第8話 百聞は一見に如かず

日は沈み、星だけが爛々と輝きを放つ夜。

学園は暗く静まり、月明かりだけがその暗い廊下を照らしていた。


カツン カツン


静寂の廊下。

その長い廊下に、ヒールが床を叩く音が響き渡る。

誰一人学園には見られず、その音だけが虚しくこだましていた。


だが……唐突に、その音は止まる。

そして何も見えなかったはずの空間に一人の女性が現れたのだ。


透き通るように美しい黒髪を、後ろで束ねる女性。

ボンキュッボンと言う言葉をそのまま体現したかのようなスタイル。

そして文句の付け所のないほど整ったルックス。


その女性は……

『学園長室』


そう刻まれた、部屋の前で止まっていた。


トン、トン


2回ほどのその部屋の扉を叩くと、帰ってくる言葉も聞かずにその扉を開ける。

そして一切の躊躇いなく、その部屋の中へと足を踏み入れた。



部屋の中は暖かいオレンジ色の灯りが灯っていた。

奥には豪壮な机に、椅子。

その椅子がくるりと周り、一人の男性が姿を現した。


「何だ、君か……」


爺。その言葉が似合うような、顎に黒い髭を蓄えた男性。

頭は禿げているも、鋭い目つき。

独特の気迫と圧迫感を感じさせる。


だがその雰囲気すら気にすることなく、その女性は扉を閉め

平然と目の前まで迫った。


「ヨイ君。わしは君に、ノックはせめて3回しなさいと…何度言ったらわかるのかね?2回はトイレの時しか使わぬのだぞ」


「そうですか。ではこれから1回にします」


「あらら、少なくなっちゃった。じゃなくて、3回だ。話を聞いていたのか?」


「では4回にします」


「多い!多いね!なんで3回で止まれなくなっちゃったの!」


「では2回に」


「あーあ、元に戻っちゃった。はぁ……本当君は捻くれているね。どうせ言っても無駄だと思ってたよ。それで……例の子の決闘、どうであった?」


髭を蓄えた男性はそう言葉を紡ぎ、ジロリと女性を見つめる。

それでも女性は一切、表情を変えない。


「そうですね……端的に言って、超越してました。やはり彼は…ベータ君は……まごう事なき天才です」


「そうか……。この世界に5人しかいない『アインヌ』の魔術師である君がそこまで言うとは……相応なのだろうね。わしが彼の魔法を見たのは、入学試験の実技試験の時のみであったが…正直体が震えたよ。あの魔力量で、あの魔法の高度なレベル。それなのにいきなり初日から、決闘をするなどと言うから椅子から転げ落ちると思ったよ」


「はい……それは私もです。けれど見れてよかった。やはり彼の実力は本物でした」


「そうか……。既に彼の噂は、魔術協会上層部で止まることを知らないよ。魔術師の家系でもない一般人が、全魔術師を超越するほどの才能を持っていたと言うのだから」


「……はい。学園が彼の情報を名前さえも開示しないと、文句を多く言われていることも把握しております」


「ふふっ、まさかそこまで君に知られているとは。しかし情報統制をしているとはいえ、情報が流れ出すのは時間の問題。既に学園の情報を得ようと、動き出している魔術師も多くいると聞く」


「……はい。私も父に探りを入れられました。例の少年と結婚してみてはいかがか?アレほどの才能と、シェアト家の遺伝子。最強の魔術師が生まれるだろう……って。ぶん殴って病院送りにしましたけど」


「ふっ……あの人らしい。ただ君の父のように、彼の才能を欲する魔術師の家系は、後を絶たないだろうな。アレほどの原石。さらに魔術協会の仕組みに対しては無知ときた。利用しようと思う魔術師がいてもおかしくない」


「……はい。それは重々承知しております」


「……うむ。それに……黒い噂も耳にする」


「黒い……噂?」


そう女性は聞き返すと、男は深いため息をついた。



「闇風……と言う組織を知っているか?」


「……噂程度ですが。確か魔力は神の恩寵だとか、そんなことを宣(のたま)う集団でしたよね。ですが数十年前に騎士団に殲滅され、滅んだはずでは?」


「うむ……そのはずだったのだが……何でもサラマンダー街の方で、闇風のトレードマークである…髑髏のカラスマークが掘られた変死体が見つかったらしいのだ。そしてそこには血で『神は降臨した』…そう刻まれていたと言う」


「神は降臨した……ですか?」


「そうだ。それでその神は、例の少年なのではないか?そんな憶測が飛んでな」


「……なるほど。確かにタイミングで言えば、ピッタリですからね。変死体と、ベータ君が現れた時期が……」


「うむ。まぁ、これは憶測に過ぎぬがな。だが精進に越したことはない。もし闇風が復活したと言うのならば、その尻尾は絶対に逃してはならぬ。闇風が彼に目をつけたのなら、それを利用し今度こそ撲滅する。君も彼の担任として、常に気を配らせておくように」


「畏まりました」


「うむ。……おっと、そうだ。君は彼の研究顧問が誰になるのか気にしておったよな」


「はい。アレほどの才能の持ち主なのです。その研究もまた、歴史に名を刻むほどの成果を上げることが予想されています。その魔術師をサポートする顧問。これほど重要な役職はありません」


「ふぉっふぉっふぉ。そこまで重要視しておったか。そうかそうか……。彼の顧問だが……カペラに決まった」


「……!?なるほど……カペラさんですか」


「うむ。彼女なら十分に、彼をサポートできるだろうとわしが判断し採用した。……どうだ?不満か?」


「いえ、彼女なら心配ありません。潔白ですし、実力は私以上」


「あぁ……」





その後も彼女たちの談義は一時間ほど続くのであった……

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