第11話 鶏群の一鶴

時計の針が9を指し、とうとう学園生活が始まった。

『S』クラス生徒二十人、教室に集まり机に座っている。

人数が少ない分閑散とした印象を受ける教室であったが、威圧感と緊張感は他の教室を圧倒するほどに重い。相変わらず誰一人、会話をする者はおらず静か。

時計の秒針の音だけが、部屋の中に響き渡っている。


こう改めて『S』クラスの生徒を見渡すと、本当に皆個性豊かと言うか様々。

ただどちらかと言うと、皆若い印象。少なくとも見た目だけなら十代後半から、二十代前半って感じ。

かく言う俺も、今年で15歳。いやぁ、自分で言うのも変な話だが若い!

まだ高校一年生なりたてってくらいだぞ!若すぎる!

年齢制限のないこの学園でも、かなり若い部類に含まれるんじゃなかろうか。


けどエルフとか長寿の種族はザラにいるので、見た目と年齢がそぐわないことはよくある。

幼く見えて実は百歳とか、ガチであるんだよな。これがロリババアってやつか。

逆に成長の早い獣人とかだと、二十歳くらいに見えてまだ八歳とかな。

いやぁ、他人を見た目で判断すべきじゃないよね、まったく。


ガララと音が鳴り、カツカツと音を立てながらヨイが教室の中に入って来た。

そして黒板に立ち、手に持っていた分厚い魔導書を教壇に叩きつける。


「さて、早速だが、先ずはこの学園の校訓を教えておこう。これを見ろ」


ヨイは人差し指を黒板の上に、突き示した。

そこにはある文言が、刻まれていた。

あーこれ、学園の至るとこで見るんだよな。

生徒手帳の最初にも書いてあったし……


「『魔術師たるもの、強く、清く、賢く』だ。貴様らの心に刻み込んでおけ。では授業を始める」


そうして、授業がスタートした。

魔術学園における初めての授業と言うこともあり少し覚悟したが、思ったより基礎の部分から始まった。ただ強き者こそ基礎の大事さを自覚し、ないがしろにしないものだと言う。

俺もそうあるべく、しっかり聞くことにした。


「魔力と言うものは魔法の原動力となるだけでなく、流された物質の特性を強化する働きを持つ。例えば剣に魔力を流せば威力が増し、そこらの剣で鉱物を真っ二つにすることが出来る。ハンマーに流せば威力が増し、地面に振り落とすだけでクレーターを作れるようにだろう。このように魔力は武器の強化にも非常に有用となる。そしてまた、この能力は身体能力にさえ応用することが可能。人は常に魔力を体に循環させているが、その循環量を意識的に局所で変化させることで本来なら得られない優れた能力を開花できる。目への循環量を増やせば視力が向上して何百メートルほど遠くも見渡せるようになり、耳に流せば聴力が飛びぬけて上昇する。筋肉に流せば重い物を軽々持てるように……と、大体こんな感じだ。つまり身体能力と魔力量は密接な関りを持つ。これを……」


ヨイは黒板を文字で埋めながら、淡々と授業を進めていく。

マジの基礎の基礎。魔力の性質とは何かって話である。もちろん知ってる。

しかし今までずっと独学でしかやってこなかった分、こうして人から魔術について習うと言うのは新鮮だった。


ただ……うん。

誰も授業聞いてねぇ。


『S』クラスの生徒誰一人、授業をまともに聞いていないのだ。

授業とは全く関係ない魔術本読んでる奴いるし、普通に寝てる奴いるし、天井見上げてる奴すらいる。飴玉舐めながらお絵描きしてる奴もいるし、飲み物飲みながら漫画読んでる奴もいる。おまけによく見たら椅子がなくて、空気椅子して筋トレしてる馬鹿もいるし、魔術本立ててると思ったら、隠れて飯食ってる馬鹿もいる。


自由……すぎる。

そりゃ騒いだり、動き回ったりする授業妨害するような、ガイジはいない分ましだけどさ。

クラス全員サボってるって中々の絵図だぞ。そしてコイツら考えなしにただサボってるんじゃなくて、分かり切ってるから授業を聞く意味もないってことだろ。

俺の基礎を大事に……とか言うくだりを返せ。


シャウラは椅子揺らしながら何か考え事をしてるっぽいし……

俺だけじゃね?まともに授業、聞いてるの?

いや俺だって、別にこんなこと分かり切ってるし聞かなくてもいんだよ?

けどさ、ヨイ先生可哀そうじゃん!せっかく授業してくれてるんだぜ?


つかヨイ先生も、全員サボってるの気付いてるよな?

大丈夫だよ、先生。俺だけは先生の見方だから……。





昼の時間となり、俺は食堂に出向くことにした。

魔術学園の食堂は、全て無料。さすが世界で唯一の帝国によって運営されてるだけある。


ただ頼めるメニューには制限があり、クラスによって異なるのだ。高いクラスの学生ほど、高くて美味しいものを食べれるってわけ。つまり俺のような『S』クラスの生徒は、超高級レストランのような、最高級の食べ物を口にできるってわけさ。


マジ最高。

村にいた時じゃ考えられないような、豪華な食べ物に囲まれた生活。村の皆にも体験させてあげたいくらいだ。


「ねぇ、ベータ君。質問したいことがあるのだけれどいいかしら?」


「なに?」


「何故私はあなたと一緒に、食堂で食事をしなければならないのかしら?」


「そりゃ、友達だからだろ」


「友達ってご飯を共にする存在のことを言うの?」


「いや、違う……って言うか…何だろうな。けど普通友達って、飯行こうぜ、じゃあ行く行く〜って関係じゃん」


「そうなの?」


「……いやお前、友達いないの?」


「いない訳では無いとは思わなくもないわね。大体先ず、友達の定義を説明してもらわないと、分からないのだけれど」


「えぇ……お前絶対友達いないだろ」


俺は初めて学園で出来た友達であるシャウラと、食堂の椅子を囲んで座っていた。

やっぱさ青春って言ったら、友達と飯食うとか憧れるじゃん。

陰キャだったせいで、そんな思い出1つもないし……。


だからしようってことで、食堂に来た。

あと女子と二人でご飯ってのも青春ポイント高い。

灰色の青春を塗り替えるための第一歩、そんな感じだな。


ただ目の前に座るシャウラの表情は、明るい青春とはかけ離れているほどに曇っている。


「ごめんなさい。私は友達というものがよく分からないのよ。あなたに全てを捧げた以上、友達になれと言われたらなるのだけれど、何をしていいのか分からない。授業中考えても、さっぱりだったわ。ねぇ、私はどうすればいいの?」


シャウラは重箱の旬の食材詰め合わせを口にしながら、そんなことを言ってくる。ちな俺の昼食は、ドラゴン肉の唐揚げ盛り合わせ。くっそ美味い。


コイツ授業中何か考え事してると思ったが、そんなこと考えてたのかよ。いやけど、友達としてどうすればいいかって聞かれても……俺も分からん。


そんな友達について深く考えたことねぇよ。

つか友達そんなにいたことないから分からねぇよ。

俺は村の年齢の近い奴らのこと、友達だと思ってるけどあっちからは友達だと思われてるか分からないし。

日本で友達とか、いなかったし……。


うわ、悲しいな日本の俺。

そりゃ青春も灰色なわけだよ。つかいないどころかいじめられてたしな……ってこれ以上思い出すのは止めよ止めよ。

俺がひたすらに苦しくなるだけだわ。


「とりあえず友達ってのは、こう一緒に飯食ったりとか、こうやって喋ったりとか、多分そういう関係なんだよ」


「曖昧ね」


「まあ友達ってのは曖昧だからな。だから定義とかは知らん」


「じゃあどうすればいいのよ?」


「とりあえず毎日今日みたいに、飯食っとけばいいんじゃね?」


「驚くほどに、適当ね。まああなたが良いのなら、文句はないのだけれど。けど、その……食堂ってかなり居心地が悪い気がするのだけれど」


「あ、それ気付いた?」


俺とシャウラが食べてる豪華食材。それを口にしているということは、自らが『S』クラスであると主張しているようなものである。


つまり……


めっちゃ目線が、俺らに集まっている。


当たり前だがこの学園のほとんどの学生は、『S』クラスでは無い。そして『S』クラスが50年ぶりに設立されたということは、2学年、3学年、4学年上の先輩たちにはクラスすら存在しない。


『S』クラス魔術師とは、他を圧倒する実力と才能を持ち合わせた、高みにいる存在。学年、歳関係なくこの学園に頂点に君臨している。その注目度合いは、そりゃ一塩である。


「あ、あれが『S』クラス魔術師!?」

「すげえ。確かにオーラが違ぇ」

「うわぁめっちゃ、美味しそうなの食ってる。羨ましい」

「へぇ、あれが一年の天才たちが」

「ちょっとあんた、話しかけて来なさいよ」

「え!?嫌だよ〜恥ずかしい」


次々と周りから、小言が聞こえてくる。

まるで有名人だな。


「明日から食堂で飯食うのは止めるか」


「そうね」


シャウラと俺は、食堂で食事をしないことを強く誓ったのであった。

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