第21話 神輿を上げる

私は全力で攻撃した。囚われた女性を利用して、無理矢理隙を作って放った一撃。

防御を捨て、躊躇いを捨て、私は目の前の師を倒すための全力の魔法を使ったはずだった。

けど……死んではいなかった。殺せなかった。

ナハト先生はフードの男2人を盾のように使うことで、ギリギリ生き残っていた。


人の命が潰えるとき、魔力が大量に溢れ出す現象が発生する場合がる。

そんな話を昔、聞いたことがある。

その魔力を利用すれば、強力な魔法を一時であるが扱うことができる……と。

まさに目の前の師は、それをやってのけた。

他人を盾にすることでわざと命を奪い、発生した魔力を利用したのだ。


命から溢れる魔力で防御魔法を一時的に強化し、私の魔法を防ぐ。

それは非人道的で、予想外で、邪道な魔術で、

そんなこと許される訳がなくて……

全くもって予想外の出来ことだった。


その瞬間では思考が追いつかなかった。何が起こったかわからなかった。

ただただ唖然と立ち尽くすしかなくて……

視界が真っ白に染まるような感覚に襲われる。


「避けろ!」


不意にそんな声が聞こえた。

思考は追いつかなくても、何故かそれがベータの声だとすぐに分かった。

彼の声のおかげで真っ白だった視界に色が染まり、現実へと引き伸ばされる。

だけど意味はわからないし、思考はまとまらない。

視界で捉えられても、現状が理解できない。


「え?」


どうして?そう言葉を続けようと思った……

訳がわからないから。

けどその言葉が出る前に感じたのは……

とてつもない衝撃と激痛だった。


気付けば空を飛んでいた。

左腕が動かない。いや左半身の感覚がない。

え?これが私のなの?


見れば左腕はぐちゃぐちゃに曲がってて、体は凹んでいた。

血が噴き出し、左目が擦れてボヤッとしている。

けど感じるはずの激痛は、あまりの痛みからなのか全く感じなかった。


そこで逆に思考が落ち着いて、現状を理解した。

私はあの巨人に蹴られたのだ。

弓矢の攻撃は後ろの女性に被害が及ぶ。

だからこそ接近し単純な物理攻撃で、ピンポイントに私を狙ってきたんだ。

けどどうやら私は反射的に魔力の壁で、その攻撃を防いでいたらしい。

だから今生きてる。そうじゃなきゃもうとっくに、死んでるはずだ。


宙を舞う塵や砂利が鮮明に、そしてゆっくりに映る。

まるで時間が遅くなったかのような、そんな感覚に襲われた。


……もう体が動かない。

手が、体が、震えてる。うまく魔力を練り上げられない。

魔石を握ることもできない。

けど思考だけが聡明で、私の瞳は弓矢を構える巨人を捉えていた。


あっ、弓矢が飛んでくる。あの強力な何もかも一瞬で屠ってしまうような一撃が……。

けどもう私にできることはない。

私はあの一撃を、魔法で防ぐこともできずただ受け入れることしかできない。


死ぬんだ……


そう直感的に気付いた。

けど不思議と最初に感じたのは死ぬことへの恐怖とか、悲しみとかじゃなくて……

無だった。

何の感情も湧かなかった。

私って、こんなに生に無頓着だったんだ……。


「死ねぇ!」


そう声が聞こえた。矢が光を纏い向かってくるのが見える。

そのとき頭を駆け巡ったのは、記憶だった。


魔法の才能があると、そう褒め称えてくれた両親の顔。

私は褒められるのが好きで、そして魔法が好きだった。

だから外で遊んでいる人たちのことが理解できなかった。

もっと家で魔法を勉強すればいいのに、そっちの方が楽しいのに、

もったいない。


けどどこかで私は、集団で笑い合いながら遊んでいる人たちのことを羨んでいたのかもしれない。

だからこそ、尚更あの人たちには魔法で負けたくない……そう思っていたのだろう。

毎日必死に魔力の勉強と研究に勤しんだ。

そしたらすぐに成果は出て、15歳で既に『アインヌ』である父に並ぶとまで言われた。

16歳で帝国立魔術学園にも一発合格。

さらに最上級クラスである『S』クラスに配属された。


ただ……私はそれくらい当然だと思った。

周りの魔術師と比べても、抜群に魔法の実力があったし、模擬戦でも負けたことがない。

今までに挑まれた決闘でも全無敗。

匹敵するのは父に連れられて無理矢理付き合わされたパーティーにいた、あの白髪の子くらいだろうか?

けどきっと、私の方が実力は上なはず……


だが私は、学園に入学して実力の差に打ちのめされた。

渡された順位は20位。私の上には19人もいたのだ。

そして私の上には、パーティーで会ったあの子もいた。


全部……全部間違ってると思った。この学園は私の能力を正当に判断していないと思った。

入学初日にあの子が机を蹴って順位が不当だと訴えていたけど、そうしたいのは私の方だった。

誰よりも才能が抜きん出て、誰にも負けたことがなくて、他に追随を許さなくて、

天才とそう称され、両親に認められた私が……


20位なはずがない!

私は私の実力を疑わなかった。


なんて……そんなことを思ってた私が、今やボロボロ……

20位のはずがない……か。

『ツバイ』にも成れて無いような魔術師に、ボコボコにされたあげく殺されるような魔術師が……

20位より上なはずは無い……よね。


『S』クラスの魔術師は魔術の歴史に名を刻み、魔法の発展に大きく貢献する実力を持った人物。

そう父は、私に語ってくれた。だから私は一族を代表するような、そんな立派な魔術師になると……

そんなことも言ってくれた。

けど、ごめんお父様……私、立派な魔術師になんて成れなかった。

だってここで死ぬんだもの……。


そのときふと視界が揺らめいた。

冷たい液体が頬を撫でるように流れた。

瞼が、頬が、痙攣するように引きついた。

あっ、私……本当は死にたく無いんだな……。


もう少し冷静に動けば良かったとか、速攻で勝負を決めに行くべきだったなとか、

今になって後悔が頭の中を巡る。

けどもう遅い、私にできることなんてない。

体は動かず、魔法も使える状態になくて……

私はゆっくり目を瞑ることにした。


最後は、最後だけは、アスピディ家の後継として……

正々堂々と、死ってやつを受け入れてやる……。



けど……あれ?

何故か来るはずの死は訪れなかった。

衝撃が、魔力が迫ってくる音が消えた。


代わりに暖かくて、安心できるような感覚が私を包む。

ゆっくりと目を開けると、そこには……


ベータの姿があった。


「お前、無理しすぎ」


ベータはそんなことを私に言ってくる。

何でここにいるのとか、あの弓矢の強力な魔法はどこにいったのとか、

色んな疑問が駆け巡るも、右へと抜けていく。

けど彼に助けられたんだって、それだけが痛烈に感じられて……


私はただ……


「べ、ベ…ータ……」

そう彼の名前を口にすることしかできなかった。


なぜ開口一番彼の名前を呼んだのか、意味もわからなくて、訳もわからなくて、

ただ胸の辺りが、激しく脈打つような感覚を感じて……

そう名前を言いたいと思った。


私を助けてくれた、ヒーローの名を……

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