第17話 君子危うきに近寄らず

その『助けて』という声は、それから何度か聞こえた。

その音を頼りに俺とミアは全速力で駆ける。すると開けたドーム状の開けた場所へと出た。


「ここは……?」


「幻想的だな」


そこは洞窟の中にも関わらず、明るい場所であった。

天井にヒビや穴が入っており、その間から陽光が差し込んでいる。

中央には、人より何倍も大きな岩が一つ。

その岩に縛られているのは、1人の女性であった。


「あっ……た、助けてください!気づいたらこの場所にいて!身動きが取れないんです!」


その女性は俺らを認識すると、声を張り上げる。

声の主は、この女性だったらしい。


ただ何よりも不気味だったのが、刻まれている大量の魔法陣。

その魔法陣は縛られている女性を中心として、このドーム状の空間全てを支配するように展開されている。何かの実験場か?明らかに異質な空間だな。


「た、助けよう!」


「ああ、ただちょっと待て。あの魔法陣、外敵を排除するように迎撃する魔法陣が混ざってる」


「ええ!?見ただけで分かるの!?」


「そりゃな。あの魔法陣を勉強しなかったか?あの魔法語が、こっち側の魔法陣に起因してて、あっちの魔法陣が動くようになってる」


「い、言われてみればホントだ……。けどすっごく、見ずらい。よく分かったね!」


「お、おう」


「『S』クラス魔術師ってやっぱすごいなぁ……」


「お前もそうだろ」


「あ、そうだった!えへへ」


助けを乞う人の前で、どんな会話してんねん!

呑気すぎんだろ!

まあいい。今は目の前のことに集中しよう。


魔法陣にトラップが含まれてるってことは、この魔法陣を壊すこと、ひいては女性が助けられることを恐れている。間違いなく人為的な何者かの仕業だ。

それにこの高度な魔法陣。企てた者は、かなり魔術に精通していることは間違いない。


魔法陣を詳しく分析することは不可能なので、この魔法の効果や能力は分からないが……

察するにこの女性を核にして魔法を成り立たせるつもりだな。

先ほど女性が『気づいたらこの場所にいた』と言ってたので、これを信じるなら誘拐か?

意地でもこの魔術を成功させたかったらしい。


まったく、気色悪い犯人だな。

誘拐までして魔法を成り立たせたいだなんて、狂ってる。

とりあえずあの迎撃魔法を食い止めながら、女性の元まで行くしかないか……


「ベータ、大丈夫。わ、私がやるから。ベータは私の付き添いで来ただけだから……こんな危険なこと、させたくない」


このぐらいの魔法、危険でも何でもなくね?

ま、本人が行くって言うなら行かせるか。


「そっか。じゃあ、頑張って」


「うん!」


ミアは勢いよくドーム状の空間へと飛び出した。


その瞬間大量の魔方陣が光り出し、レーザービームがミアに向けて放たれる。


中々な威力。まともに受ければ即あの世行きだな。ただミアは冷静な面持ちで懐から赤色の魔石を取り出すと、レーザービームに向けて投げた。


「Abbattetelo!」


ミアが謎の言葉を言い放った瞬間、呼応するように魔石が爆発した。

ドンっと言う爆発音。煙で一瞬視界が曇る。

へぇ、これが鉱石魔術か。


魔石の爆発が、放たれたビームを相殺している。

気付けばミアは半分くらいの距離まで駆け出していた。


だが迎撃魔法もまだ終わりでは無かった。

魔方陣が回り出し、他の魔法を発動させる。

空中に何個もの鋭く鋭利な石が出現し、ミアに向けて一斉掃射されたのだ。


「Protezione!」


ミアはすぐさま反応し、黒色の魔石を地面に向けて投げた。

するとミアを囲むように魔力の壁が出現し、飛んで来る石を防ぎきる。

そのまま囚われている女性の前まで到達した。

やるな~、ミア。


「だ、大丈夫ですか?今すぐ拘束を解きますから!」


さすがの迎撃魔法も、攻撃するのを止めたらしい。

あのまま魔法を発動させてたら、縛られている女性にも当たっちゃうからな。

そこら辺は考慮されてるっぽい。


だが意外だったのは、迎撃魔法と全く関係のない洞窟奥の魔法陣が光り出したことである。

そしてその魔方陣の上に現れたのは、五人のフードを被った謎の人物であった。


「おいおい、てめぇ何してんだ!何勝手に解放しようとしてんだよ!」


「……っ!?」


ミアは素早く、魔石を構える。

まだ残念ながら拘束は解けていない。

転移魔方陣か?とんでもなく高度な魔方陣だな。

こいつらがあの女性を誘拐し、謎の魔法を成立させようとしてる連中かよ。


「おいおい、何だてめぇら?お、その服、帝国立魔術学園の生徒かよ。魔術師のひよっこ共が!ここはガキが来るような遊び場じゃねぇぞ!」


うわ、雰囲気怖っ……。

これこそヤンキーじゃねぇか。

ひっ、すいませんって謝りたくなっちゃったんだけど。


「あ、あなたたちは誰ですか?こんな一般人を利用した魔術……許されることではありませんよ!」


「あ゛うっせぇな?早く、そこどけろ。じゃないと殺すぞ」


男の低い声が、ドーム状の空間に響く。

これ脅しじゃなくて、マジのトーンだな。

ただミアは屈することなく、そこを一歩も動かない。


「私は……この女性を置いて逃げることなんて出来ません!」


「おいおい、死にてぇようだな。じゃあぶっ殺す!」


男がローブの中から手のひらを突き出したかと思えば、魔方陣が浮かび上がる。

その瞬間、魔方陣から魔弾が放たれた。

魔弾は激しい光を放ちながら、ミアに向けて一直線に飛んで行く。

凄まじい魔力。こりゃ相当な手練れだな。


「Esplodere!」


ミアはプロ野球選手のような綺麗なフォームで、魔石を投擲する。

すると魔石から魔方陣が浮かび上がり爆発、飛んできた魔弾と衝突し相殺した。

全然、押し負けてない。


ただ……ミアは気付いていなかっただろう。

マントを被った五人の内一人が、すでにその場から消えていたことに。

そしてその存在は、魔石の爆発で生じた煙の中から突如として現れた。


「え!?」


「遠くで魔法打つだけが、魔術師だと思うな!」


突如として現れたフードの男は、拳に大量の魔方陣を纏わせミアに接近して来た。

そのまま走りながらの右ストレートパンチ。

ミアは完全に不意を突かれ、拳を正面から受けてしまい吹き飛ばされた。


空中を舞い、俺の傍まで弧を描くように飛んで来る。

おいおい、マジかよ。

俺はミアを素早くキャッチした。


「大丈夫か?」


「う、うん。ごめん。完全に裏をかかれちゃった」


「五対一だからな。しゃーないしゃーない」


ミアには傷一つ見えなかった。

どうやら俺からは見えなかったが、拳が到達する寸前で防御魔法を発動させていたらしい。

さすが『S』級魔術師。魔法の発動準備時間もめちゃくちゃ短い。


「おい、お前ら。今、邪魔しないで帰るなら見逃してやるぞ」

「早く帰って、ママのおっぱいでも吸っとけ!このガキどもが!」

「「「はははっ」」」


フードの人らの笑い声が聞こえる。気付けば囚われてる女性を気絶させたようだ。

女性がうなだれているのが見える。


チンピラの煽りとしては百万点の煽りだな。ロクな奴らじゃねぇ。

ただあの魔弾の魔方陣と言い、拳に纏った魔方陣と言い、かなり高度な魔方陣だ。

そこらの一般人とは話が違う。

そして極めつけは、あの転移魔方陣。

あのフードの中の誰が発動させたか知らねぇが、とてつもない魔導士だな。


面倒そうだし、帰りてぇ……。

俺にとって、あの囚われてる女とかどうでもいいし。

変なことに首突っ込んでも良いことないぞ。


君子危うきに近寄らず。

賢い奴は、危険な物事には首を突っ込まないってことらしい。

昔のお偉い誰かさんもそう言ってるんだし、帰ろ帰ろ。


「あの人たち、許せない……」


うわぁ、ミアの顔がマジになってやがる。

もしかして煽り耐性無いのかコイツ?

それとも弱き者を助けたいと言う正義感か……


「ベータ、下がってて。あんな奴ら、一人で十分だから」


ミアは俺の腕から降りると、フードの人影を睨む。

胸元から魔石を数個取り出し、握りしめていた。

こりゃあ……止められそうにないな。

面倒だけど、しょうがないかぁ……。


「無理すんなよ。危なくなったら頼れ。俺はお前の友達なんだから」


そう声をかけると、ミアはパッと俺の方を振り返った。

少し恥ずかしそうに、だけど嬉しそうに、ミアは笑顔を浮かべる。


「う、うん!」


そして、再び女性が縛られている場所へと駆け出した。

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