第12話 知恵は万代の宝

『S』クラス生徒たちには午後の授業と言うものが無く、その代わり魔術研究と言う時間が与えられる。

『S』クラス1位の俺も、その例に漏れず分け与えられたされた研究室の前に立っていた。


校舎1階の角、北東にある部屋。

日陰で暗く、まだ空が明るいのに夕方のような印象を受ける。

一通りも少なく、来るまでの廊下は閑散としていた。


俺はヨイ先生から頂いた鍵で、その暗がりの扉を思いっきり開けた。ドアのドンという音と共に、瞳に映ったのは閑散とした部屋。重厚な机や椅子が無造作に置かれており、床には絨毯が敷かれている。


あれ、誰かいるな。

部屋の奥に、1人立っている女性がいた。

俺はドアを閉めた後、その女性へと近づいた。


身長は低く、150cmくらい。紫色の髪が、二つのお団子にまとめられている。容姿は幼く見えるものの、耳が尖がっているのを見るとエルフであることが理解出来る。

目にはアニメとか漫画でしか見ないような、片眼鏡。

何それかっけぇ。


ただ……コイツ誰だ?

只者じゃないのは明らか。若い印象を受けるが制服を着ていないということは、学園の生徒では無いのかな。

そんな俺の疑問を読み取るように、少女はニコリと笑みを浮かべる。


「待っていたぜ、『S』クラス1位の魔術師君!僕の名前は、カペラ。聞いたことぐらいあるだろ?」


「いや、ないけど。えっと……玄関口はあちらですよ」


「ちっがーう!僕は迷子とかじゃないぜ!君の顧問だぜ、顧問!」


「顧問?」


「なんだい、話ちゃんと聞いていなかったのかい?研究室には1人、監督役として顧問がつくことになってるんだぜ!」


「あー、なるほど」


確かに最初の『S』クラスの特権の説明にそんなのあったな。

『一人に対し一つの研究室を与え、自由にその室内での魔術研究を許可する。研究室には顧問が一人、配属されるものとする。』ってやつ。

ちょっと色々ありすぎて、忘れてた。


「なんだい、しっかりしてくれよ!この僕が!カペラが!君の顧問をしてあげるんだぜ!普通だったら泣いて喜ぶべきものだよ!」


「ちょっと言ってる意味がよく分からないんですけど」


「な!?もしかして僕のこと、ホントのホントのホントに知らないのかい!?」


「はい」


「そ、そんな真っ直ぐな目で言われるなんて……ショック。まさか僕を知らない魔術師がいたとは……。まあいい、自己紹介してやろう。もう一度言うが、僕の名前はカペラ。カペラ・アルヘナ。魔術協会の魔術師であり、この学園の卒業生でもある!」


「はぁ」


「そして由緒正しきアルヘナ家の当主にして、『アインヌ』の称号を与えられた魔術師!種族はエルフ!魔術協会の協会長をしたことがあるくらい、偉いんだぜ!」


少女はそう言って、岸壁に近い胸を張り自慢げな様子。

『アインヌ』って魔術師における最高の称号なんだっけ?

シャウラがそんなこと言ってたよな。


ん?さっき協会長って言ってた?

協会長って、魔術協会のトップってことだよな。

トップって、え?ガチでトップってこと?

え?ええええええええええええ!?


「めちゃくちゃ偉いじゃないですか!?」


「そうそう、そうだぜ!やっと僕の偉大さに気付いてくれたかおい?良かった良かった」


コイツ、マジで偉い人じゃん!

見た目ただの幼女なのに、写真詐欺だ!

ネガティブの方じゃなくて、ポジティブな方の写真詐欺だ!

初めてのケース!


「何でそんな偉大な人が、俺の顧問してくれるんですか!?」


「はっはっはっ!それはもう、君が『S』クラス1位の魔術師だからだぜ!とんでもない無名の魔術師が現れたって、上層部じゃちょっとした話題なんだぜ君!だから僕が直々に、顧問を志願したんのさ!」


「え、えと、よくわからないですけど、ありがとうございます。けどわざわざ志願してくれたのに悪いですけど、俺、そんなすごい奴じゃないですよ」


「そうなのかい?まあそれは、僕が直々にこの目で判断することにするさ!んでんで、僕が自己紹介したんだ。君も自己紹介するのがマナーってもんだろ?」


「あ、はい。ベータ・フォルナーキスって言います。趣味は魔法研究。好きなおでんの具材はがんもです」


「がんも!?僕も好きだぜ、がんも!けど僕が一番好きなのはだし昆布かな」


「渋いっすね」


「渋さが売りみたいなとこあるからね。にしても趣味が魔法研究かい?つまり本職は別にあると?」


「そうっすね。まあ、本職は学生ですかね」


「はははは、君面白いこと言うぜ!気に入ったよ!あはははははは!」


カペラは楽しそうに笑い転げていた。

そんな面白かったか?まあ気に入ってくれたなら良かった。

部屋の中に置いてある椅子に座り一息つく。

カペラも一頻り笑った後、俺の傍に腰を下ろした。


「そういえば顧問として、魔術研究について言わなければいけないことがあったぜ。基本的に君たち『S』級魔術師は、月一度研究の経過や結果を主張するための論文の提出が義務付けられているのさ」


「へぇ。義務と言っていますが、提出しないとどうなるんですか?」


「それは……強制的にAクラス編入かな。実験の内容や結果によっては、研究室の没収や縮小も有り得るぜ。これからも研究したいなら、それなりの成果を出さないとダメなのさ。分かったかい?」


「お、おけ、分かりました」


適当にバックれて誤魔化そうかなぁ、なんて思ってたんだが…こりゃ無理そうだな。Sクラスの学生しか許されない、豪華すぎる生活。手放したくはない。


「で、で、早速だが君は何を研究するんだい?」


「さぁ」


「さぁってなんだい、さぁって!魔術師ってのは代々、研究に研究を重ね魔法陣や理論を受け継いでいくもの。そういう使命〜みたいなのないのかい?」


「ないっすね」


「ええ!?じゃあ……えっと、火属性魔術…とか、鉱石魔術…とか、魔術式の多重式構築理論…とかさ。やりたい研究ってのはないかい?」


「なるほど、やりたい研究ですか。そうですね……」


「お、お、あるのかい?良かった〜、君は色々特殊だからね。研究したい分野がないなんて言われたら、どうしようかと思ったよ。君は『S』ランク1位魔術師。好きな分野を、好きなだけ研究していいんだぜ!研究資金もかなり頂いてるし、一切お金を心配する必要もなし!」


「そんなにお金が?」


「そうだぜ!『S』ランク1位ってのは、1番優遇されるってことだからね」


「おぉ、1位最高!」


「さいこぉ!」


二人で拳を天に突き上げた。

コイツ、教員にしてはノリがいいな。

俺とは違い、陽キャの匂いがプンプンするぜ。

将来立派な、陽キャとなるだろう。


って今はそんなことはどうだっていい。

魔術研究……研究かぁ……

あまり深く考えて、なかったなぁ。


そりゃ基本的な『S』クラス魔術師は、大層な名家でしょうから代々引き継いでいた研究とかあるだろうけどよ。

俺、農家なんだよな。

研究なんかしてる訳、ないじゃん!


しっかし研究しなきゃいけないと言うなら、面白いことをしたいと思うのが当たり前。どうせだから俺のこの学園での目標とも、合致するような研究をしたい。


俺の目標とは、青春を謳歌すること。より楽しむこと。

より輝かしくて、楽しくて、漫画やアニメのような精神を送ること。

つまり……


「研究って何でもいいんですよね?」


「そうだぜ」


「じゃあ青春魔法で」


「は?何それ?」


カペラは目をひん剥くほど、驚いた様子で俺の顔を見てきた。

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