第10話 己の欲せざる所は人に施す勿れ
俺が入った温泉、そこにはシャウラがいた。
昨日会ったのに、また会うとは。更に違う温泉だし。
考えること一緒かよ。
シャウラから一番離れた、対角線上でお湯につかる。
あぁ……くそやべぇや。気持ち良すぎる。
ただ俺がわざわざ距離を置いたにも関わらず、シャウラは俺の傍にまで寄ってきた。
何故かだだっ広い温泉の湯船の隅に、俺とシャウラが集まってる構図。
え?どういうこと?何でコイツ、俺の横にいんの?
おかげでシャウラの肌って綺麗だな……とかどうでもいいことを知ってしまった。
「なにまじまじと見てるのよ?変態。気持ち悪い」
「み、見てねぇよ」
「そう、ってはぁ……こんなことを言うつもりで来たんじゃないのよ。……ベータ君、昨日の発言は訂正するわ。農家のことを低俗などと称したこと、心からお詫びします。ごめんなさい」
「お、おう」
シャウラは俺に対して、頭を下げていた。
まさかあれほどに強気であったシャウラが、俺に頭を下げているのかと思うと……違和感がすごい。
そう言えば俺、決闘に勝ったんだったな。これが決闘の力か。
『S』クラス1位の衝撃が強すぎて、あまり深く考えてなかった。
「ま、その、分かってくれればいんだ。あと俺も昨日は言いすぎた。すまん」
「なんであなたが謝ってるの。私に勝っているでしょ?」
「別に勝敗に関わらず、悪いとは思ってたんだよ。それだけだ」
「そう……」
シャウラ頭を上げると、バシャっとお湯で顔を洗った。
うお!?いきなり、すんなよ。びっくりした。
こっちにも水滴飛んでくんだぞ。
そして再び、鋭い眼光が俺を捉える。
「決闘、完敗だったわ。潔く負けを認めるわよ。けど昨日からずっと気になってるの。昨日使った魔法、あれは何?」
「何だと言われても、魔法としか……」
「はぁ、そうよね。ごめんなさい、質問が悪かったわね。訂正するわ、あなたは何者なの?あなたの一族は何なの?ただの農家なんかじゃないわよね?私の予想はこう。過去に魔術協会から追放され、または抹消され逃げた結果、田舎の村に移住し農家という表向きの肩書きに隠れて魔術の研究をしている一族。違う?」
いや、違うけど。妄想激しすぎるだろ。俺の一族、とんでもないことになってるんですけど……。
抹消された魔術師の一族?何それ?
けど設定カッケェな。ちょっと憧れる。
「昨日寝ないで、フォルナーキス家について調べまくったわ。けど何の情報も出てこなかった。」
そりゃ、魔術師じゃねぇからな。
「あなたの一族、家名を変えているわね?それか…よほど大きな何かを行い、魔術協会の歴史から抹消された。あなた本当に何者なの?それとも全部嘘だって言うの?いえ……名前だけは決闘の手続き上、偽名じゃないわね。フォルナーキス家ってのは、何なの?そしてあなたは誰なの?何者なの?答えなさい!」
一際シャウラの声量が大きくなり、威圧感を感じる。
どんだけ必死なんだよ。怖いんだけど。
そんな肉食獣みたいな目で睨まなんくても……
「どうだろうな。想像にお任せするよ」
けど俺はここで口を滑らせたりはしない。
こう言っとくことで、何かすごいヤツっていう雰囲気だけ出しておこう。
実家が農家ってのは、目標のため隠すことにしたのだ。
「はぁ、何も教えてくれないのね。なら、もう一つ気になってることを聞くわ。あなた何位なのよ?昨日は言うのを渋ってたようだけど、本当は何位なの?それくらい教えてもらっても良いでしょ」
「え、いや……」
「当ててたげるわ。1位でしょ?」
「うぇ!?なんで分かったんだよ!」
「あんな魔法扱っといて1位じゃなかったら、私が驚いてどうにかなってしまうわよ」
1位であることがバレない作戦、無事失敗。
くそぉ……魔法見ただけで気づかれるのかよ。
これからは魔法を使うときも、最新の注意が必要だな。
「お前、俺が1位のこと、絶対他の人間にバラすなよ」
「ええ。分かったわ。そうよね、バレたら困るわよね。」
「え?」
「あなたが1位って分かってたら、私だって決闘に対してそれなりの準備をしたわ。そしたら……いえ、準備しても無理だったわね。けど一足掻きぐらいはできたかもしれないわ。これからの挑まれるかもしれない決闘を有利に進めるためにも、情報は隠したい。そう言うことでしょ?」
「あ、ああ、そうだ」
そんなつもりはなかったんだけどな。
まあ都合よく解釈してくれてるならいっか。
「にしても私は……ホントに愚かね。農家って言われたらそれを丸呑みにして、順位を言い渋ってるのを見て勝手に自分より低い順位だと決めつけ、ましてやあなたの口車に乗せられて決闘まで申しこんで……。全部あなたの手のひらで踊らされてたってことでしょ。完全に騙された。あぁ、もう私は…私は何をしているのよ。中途半端な自信に溺れて、ムリフェン家の名前だけで鼻高くして、人生棒に振って……くそ、くそぉ!」
いきなり水が弾け飛ぶ、ドゴォンという爆音が温泉内に響いた。
シャウラが拳を水面に叩きつけたのだ。頭上を遥かに越えるような水飛沫が上がる。
えぇ、怖……。コイツマジかよ?
いきなり水面殴るって……怖すぎでしょ。
つか隣に俺、いるんですけど。めっちゃお湯かかったんですけど。
「私は、私わぁ、何をしてるのよ。ムリフェン家の再興をやり遂げるって、誓ったのに……お母様とお父様から一族の命運を託して頂いたのに……全部、全部、裏切ってしまった。……ぅ…うぅ……あぁぁ…うぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
えぇ……。
おいおい、コイツ泣き出したんだけど。
さっき怒ってたんじゃないのかよ。情緒どうなってんだよ。
「ちょっと〜男子、ゆみちゃん泣かしたでしょ!」って小学生のときに言われたの思い出したぞ。
何でああいうときって、全部男が悪いみたいな感じになるんだろうな。泣くの卑怯じゃね。
けど、ごめんなゆみちゃん。
筆箱にカエル入れたの俺なんだ……。
確かにあの時は俺が100パー悪い。
けど今回、俺が悪いのか?決闘申し込んできたの、アイツからだぞ。
更に俺どころか、家族全員殺す気だったんだぞ。そんな奴許されてたまるか。
世の中、弱肉強食。敗北者に権利はない。
コイツの人生はもう、どう泣こうが喚こうが俺のものだ。
シャウラはもう俺のペットであり、奴隷であり、操り人形。
さ〜てどうしてやろうかな、ぐへへへへへ。
なんて、はぁ……。別にこんなこと望んだわけじゃない。
俺は一族を通して、努力を惜しまない魔術師を尊敬しているのだ。
コイツがヤンキーだろうと、性格が捻じ曲がってようと、魔術師は魔術師。
それも高名な一族の跡取りである重圧を抱えながらも努力を惜しまず、帝国立魔術学園の『S』クラスにまで上り詰めた魔術師。尊敬はしている。
だからこれからは知らんけど、今のところはどうこうしてやろうとかそんな気持ちはない。
それより俺の目標に利用すべきだ。
「おい、泣くなシャウラ。もうお前の人生は、俺のものだ。どう生きるのか、どう考え行動するのか、全部俺の指示に従って生きていくことになる。だから俺が泣くなと言ったら、泣くのをやめなければならない。分かるか?」
「……っ、ええ。ふぐっ……そうね」
「ただ俺は別に、鬼じゃない。だからお前を奴隷のように扱う気もない。だから俺に敬語を使う必要もないし、敬ってもらう必要もない。これまで通りムリフェン家の魔術師として、当たり前の生活を送ってもらって構わない」
「……ぇ?」
「ただ一つだけ、お願いしたいことがある」
「な、何?」
そう問われ、俺は一度深呼吸する。
昔から俺はこの言葉を言えなかった。村の人たちは優しかったから、どうにかなった。
けどそれは当然ではなくて、だからこそ灰色の青春を送ることしかできなかった。
けど俺はここで、この学園で掴み取る。取り戻す。美しい青春を!
だから、俺は!
前へと進む!
「あの……俺と、友達になってください」
「え?は?え?ええ。は、はい」
学園で初めて友達ができた、その瞬間であった。
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