第26話 泣く子は育つ

「き、貴様!返せ!今すぐ返せ!」


赤メッシュの入った黒髪の少女は、そう叫びながら俺を押し倒してきた。

そのまま馬乗りになり、無理矢理俺の手から眼帯を取り返そうとしてくる。


コイツ……マジで容赦ねぇな!眼帯のことしか見えてなくて、周りが見えてねぇ!

いや、俺の方が悪いのはわかってるのだが……

相手が異性とか、こんなことしたら怪我させちゃうとか……

そういう遠慮が一切無い。

ある意味これはこれで、イカれてて怖い!


ただ……


何だ?いきなり態度が変わった?


何故か不意に目があった瞬間、少女は唐突に暴れるのを止めたのだ。

それどころか魔眼を左手で覆うようにして押さえ、悶えるような様子を呈してる。

どう言うことだ?しかしこの表情に、態度の豹変の仕方……

もしかして……俺を怖がってる?


「み、見るな!その目で!その目で、アタシの魔眼を見るな!貴様は思っているのだろう!この眼が気持ち悪いと!この眼が禍々しくて、恐ろしいと!気色悪いと!悪魔の子だと!そう言うのだろ!殺す!こ、殺してやる!」


ヤバい、コイツ目が逝ってる。

焦点が合わない。

そして感じる殺気と、煮えたぎるような魔力。


「ちょ、ちょっと待て!一人で突っ走りすぎだろ!え?何?気持ち悪い?何言ってんのお前?その魔眼、めっちゃかっこいいだろ!」


「……は?か…かかかかか……かっこいい…だと?貴様…嘘を言うな!偽りを吐くな!戯言をほざくな!」


「いや、嘘じゃねぇよ!俺はその魔眼、一目見た時から心からかっこいいと思ってるよ!つか魔眼とかロマンだろ?俺も魔眼持って生まれたかったわ!あとお前の魔眼、綺麗だし」


「は?はぁ?き、貴様……我の魔眼をかっこいいと言うまででなく、宝石のように綺麗で世界一美しいと?何たる賞賛の声!我を惑わそうとするとは良い度胸だな!」


「惑わそうとはしてねぇし、そこまでは言ってないけど……ニュアンスは当たってる」


「う、嘘だ!大嘘だ!こ、この魔眼が美しいなどと……本当に思っているのか?」


「そうだよ。さっきも言ったろ!何回言わせる気だ!つか魔術師なら魔力のブレとかで、嘘ついてるかどうかくらい分かるだろ!」


「そ、そう言えばそうであった……た、確かに魔力が一切ブレて無い……。で、では…ほ、本当にかっこよくて美しい……と?気持ち悪いとは思わない…のか?」


「だから思わないって……え?もしかして泣いてる?」


何故か少女は瞳から、大粒の涙を流し始めた。

おいおい、何でコイツ泣いてんだ。

さっきめっちゃ怒ってたじゃねぇか。そして目が逝ってたじゃねぇか。

なのにいきなり泣き出すって、情緒不安定すぎるだろ。


なんかデジャブ感じるし……。

何で学園きてから人の泣き顔ばっか見てんだよ。

人が泣いてるとこなんて、普通そうそう見ねぇぞ!


「…っぐ……な、泣いてなどないわ!」


「いや、泣いてるじゃねぇか」


「な、泣いてないどない!こ、これは、魔眼を解放したことによる、反動なのだ!だ、大体、かっこいいなど意味のわからないことを突然、言い出した……んぐっ、貴様が悪いのだ!」


「お、おう……なんかよく分からんけど、すまん。けど、普通魔眼ってかっこよくね?つか魔術師だったら皆、そう思うと思うんだけどな……な⁉︎そうだよな?」


俺はパッと、薄緑髪の少女の方を見る。


「は、はぁ?何でいきなり、うちに振ってくんねん。あとうちは普通に気持ち悪いって思うで!」


「え、えぇ⁉︎マジで?」


「いや当たり前やろ。黒目なくて魔法陣刻まれとるとか、奇妙すぎるやろ」


「はぁ、そんなことねぇだろ!かっこいいだろ!」


「……き、奇妙?」


赤メッシュの少女はその言葉にピクっと反応すると、ジロリと背後の少女を睨んだ。

うわ……なんか、雰囲気やべぇ。

今にも殴りかかりそう。


ただ……俺のその予感は外れていた。

少女は涙をふり切るように、唐突に笑い出したのだ。


「……っは、ガハッ、ガーはっはっはっはっは!はーはっはっはっはっはっはっは!がーはっはっはっはっは!」


「何なん⁉︎いきなり笑い出して……きっしょいわ!」


「がはっ!がーはっはっは!結構結構!貴様のような凡人が、我が神の魔眼を貴様が奇妙に思うのは当然のこと!我は神の子にして、この世界の長になるもの!生まれから育ちまで、貴様ら凡人とは一線を画すのだ!故にこの高貴で、神的な魔眼を理解などできぬだろう!このかっこよく、そして美しい魔眼を…な!」


「はぁ?なんやそれ?最後のそれ、そいつにさっき言われたこと、そのまま復唱してるだけやないか!」


「結構結構!どう宣ってくれても構わん!だがな!凡人の中でも、この魔眼の価値に気づく賢い者もいることが今、証明された!貴様のような愚かな人間だけで、この世界は成り立ってなどいないのだ!がーはっはっっはっは!空降る闇の導きに轟き、天深き光に囚われると良い!」


よく分からないが、いつもの調子に戻ってくれたらしい。

最初に教室に入ってきた時と、雰囲気が変わらない。

ふぅ……殺気を感じてた分、ちょっと安心。


「ほんま自分、何言っとるか分からんなぁ。さっき言うてた死の魔眼とか、どうなったん?うち全然死ぬ気せんけど?やっぱり嘘なんやろ?分かっとるで!よー嘘ついてそんなデカい顔できるなぁ」


「はうっ……そ、それは……う、嘘じゃないし…ホントのホントに死の魔眼だ!」


「はぁ?じゃあなんでうち死んでへんねん!あとそいつも!そんなつまらん嘘つかんで、認めたらどうや?」


「ぐっ…く……う、嘘じゃない…もん」


ありゃ、また泣きそうになってる。

そんないじめんなよ。そういうお年頃なんだろ。

いいじゃねぇか死の魔眼ってことにしとけば……

こういうノリに乗ってあげるのも、大人の振る舞いってやつだ。


しょうがない

俺が人肌脱ぐか。


「ぐ、ぐああああああ、し、死ぬ!今から死ぬ気がする!」


「え?」「な、なんや?」


2人の視線が俺に集まってきた。

見よ!この俺の演技力を!


「そ、その魔眼を見てから、死神が見えるうううう」


「え!?は?マジなんか?大丈夫なんか?」


いや、マジで心配してくんなよ。

演技だぞ、演技。


「ぐ、ぐああああああ」


「…き、貴様……は、はは、がーはっはっは!見たかそこの女!この通り、これは死の魔眼なのだ!」


「え?ま、マジ!?もしかしてその内、ウチも!?ど、どうすればいいんや!?」


「ふっ、死から免れるには、この魔眼を再び封印する必要があるのだ!」


「な!?ななななな何やて!?」


「く、そ、そうなのか……ほ、ほら眼帯だ」


「よかろう!受け取ろうではないか!ふふっ、ガーハッハッハッ!ほらこれで再び魔眼は封印された!これで貴様に訪れるはずであった死は、通り過ぎて行くだろう」


「た、確かに、治った!」


「な、治ったんか!?ホントに治ったんか!?」


コイツやっぱ本気で、心配してたんだな。

俺の演技力すげぇな。

演劇部でも作ったろかな。


「だ、大丈夫か、貴様?ほら、立て」


「ああ、ありがとう。あと眼帯取って悪かったな。謝るよ」


俺は赤メッシュの少女の手を取り、起き上がる。

思ったよろ少女の持ち上げる力は強く感じられた。


「そ、その……ゆ、許そう!アタシは神の子だからな!神は下民の間違いは3度許すものなのだ!故に1度目は許す!そ、それに…その……、き、貴様中々良い感性を持っているようだからな!み、認めてあげなくもない!」


「認める?」


「そうだ。その…嬉しかったし……けど、ちょっとだけだからな!ちょっと認めただけだからな!」


少女の手に籠る力が強くなった……

そんな気がした。

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