第18話 君子は豹変す

ミアは魔石を構えながら、マント集団のいる場所へと駆け出す。恐ろしく鋭く、怒りの感情が籠った目。

中々お怒りな様子だ。


「おいおい、アイツ突っ込んでくんぞ。実力差も分かってねぇ、馬鹿が。ぶっ殺してやる」


「待ちなさい、私が一人でやろう。あの入学できただけで、誰よりも偉く強いと誤解し、調子に乗っている魔術師……見ていると無性に腹が立ってな」


「へぇ。あんたが戦おうとする何て意外じゃねぇか。なら、行ってっこい」


1人のマントの男が、立ち向かうように仁王立ちする。手から魔法陣を作り出し、ミアに向けて構えた。

魔法陣は光り、一つの魔弾を作り出す。


「井の中の蛙が!現実を思い知れ!」


男は激しく唾を飛ばし、魔弾を発射する。

速い!?直線の軌道を描き、ミアに向けて一直線に飛ぶ。

ただミアは怒りながらも、冷静に魔石を構えていた。


「思い知るのは、あなた達です!Distruggere!」


投擲された魔石が激しい光を放ち、魔弾を破壊した。

うん、良く見えてる。

魔力を体にしっかり循環させることができてるし、あれなら問題無さそうだな。


「ちっ」


ミアがすぐさま魔石を構え直したのを見て、フードの男は地面に魔法陣を展開した。すると地面が隆起し、何個もの土で出来た連なる盾が生成される。


へぇ、面白いの防御魔法だな。

土属性の魔力により成り立っている、強力な盾。

だが……分かる。

そのレベルじゃ、ミアには叶わない!


ミアは魔石を数個、一度に放り投げた。

すると魔石は発光し、線で繋がりあって巨大な魔法陣を作り出す。そして魔法陣の中央から現れたのは1本の槍。


「Spingendo!」


そのとき見えたのは、1本の光の線。

遅れてくるバシュっと言う風を切る音。

生み出された突風が、髪を撫でた。


「な、何だと……」


男はそう言葉をこぼす。

彼には何が起こったかすら気付かなかっただろう。

ただ気付けば、魔力で出来た槍が背後を通過していたのだから。


血がドバっと飛び出し、フードの男はその場に崩れ落ちた。

腹部には直径20センチの風穴。ピクピクと体を痙攣させ、真っ赤な水たまりが広がっていく姿が俺の瞳に映った。


うわぁ…ミア躊躇ねぇ……。

あれ回復魔法さっさと使わないと、死ぬぞ。

臓器が貫かれてる。


「お、おい!てめぇ」

「コイツ殺りやがった!」

「ぶっ殺す!」


マントの輩たちの、動揺が見て取れる。

そして明確な殺意。

しかし冷たい瞳で、ミアは平然とその場に立っていた。


「ベータ、一つだけ伝え忘れてた。鉱石魔術の1番の魅力について……」


ミアは何故か、俺に話しかけてきた。

平然と、淡々と、一切の動揺無く、まるでそれが当然であるかのように、まるでフードの輩たちなど眼中に無いかのように……。

氷のように冷たい表情を浮かべながら、魔石を構え直す。


そうか……これが、この姿こそが……

『S』クラス20位、ミア・アスピディか……。


「鉱石魔術はね、一人では本来扱えない多くの魔力属性を魔石を通じで扱うことができること…なんだよ。だからね……」


フードの輩たちが、一斉に魔法をミアに向けて放つ。

しかし少女は、冷静に冷徹に非情に無慈悲に……

魔石を握った腕を振り抜いた。


「魔法の威力はピカイチなの」


その瞬間、七色の光が辺り一体を包んだ。

視界が奪われ、魔力の余波だけがピリピリと空気を震わせる。


魔法と言うのは、多くの属性が混ざり合うほど威力を増す性質がある。ただ人1人が扱える属性は限られており、一般人であれば1属性。一流の魔術師でも2~3属性だと呼ばれている。

ただミアは魔石に含まれた魔力を利用することで、本来であれば実現出来ない4種類以上の属性が混ざりあった魔法を成り立たせることを可能にしている。


その威力は計り知れない。

光が収まり、俺の視界に映ったのはボロボロになりピクリとも動かなくなった5人の姿。フードは魔法の衝撃で溶かされ、そこには傷だらけで血だらけの人間が5人、転がってるだけであった。


「ベータ、ちゃんと倒したよ」


ミアは初めて笑顔を見せ、俺にピースする。

そのとき俺が感じた感情は……


怖っ……

それだけだった。


人相手に一切の躊躇の無い無情さ……

人を傷つけても一切揺れ動かない冷徹さ……

そしてなお笑顔を浮かべられる残忍さ……


あかん、コイツ化け物や……。

頭のネジが1本飛んでる。

これじゃコイツが悪者なのか、フードの奴らが悪者なのか、分かったものじゃ無い。


俺はその場から飛び出し、地面に転がる輩たちに駆け寄った。

こんな奴ら、別に死んでもいいくらいに思ってる。

ただまあ助けられると言うならば、助けてあげようぐらいの優しい心は持っているのだ。


だが……ミアは不思議そうな顔で、俺の傍に立っていた。


「ベータ、何…してるの?その人たち助けるつもり?そんな人の道理を外れた魔術師、助ける価値もないよ」


「……まあ、そうかもな。だけど助けることが出来れば、コイツらにだって更生できる余地が生まれるだろ」


「……更生しない…かもよ?」


「そうなれば、そうなったとき考えよう。けど命ってのは失った後じゃ取り返せねぇからな。だから助けんだよ」


「……そっか。ふふっ、ベータ、やっぱり優しい」


お前が優しくなすぎるんだろ。

回復魔法陣を起動させ、転がっている5人も含め治療を試みる。良かった、無事に治せそうだ。


しっかし案外あっさりだったな。

正直もう少しミアは苦戦するかなぁ、ぐらい思ってた。

だってこの中にあの転移魔法を成り立たせた奴がいるんだぜ。


転移魔法ってのは、全魔法の中でも最大級に難しい分野の一つ。俺は勉強したことないので知らんが、ヨイ先生が授業でそう言ってたので、そうらしい。

最大級なんて言うから、もっと手練だと思ったぞ。

それとも、この5人に転移魔法を成立させた魔術師はいない……とかな。



冗談で言ったつもりだっかが、考えれば考えるほど現実味が増してる気がしてくる。確かにコイツらも手練だったし、魔法の扱いもそれなりだった。だが、転移魔法を扱えるレベルなのか?


何だか……嫌な感じがする。

まだ真相にたどり着けてないような……まだ見逃している誰かがいるような……そんな感覚。


「ベータ、どうしたの?」


ミアは俺の様子を不思議に思ったのか、そう声をかけてくれる。俺が洞窟内でつまづいたときと言い、ミアは周りの変化に敏感だな。ちょっとした俺の異変に気付くだなんて……。



だからこそ、この空間の異変に気付いたのだろう。

ミアは唐突にパっと、振り返る。

俺もまたその異変に気付き、視線を向けた。


ドーム奥の転移魔法陣、それが光を発している。

そしてその魔法陣から現れる1人の男。


年齢は50代前半ぐらいだろうか。

スキンヘッドの頭に、いかにも魔術師と言った黒いローブ姿の男。目には四角いメガネをかけており、その奥からギラりと輝く眼光が、俺たちを睨んでいる。


そして圧倒的なまでの存在感と迫力。

威圧するかのごとく、膨大な魔力。

こりゃあ……さっきの5人の魔術師とは話が違うぞ。


「部下たちが帰ってこないかと思いきや。こんなことになっていたとはな。まったく……何故魔術学園の生徒がここに居るのかな?今は研究の時間だと思うのだが、なぁ……ミア君」


男の低い声が、ドーム内に響く。

声量は大きくない。だと言うのに体が縮こまるような、威圧感を感じる。ピリピリとした緊張感が周り一体を包んでいた。


「サ、サリル・バナト先生……」


ミアは震えた声で、そう目の前の男の名を口にしていた。

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