第19話 相手のない喧嘩はできぬ

「サ、サリル・バナト先生……」


目の前に現れた存在に、ミアは明らかに動揺している様子だった。


へぇコイツがサリル・バナト先生ね……。

『アインヌ』になると言われてる魔術師だっけ。ただ未だにアインヌにはなれておらず、その一つ前の『ツバイ』にすらなれていない魔術師。


ただなると言われてるってことは、相応の実力なんだろうな。

確かにこの気迫は、さっきまでの連中とは桁違い。


ま、魔術師最高峰の称号を得る魔術師って言われてんだ。

これぐらいじゃなきゃ困る。物足りないぐらいだ。


そんな奴が、まさかここに居るなんてな。

状況からしてアイツがこの謎の魔法陣を作成した、フードの輩5人のボス。そしてあの女性を攫い、魔法のために利用しようとした親玉で間違いないだろう。


にしても……見事なスキンヘッドだ。

あの髪型のおかげで悪の親玉ってのがピッタリ似合う。

いかにもって感じ。ミアが知らなかったら、山賊の親玉でも来たのかと思ってたぜ。


「さ、サリル先生が何故この場所にいるんですか!」


ミアが震えた声色で、声を張り上げる。

彼女にとっては、顧問の先生。ほぼ会ってなかったとは言え、動揺するのは当然か。

だが男は冷静に、そして淡々と言葉を返した。


「何故この場所にいるか……か。それは私の言葉だ。ここは君たち学生が、足を踏み込んで良い場所ではない。即座に学園へと帰りなさい」


帰れってさ。んじゃほら、帰ろ。

洞窟はもっと広いんだし、天魔石だっけ?それもどっかあるっしょ。それ採ってさっさと帰ろうぜ。

だけど……うん、知ってた。

ミアは全く引かないのだ。


「人を核とするような非道な魔術式を見て、誰が素直に帰れると……思ってるんですか?サリル先生!早く説明してください!じゃないと私、その……容赦しませんよ?」


ミアは再び、鉱石を胸元から取り出して構える。

会った時はもっと弱々しい少女かと思ってたんだけどなぁ。

目上の魔術師であろうと、怯まずに立ち向かおうとする姿は主人公のような勇ましさを感じる。


「この私を脅すとは、アスピディ家のせがれが偉くなったものだな。父が偉いからと言って、君が偉い訳ではないのだぞ。私が帰れといえば、帰る、それが貴様ら学生の立場と言うものだ。そこの彼氏とでも、早く帰りなさい」


「か、彼氏!?ち、違う、あの人は……」


あ、ミアの顔が赤くなった。

彼氏ねぇ……。どう思われてもいいが、俺のこと認識してたんだな。

全く視線合わないから、いない者扱いされてると思ったぜ。


「ど、どう言われようと、私は引く気はありません!立場とか、地位とか、今ここは学園ではないんですから!だから……説明してください!」


「……その頑固な性格、君のお父様そっくりだな。今すぐ治すべきだと、忠告しておく。年を取れば取るほど、性格を変えるのは難しいからな」


「は、話をそらさないでください!今、お父様は関係ありません!」


「ふっ、本当に頑固だな。しょうがない。その頑固さに免じで、少し話をしてあげよう」


サリル先生は腕を後ろに組むと、ドーム状の空間をゆっくりと歩き始める。


「この魔方陣はな……私の専門である星辰魔術と鉱石魔術を融合させた、革新的な魔法陣なのだよ。天井に穴が空いているだろう。夜になればその穴から星を覗けるようになり、この魔法は完成を迎える」


星辰魔術か、これまたマニアックな魔法だな。

星辰と言っているように、この魔術は空に浮かぶ星の位置や星座を利用して行うもの。

だが星の位置を利用すると言うことは、季節や日にちによって扱う魔方陣を微妙に変化させていかなければならということ。夏と冬では浮かぶ星が異なることも考慮すると、季節によっては使えない魔法も出て来る。

つまり……めちゃくちゃ扱い辛い魔法なのだ。

そりゃ専門とする人も少ないわけよ。だからマニアック。


「この魔法が完成すれば、誰も行ったことのない新たな発想の魔術が誕生する。誰もマネすることのできない私だけの、最高の神にも到達し得る魔術が!は、はははっ……この魔法が完成すれば、私が『ツバイ』の称号を得るのは確実。『アインヌ』にだって手が届く!ははははははは!おっと、そうだ……この魔石を見せるのを忘れていた」


サリル先生はローブの中から、一つの魔石を取り出した。

握り拳二つ分もある、大きな魔石。その魔石は陽光に照らされ薄い藍色に輝いている。

これは……


「天魔石!け、けどこれほど大きな天魔石……簡単には採掘出来ないはずです。まさか……」


ミアの呟くような声が聞こえる。

あぁ、あれが天魔石か。

綺麗だな。俺も欲しい。


「そうだ。これは君に届くはずだった天魔石さ。この魔方陣には濃厚な魔力が籠った天魔石が必要でね。少し拝借させて頂いたよ。ただ……この魔方陣には欠点があってね。魔方陣の核となる強力な、魔力媒体が必要だったのさ」


「そ、それがそこいる女性……ですか?」


「そうだ。たまたま王都で見つけてな。これほどこの魔方陣に適応した、上質な媒体はない。これでこの夜。魔法は無事完成する。あぁ、これを見つけたとき運命の出会いかと思ったよ。どうやら神も私の魔法の完成を歓迎しているようだ!」


「そ、そんなことない……です。神が、神様が、こんな非人道的な魔法、許すはずがっ」


「黙れ!」


「……っ」


いきなりの大声に、ミアが怯む。

俺も身体がビクッとなった。

こういういきなり大声出す奴、嫌いなんだよ。

心臓に悪い。


「非人道的だ?魔法の魔の字も知らない魔術師が、魔法を語るんじゃない!魔術師たる者、どんな犠牲を払ってでも魔術を極め、根源の到達のため尽力するものなのだ!そんなことも知らない、ひよっこ共が私の魔術に口出しするんじゃない!」


その声には迫力があり、信念のようなものを感じた。

どうやらこのスキンヘッドジジイは、本気でそう思ってるらしい。

まあ別に俺は、否定しないよ。

たった一つの犠牲で、魔術の歴史が大きく変わると言うなら良いんじゃね?

くらい思ってる。


他人の生き死になんてどうでもいいし、自分と自分の周りが無事ならさ。

どうだっていい。

そこの女性も、倒れてるフードの奴らも、別に死んだっていい。

そりゃ死なない方がいいなとは思うし、同情だってする。

人を傷つけて、ミアみたいに心からの笑みだって浮かべられない。


けど知らない他人のための、命なんて張ろうとか思わない。

面倒なことなら、遠慮したい。

そんなに魔術完成したきゃ、勝手にすれば?

俺はそこらのヒーローみたいな、善人じゃないんでな。


けどよ、残念ながらそこの少女は違うんだな。

その子は残忍で冷徹かもしれないけど、弱き者を助ける。

その正しさのためなら、どんな行動も迷わず行う奴だぜ。


「サリル先生、私…失望しました。あなたがそんな魔術師であったとは、露も知りませんでした。何の罪もない人の命を、平気で利用するような魔術師だったとは……。あなたのこと、私は絶対許しません。なので……その曲がり切った精神、私が正します。あなたの一人の生徒として!」


ミアの目は決意に固まった色をしていた。

魔石を構え、魔方陣を展開する。


「ほう、私と戦うつもりか?『S』クラスに所属しているからって、調子に乗りすぎではないかな。確かに『S』クラスの魔術師であれば、えぇ、『アインヌ』になるのも容易いだろうな。ただそれは学園を無事卒業した者のこと。まだ入学したばかりの何も知らぬ魔術師には、現実の恐ろしさってものを教えてやらねば、ならないようだな」


サリル先生も呼応するように、魔方陣を数個周りに展開した。

溢れ出す魔力。こりゃ相当だな。

手加減する気などさらさらないらしい。


ミアとサリル先生。

決闘とは違い、ガチの命の取りあい。

敗者は死んでもおかしくないだろう。

それでも二人の決意は既に固まっていた。


どうせ俺には混ざるなって言うんだろ?

はいはい、大人しく見てますよ。


「ミア負けんなよ~!」


とりあえず声援だけ送っといた。

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