第20話 勝って兜の緒を締めよ

ミアとサリル先生が睨み合う。

互いに魔法陣を展開し、ピリピリとした緊張が辺りを包んだ。

沈黙と静寂。

ただその空間は唐突にして、終わりを迎えた。


「Spingendo!」


ミアの先制攻撃。

魔石を数個投擲すると魔法陣が生み出され、槍が生み出された。そしてサリル先生に向けて射出される。


これは先ほど、土属性の盾を貫通した魔法。

そこらの防御魔法じゃ、防ぎきれない強力な一撃。

ただ……サリル先生は、防御魔法で容易に防ぎきってみせた。

空中に現れた盾が、槍を完全に弾いている。


これだけで倒せるほど甘くはないか……


「良い魔法だな。ならば私からもお返しするとしよう。Aquilaアクィラ!」


サリル先生の魔法陣から、魔力で編み上げられた鷲の形をした物体が飛び出してくる。透明な魔力線で組み上げられた、幻想的な魔弾。

その魔弾はミアに向けて一直線に、羽ばたいて行った。


「Protezione!」


ただミアも黒色の魔石を地面に投げ、囲むように壁を作り出し

た。ドンっと言う衝撃音。

魔力同士が衝突したことにより、生じる突風と光。それでも無傷の状態でミアは立っていた。


互いに一切引けをとっていない、熱の籠った戦闘。

そこからは互いに一歩も引かない、魔法の打ち合いとなった。

打っては守り、守れば打つ。その繰り返し。

互いの魔法が毎秒ごとにぶつかり合い、激しく火花が飛んでいる。

一切の猶予なく、隙もなく、激しい光と衝突音だけが響き渡る空間。


だがミアもサリル先生も、一切気は緩めない。

隙が生じれば必ず叩く。その熱意が伝わって来る。

どっちが押しているのか、魔法の知識に乏しい俺では判断できないがトントンってとこか?

いや、ミアの方が消耗が激しいように見える。


鉱石魔術は鉱石を投げる動作が必要かつ、鉱石にも限りがある。

威力は高水準であろうと、このまま膠着状態が続けば厳しいのはミアか。

それはミア自身も自覚しているはず。

あっ……仕掛けた!


ミアが鉱石を投げるフォームが変化した。

プロ野球選手を彷彿とさせる、美しく完璧なフォーム。

その姿から様々な色を輝かせる一つの魔石が放たれる。


サリル先生は今までとは違い、テンポの速い速攻の魔法が飛んで来る……

そう読んでワンテンポ速く防御魔術を発動させた。

だが……


魔石の投擲スピードは遅かった。

これは……チェンジアップ!

これほど綺麗なフォームから放たれるのであれば、その魔法発動時間は短いだろう。

その読みを逆に利用し、逆にフォームだけ一緒で魔石の投擲スピードを遅くした。

それにより魔法の発動時間がワンテンポ遅くなる!


「……っ、しまっ……」


「Distruggete!」


鉱石が空中でパリんっと割れたかと思いきや、割れた破片の一つ一つに大量の魔力が籠り、魔弾となってサリル先生に降り注いだ。まるで流星群とでも言えるような華麗な魔法。

多発的な攻撃のため防御が難しく、それでいてテンポが遅れたことでサリル先生は十分に防御することができない。

アイツ……これを狙ってやがったな。


ズドドドっと言う爆発音。光が放たれ、大きく土煙が上がる。

視界が開いたとき……そこにはボロボロの姿となったサリル先生の姿があった。


魔術師を思わせる黒いローブは破け、体には所々破片が突き刺さり流血している。

見ているだけで痛々しい。

だが……彼は決して、倒れてなどいなかった。

堂々とした姿で、その場に変わらず仁王立ちしている。


「やってくれたな、ミア君。ここまで怪我を負ったのは久しぶりだ。二十位といっても『S』級魔術師か。才能の原石だな」


「は、はやくこの空間に広がる巨大な魔方陣を解いてください!でないと……私は殺しにさえ、躊躇しませんよ!」


「ふっ、ははははっ、私を殺すか。私も君を心のどこかで舐めていたのかもしれないな。しょうがない、私も本気を出すとしよう」


「え!?」


「生徒相手に本気になるなど、私のプライドに反するのだがな……。しょうがない、私も本気で君たちを殺すとするか、ははっ、はははははははっ」


そのときサリル先生を囲むように、巨大な魔力が流動する。

地面に巨大な魔方陣が浮かび上がり、目を細めるほどに激しく光を放つ。

そして感覚で分かる、雰囲気の変化。

あっ、これヤバイな。


「星雲の空、開闢の英雄、神をも屠る天の使い!リゲルの導きに従い、出でよ!Orionオリオン!」


その巨大な魔法陣から、突如現れたのは巨人であった。

間違いなく5mはあるのではと思うほどの巨大な人。

このドーム状の空間、天井一杯にギリギリ収まるほどの圧倒的なデカさ。


手には弓矢を持ち、意識の無い虚ろとした瞳が俺たちを見下ろしている。魔力で作られているため、そこには実体としては存在してない。だが魔力の線が緻密に繋がり、その荘厳とした姿が露わとなっている。


何だこれ?召還魔法?創生魔法?構築魔法?

それとも……星辰魔法とでも言うのかよ!?

おいおい化け物出て来たじゃねぇか。


「はっ、はははっ、……うぐっ、ごほっ!くっ、無理がたたったか……これほどの魔法、使うのは久しぶりだからな……。だが……これで貴様らも終わりだ!穿て、Orionオリオン!」


巨人が弓矢を構えた。

その瞬間、バゴォォォォォン!と信じられない爆音が響いた。

おいおいあんなの矢じゃねぇ!ロケットランチャーだぞ!

それも到達は一瞬、光が見えたかと思えば矢は放たれている。


ミアは防御魔法を、展開していた。

ドーム状の壁。だが……その壁は一瞬にして崩壊した。

信じられないほど高い土煙が上がり、ミアの体は吹き飛ばされ宙を飛んでいた。

着地地点と思われる場所は大きく抉れ、隕石の衝突であったのかと思うほど。


だがその巨人は容赦などなかった。

ただ冷徹に次の矢を構えている。

速ぇ……次の魔法の準備速度が尋常じゃない。反撃の隙すら与えてはくれない。

やべっ、助けるべきか!?


だがそのとき俺は、ミアの意地を見た。

ミアは空中で魔石を爆発させることで爆風を利用して急激に落下し、二発目の弓矢を避けたのだ。

矢が洞窟の壁に衝突し、再びバゴォォォォォン!と耳を寸割くような爆音が耳にこだまする。

ミアは地面に衝突するも、防御魔法で受け身をとり軽傷で済んだようだ。

だが……それでも巨人は攻撃の手を緩めない。

すぐさま三発目の矢を構える。


だが……その矢は放たれなかった。

何故なら……ミアの背後には、岩に縛られている女性の姿があったからである。

すげぇ、ミアすげぇ……。

でたらめに落下したように見えて、着地地点まで計算してたのかよ。


女性に害が及ぶような攻撃は、サリル先生の目的からしてすることができない。

だからこそ巨人は弓矢を穿つことができないのだ!

巨人の攻撃が怯む。

その隙を利用して、ミアは赤い魔石を構えた。


「き、貴様……!?」


「ここで終わりです!Bruciatelo!」


ミアに綺麗なフォームからの全力投球。

宙を貫く魔石は空間を歪ませるほどの魔力と共に、巨人の股を抜けサリル先生目掛け直進する。魔石の道を明けるかのような、軌道の同心円状に広がる衝撃波。その波俺のいる場所にさえ届き、体が吹き飛ぶかと思うほどの豪風が服をバタつかせた。


赤い魔石は激しい光とともに、真っ赤な炎の弾となってサリル先生に衝突した。炎が燃え上がり、着地地点の周り一体を埋め尽くす程の巨大な火柱が燃え上がる。

離れているにも関わらず、熱波を感じるほどの衝撃。



これは……倒した!

そう思った。少なくとも俺はそう思った。

ミアもそう思ったと思う。

けど……


「「え!?」」


俺とミアそう言葉をこぼした。

そこには……ニヤリと笑みをこぼすスキンヘッド男の姿があった。


「この程度で、私は殺せんぞ!小童!」


男の両手に握られている、真っ黒に焦げ上がった何か。

俺は最初、それが何か気づけなかった。

だが冷静に周りが見えるようになると、同時に気付く。

あれは……人だ!


さっき俺らが戦った、ローブの輩たち。

その2人を盾に使い、サリル先生は生き残っていたのだ。

マジかよ……


倒したとはいえ、あの人達はまだ生きてた。

その命を、防御魔法に利用し守りきったって言うのかよ……。

飛んでもねぇ……。


そして俺の瞳にはミアに近づく、大きな人影を捉えた。


「ミア!離れろ!」


「え!?」


そのとき……巨人の蹴りがミアに直撃した。

彼女はその瞬間、攻撃に全てを捧げて言葉通りこの戦闘を終わらせに行った。だから防御なんて元から、考えられてなどいなかったのだ。

そしてあのサリル先生の衝撃。

それはミアを放心させるには十分なものだった。



ミアが血飛沫をあげながら、宙を舞う、

腕がグチャりと曲がり、体はひしゃげているようにすら見えた。


だがそれでも躊躇なく、巨人は矢を構えた。

無感情に、無慈悲に、非情に

その矢の焦点を


空中を舞う人影に合わせる。


「死ねぇ!」


サリル先生の歓喜に満ちる声が響く。

そして巨人の矢は放たれた。

ドゴォォォォン!と言う衝撃音。


その音だけが一際大きく、俺の耳の中でこだましたように感じられた。

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