頁09:異世界辞典とは

         





 改めて手渡されたトリセツ?の表紙を見る。

 おとぎ話に登場しそうな分厚い、そして焦げ茶色で無地のいかつい装丁そうてい。表紙のふちは保護の為なのか金属質の物体でおおわれ、所々幾何学模様きかがくもようの細工があしらわれている。

 百科事典よりもいくらか大きなサイズでページ数もかなりありそうなのに、その見た目に反して非常に軽い。


「『詳細設定』ってのはその本の事らしいんだけど、設定する為には【承諾しょうだくシステム】ってのをいちいちパスしなきゃならないらしくて、その為にどうしてもパートナーとなるもう一人が必要だったのヨ」

「承諾システム…?」

「うんうん。本当はミッション2からの世界設定についてはキミでもオレでもどっちでも出来るみたいなんだけど、設定を考えて実行しようとしてもそれはまず【提案】とされて、パートナーの【承諾】が得られなければ却下されちゃうんだってサ」


 成程、そういう事か。

 恐らくそれは…ちょ…ちょ…【超GODちょうごっど】とやらが組み込んだなのかもしれない。

 一人だけで天地創造を進める内に創造主が暴走する可能性は大いに考えられる。いくら地球を再現する必要は無いというしばりでも、早々に死滅するような滅茶苦茶な世界にされても困るが故の倫理りんり的ストッパーなのだろう。

 彼が私を暴力でイエスマンにしようとたくらんだのはこの為か。まあ狙いとしては有りかもしれないが殴りたい。


「所で…コレ、み、見ても大丈夫ですか?」


 考察に区切りを置いて、必死に我慢していた知識欲をそろりそろりと解放していく。


「大丈夫も何も、その本は本来キミの物だから自由にしていいよ~」

「で、ではちょっと失礼して…」


 好奇心にうわずりそうになる声を必死で取りつくろいつつ、冷静な振りで表紙をめくる。


「………あれ?」


 ページをめくる速度を上げる。途中で一枚一枚めくるのが面倒になり、コピー用紙の束をしごくみたいにバララララララっと流す。


「…白紙…」

「うん、そう。真っ白」


 私は穏やかな笑顔で、右手を結んで開いてしながら握り拳のベストポジションを確認する。


取扱説明書トリセツなのに白紙とは非常に挑戦的ですね^^ 何発かクレーム入れましょうか^^」

「ちょーーーーーーッ! まっ、落ち着いてね!!?」


 かなり冷静だと思います。


「白紙なのは当たり前なのヨ! コレを作り上げていくのがミッション2っぽいから!」

「え」


 とりあえず拳は下ろす。


「オレの方の本にその本についての説明が少し書いてあったヨ。見た目はそっくりだけどその本はあくまでもキミの為の本みたい?」

「言ってる意味が分かりません。私の為の本だとしても、何を書けばいいんですか?」


 彼への復讐計画とか? …いびられた嫁の日記か。


「うーーーーん、ごめん、そこまで説明読んでないワ。どうせオレが読んだところでちゃんと伝わるか怪しいし、代わりに読んでみてオレの本。ヘルプっぽいページは後ろの方にあったから」


 そう言うと彼は自分の本を差し出してきた。いいのかそれで…。

 受け取った本はパッと見た感じ私の本と同じ見た目をしているが。

 とりあえず表紙をめくり───


「わ…すごい…!」


 最初のページには先程ホログラムで見た地球モドキと思われる天体が宇宙空間でゆっくりと回転している映像が表示されていた。

 紙のページなのにどうやって!? と思ったけれど、今いる空間は何でもアリっぽいから考えるだけ無意味だろう。


《 名称:『       』》


 見開きページの右下に空白をともな括弧欄かっこらんが。

 異世界と言う割に言語は日本語なのか? 随分と親切な設定だ。


「この【名称:】というのは?」


 何の名称なのかは何となく予想がつくけれど、一応彼に聞いてみる。


「や、その…ヘルプは反対から開いた方が…早い、よ…?」


 バツが悪そうに私とは反対の方を向く。


「………ふーん」


 構わず次のページへ進む。

 見た事の無い世界地図がメルカトル図法によって描かれている。

 その地図上の大陸?毎にまた括弧欄かっこらんが。

 

《         》

《         》

《         》

《     たいりく》

《         》 …以下全て空欄くうらん


 なんだこの平仮名。

 中途半端さが小学生の夏休みの絵日記レベルだ。


「………」

「………」


 視線を感じてはいるのだろう。小刻みに震えながらおかしな量の汗をかいている。

 先のページもどの様な状況か何となく予想はつくがとりあえずめくる。

 ………この星に関する根幹こんかんの設定がことごとく空白のままだった。よくこれで人類が定着したな。余程逞しい人類だったのだろうか。

 何となく空白の欄に指先で触れてみる。


《 警告:設定を行う権限がありません。》


 まるでPCのようなアラートが表示された。


「なるほど…」

「ヒィ!」


 特大のため息をひとつ吐き、本を持ち主に返す。

 拾える情報は一通り覚えた。速読瞬間記憶は元仕事柄勝手にきたえられたので。


「細かい設定が苦手だって言ってたのは本当みたいですね…ここまで放置とは」

「いやさ、ダーーーってやるのは好きなのヨ…、だから星の表面を思い切りいじくり回すのは楽しかったし…」

「だからってクリエイトする星の名前も決めないってどういう事ですか。苦手なら苦手で『地球』でいいのでは?」


 するとそれまでおびえていた彼が強い眼差まなざしで反論した。


「それじゃパクリじゃん!!」

「めんどくさ!!」


 めんどくさかった。


「はぁ…名称の件はとりあえずもういいです。つまり、最初にこの世界に呼び出されたあなたに与えられた役割がその本に表示されているような【世界のおおまかな初期設定】だったという訳ですね」

「おおまか!? これで!?」


 ジロっとにらむと再び大人しくなる。


「私の役割についても確かに記載がありました。私の本はどうやら【辞典】のようです」

「辞典? 白紙なのに??」

「私の役割も基本的にはあなたと同じですね。これから目にしていくあらゆる事象をこの中に正式に言語化して収めていく事で、いわゆるこの星の公式ガイドブック的な書籍を作るみたいです」

「おお! なんか楽しそうだねそれ?」


 チッ。

 いけない、つい舌打ちが。

 ああ……やっぱりおびえてしまったか。可愛くない犬だこと。

 …怯えたついでにちょっとしてみよう。

 ───意識を集中し、脳裏のうりに目的をより明確に描く。命令を実行させる端子とも言える意志の弾丸を針の先端の様に鋭く、細く。悟られない様に、呼吸を読まれない様に…点火。


「従え」

「!? ……ふぁい…なんなりとぉ…」


 彼の目がトローンとして意識が混濁こんだくしているのが見て取れた。、成功。

 ていうか何でも有りなんじゃないかしらこの【力】…。

 さて───


「本を開きなさい」

「ふぁーぃ…」


 ふわふわとした手つきで自分の本を開く。


「この星の名称を地球と入力しなさい」

「えぇー…それパクリ…」

「ぶん殴りますよ」

「ヒィっ! 『ち・きゅ・う』、ふぁい決定~…」


 洗脳されてるのに反論するとかどれだけパクリに抵抗があるんだか。

 さて、どうなる? と、直後に短いアラートが鳴る。そして…


《 警告。不正な入力が確認されました。一定時間内に規定回数を超える不正操作を確認した場合、ペナルティーが科されます。注意して下さい。》


 成程、あくまでも本人の意思による操作じゃなければ駄目と言う訳か。彼のように仮に恐怖で縛って強制したとしても、パートナーが自らの意志で承諾しょうだくをすれば背景に関わらずあくまでも合意とされるのだろう。良く出来ているのか適当なのか…。

 しかしペナルティーがあるとは迂闊うかつだった。『一定時間の長さ』も『規定回数』も『どのようなペナルティーなのか』も分からない以上は慎重になるに越した事は無い。

 宇宙規模の事象をホイホイ動かす存在の定めるお仕置きだ、内容は絶対に軽くはないだろう。

 とりあえず今後の作業のルールは分かったので実験終わり。


「忘れなさい」

「───おお! なんか楽しそうだねそれ?」


 その台詞は繰り返すのね。

 私は何事も無かった様に会話を続ける。


「…国語辞典って見た事ありますか。ネットのじゃなくて紙の本」

「確か子供の頃に…チョロッと…」

「それを作れって言われて、本当に楽しいと思います? しかも小さな辞典なんかじゃなくて何百冊を超える量かもしれないって」

「死ぬ」

「どうぞ」

「ひどい!!」


 とんでもない使命を押し付けられたものだ。いくら死なないからと言ってどれだけの時間が必要なのか予想も想像もしたくない。

 しかも辞典の編纂へんさんと言う事は、1つの事柄ことがらについて分析したり検証したりする必要もあると言う事だろうか?

 もしそれが自分の知識の範囲内であるならばいいけれど、世の中に存在する全ての事物に対して人間ひとりの知識量なんて1%どころか砂漠全体に対する砂一粒くらいの割合しかないのでは…?


「泣きたい…」

「ええ!?」


 殺されて勝手に呼び出されて散々挽肉ミンチにされて、挙句あげくの果てに永遠に終わらなさそうな強制労働を課され、死ぬ事も出来ないなんて。

 私の人生、前前前世からのカルマでも積み重なってるのだろうか。

 散々私を酷い目に合わせたくせに今度は泣きそうになっているカミサマが、なんか必死に口を開いた。


「あの、その…、ほほ本当にゴメン!!」

「は…? 何がですか」


 少し不貞腐ふてくされた口調で言ってしまったかもしれない。


「キミに、その…ひどい事しちゃって…」

「例えば?」

「例えば!? あー、…や……い、イロイロ」


 なんだイロイロって。まあ確かにイロイロか。


「つまり『1回じゃ反省した気がしないからもっと』って意味ですねよしそこになおれへしおりまくってやる」

「あーーーーーいやーーーーーそうじゃなくてねぇぇぇ!!??」


 本当に都合がいい男だな。それでチャラに出来る訳が無いって分かっている癖に。

 馬鹿馬鹿しさに、なんか、少しだけどうでも良くなった。いい意味でだ。


「…はぁ、もういいですよ」

「えっ、うそ、マジで?」




「ええ。───どうせ死ぬまで、恨むので」





 私のこの役割はどうすればいいのか、今は分からない。

 だから、まずは分かる事から始めよう。

 私は私の正しさを貫く。『今』は一人でも多くの命を守ろう。


 そして恐らく、『永遠』に。






   (次頁/10へ続く)






         

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