐してもいいけど復讐に呑まれるな…。分かりそうだけどあと一歩分からない。心の持ち様が関係しているのは確かだろうけれど。


『ンホホホホ…頭が悪いのう…。ま、せいぜい足掻あがくがよい。簡単に歩める程戦闘職プルーフの道は甘くはないのでな』

「なんだよエロじーさん、意地悪だナ。でもまあ良かったジャンかユッシー、仮だろうが合格は合格なんだし。仇の敵対生物ヴィクティムをバシッと全滅させてパパっと本合格貰っちゃおうゼ!」


 この仮合格の真意を全く考えていない無責任カミサマが軽く励ます。はぁ…。


「うん。その……ありがとう、シシバ。それとミサキ」

「えっ」「えっ」


 頬っぺたをポリポリ掻きながら我々から目線を外して雪之進ゆきのしん君がまさかのお礼を述べる。そしてプイッとそっぽを向いてしまった。か……カワイイ……。いけないいけない。落ち着け自分。


『何を他人事みたいに言うておるんじゃおんしらは』

「はい?」


 クールな子の見せるギャップの良さが分からなさそうなお爺さんがあきれた声で漏らす。

 呆れられる理由が分かりませんが。


小童こわっぱが本当の赦しを得られるかどうか、のはおんしら【つづり人】の役目ぞ?』

「は?」

「え…それは一体どういう…」


 おかしな展開がまさかの飛び火してきた。見届けるって? 我々が? 雪之進ゆきのしん君を?


ワシは見ての通りプリチーな祭壇じゃからの。この場所から離れる事は出来ん』


 なんだプリチーな祭壇って。怪しい通販商品か。


『よって、儂の代わりとして星の使命を背負いしおんしらが小童こわっぱの後見人となるのじゃ!』

「ちょ…!? いきなりそんな事言われましても…!」


 一人っ子だった上異性と付き合った経験も無いというのに突然こんな大きな子の後見人だなんてあらやだどうしましょう。

 いえ、ウキウキなんてしてませんよ? ukuk。


「そうだよエロじい、ユッシーが合格かどうかなんてオレらにゃ分かんねーし」


 呼び名がまた変化した。より失礼に。


『案ずるな。あくまでも見届けるだけじゃ。最後の審判はこの星が下す。おんしらはおんしらの思う様に小童と行くがよい。復讐に手を貸そうが止めようが


 うーーーん…。思わず神々廻ししばさんと目を見合わせる。向こうも困惑した顔だ。そりゃそうか。

 私達自身、自分らの使命がまだまだ不明瞭であるというのにここにきて更に新たな役目を負わされたのだし。

 ただ、やはりこういう時に閉塞空間をこじ開けるのは彼だった。


「ま、それならムズかしく考えてもしゃーないか! こうしてみんな無事だったワケだし。分かんないなら後はやるべき事をやるだけっショ♪」

「まあ、そうだね」


 ニャハハと軽薄に笑い飛ばすカミサマ。そして無表情の雪之進ゆきのしん君。


『ありゃ何も考えておらんの…。おんしも苦労するの』

「…全く仰る通りで」

『だが、。そうじゃろ?』


 小さな祭壇様が片目を閉じてニヤッとした。この星でもウィンクってあるんだな。


「別に…そういうアレでは…」


 嫌いじゃない。それはまあ、うん、そうかもしれないけれど。


『おや、そういうアレとはどういうアレじゃろな? ンホホホ』

「なっ…、もう、からかわないで下さい!」


 思わず平手で叩いてしまったけれどパリっと『壁』に受け止められてしまった。音的に手が痺れるのかと思いきや、さらっとした肌触りで結構気持ち良かった。思わず撫でたくなる。祭壇だし。


『さてと。小童よ、ここに参れ』


 お爺さんがゆるんだ空気を再び引き締めのたまう。


「用があるならそっちから…」

「いやいやユッシーここは素直に行っとこうゼ?」


 神々廻ししばさんがまさかのさとし役に回った。渋々従う雪之進ゆきのしん君。神々廻ししばさんには意外と従順なのだろうか。羨ましい。う ら や ま し い……。


なんじが名を述べよ』


 雰囲気が一気に変わった。有無を言わさぬ凄みと言うか巨大な存在感が辺り一面に圧し掛かっている。

 感覚に素直な雪之進ゆきのしん君はその迫力に何かを観念した様に見えた。


「…雪之進ゆきのしん

『よろしい。地球ツヴァイ・アスより生まれいでし『  』の子たる雪之進ゆきのしんよ。偉大なる母の御名みなとスタ・アトの化身たる祭壇の使命において、汝に仮初かりそめのゆるしを与えん。其は敵対生物ヴィクティムを断つ刃をして生命の守護者たり。其が歩む道の嚆矢こうし、いずれなんじを至高へいざなう天のきざはしの初段……、その名は──────【新・人・君】……!!!!』


 ドガーーーンと雷鳴が轟いた気がした。気がしただけだが。

 けれど雪之進ゆきのしん君は突如とつじょ立ち上がった濃い煙に覆われて見えなくなった。


「…新人君ってナニ…。台無しだよ」

「誰のせいですか」

「良かれと思って…」

「良くない」

「申し訳…」


 名称って本当に大事なんだと思い知らされた。恐らくこれが映画などだったらここ一番の見せ場なのではないだろうか。地球ツヴァイ・アスの人達にとっては名称そのものの響きなんて特に何も感じはしないのかもしれないが。


「あ」


 責任重大なカミサマが何か気付いた。


「どうしました?」

「や、戦闘職プルーフの共通職になったって事はサ…」

「え?」


 その時、辺りを覆っていた白煙が急速に晴れていった。雪之進ゆきのしん君は───!?


「ちょ…いやああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!?」

「忘れてたああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「…?」


 何の事か分からないという表情で我々の痴態を眺める雪之進ゆきのしん君。




 その全身にモザイクをまとって。








   (次頁:53へ続く)






       

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