第4話 口は禍の元
目標を立てたことだし、早速大浴場に行ってみることにする。
夕飯までゴロゴロするのも考えたのだが、それではせっかくの時間がもったいない。時は金なり。
時間は有限に使わないとね。
それに何とここの大浴場、人工のお湯ではなく地下からの湧き水を利用している。
つまりそう、温泉なのだ。
温泉と言えば、まさにジャパニーズカルチャー。
元日本人の俺が黙ってるわけはない。早速乗り込むぜ!
ただこの行動は時期尚早だったと、今となって思うのだ。
俺はこの大浴場について……重要な文言を見逃していた。
何よりも大事な、大切な文言。
それは……
この大浴場は混浴であるということ。
★
「……」
「……」
「ねえ、あなた」
「……はい」
「ここが混浴って知らなかったのかしら?」
「……はい」
「まさか寮に来て早々、男性のその汚いものを見せつけられるとは思っていなかったわ」
「……はい」
「私男性のそれ見たの初めてなのよ」
「……はい」
「どう責任をとってくれるのかしら?」
「……はい、すいません」
俺は温泉に浸かりながら、目の前に佇む少女に悶々と説教されていた。
雪のように白い髪をゴムで束ね、ギラりとした鋭いキラリと光るギザ歯。
胸の引き締まった完璧なスタイルを、純白のタオルで隠している少女。
確かこの少女は、入学してそうそう机を蹴り飛ばし、ヨイに楯突いてた問題児。
もう雰囲気が怖い。
「『S』クラスは男性が少ないし、寮についてからすぐに大浴場…それも地下1階のを選んでくることなんてないと、油断していた私も悪いとは思うわ」
「……」
「けれどあなたに責任がないとは言わせないわよ。混浴ならタオルで隠すなり、水着を着るなり、それなりのマナーがあるわよね?」
「……はい、すいません」
さっきからひたすら頭を下げている。
別に俺だって悪気はないのだ。
けど……けど……まさか混浴だとは、思わないじゃないか!
暖簾だって男と女で分けられてたし、分かりづらすぎるだろ!
なんで脱衣所は分かれてるのに、到達する温泉は一緒なんだよ!
気付くかボケェ!
男湯だと油断した俺は、タオルで股間部を隠しもせずに温泉に直行。
目の前の少女と鉢合わせ。
結果、the end。
今の状態である。
「ねえ、あなた名前は何と言うのかしら?」
「ベータ・フォルナーキスと申します」
「……フォルナーキス?聞いたことがない家名ね。あなた何者?不審者?」
「ちゃうわ!」
「じゃあ本当に誰?」
「誰もなにも、俺は俺としか……。一応、『S』クラスに所属している、お前と同じクラスメイト」
「そんなことを聞いているわけではないの。魔術師の家系ないのかと聞いているのよ。理解できてる?」
「はい……すいません。えっと……魔術師の家系じゃ無い。実家はフィオーレ村で農家やってるし……」
「農家!?驚いた…まさか魔術師の家系でもない一般人が、帝国魔術学園に!?それも『S』クラスにいるだなんて……」
少女は心底驚いた様子で、目を開いている。
どんな身分でも種族でも入学できる学園とは言え、実の所合格できるのはほとんど魔術師のエリートたち。
俺のような一般人がいるだなんて、ちゃんちゃらおかしな話である。
ホント何で俺合格したんだろうな。
サラッと『S』クラスだし。
こいつが驚くように、俺だって驚いてる。
「私が誰だかは、理解してるの?」
「ヤンキー」
「ヤンキー?」
「ごめん、何でもない。名前を入学のとき、先生が言ってたな~ってくらい」
「そう。私の名前はシャウラ・ムリフェン。ムリフェン家くらいは知ってるわよね?」
「いや、知らんけど」
「……正気?ムリフェン家を知らないだなんて、魔術師として信じられないのだけれど。あぁ、そう言えば農家だったわね。毎日畑仕事でもしてたら、情報が遅れるのも当然よね」
何か一々、頭に来る物言いだなコイツ……。
「ムリフェン家は、何百年と続く由緒正しき魔術師の家計。『アインヌ』の称号を得た魔術師を多く排出してる名家なのよ」
「あいん…何だって?」
「まさか『アインヌ』すら知らないの?はぁ……呆れた。こんな知能の足らない馬鹿が、この学園の『S』クラスにいるだなんてね。『アインヌ』は魔術師の最高位であることの証のことよ」
「へぇ……」
そんな称号あんだな、マジで知らなかった。
先ず俺の村に魔術師とか、いなかったし。
冒険者すらいなかったんだぞ!
知識が乏しいのは、許して欲しい。
だから馬鹿って言うな!馬鹿って!
傷付くだろ!
「そして私はムリフェン家、次期当主シャウラ・ムリフェン。本来あなたみたいな下等な人間は、話しかけることすら許されないのよ。魔術師の家系でもない、泥まみれで畑を耕してるような一族の人間とはね。今、会話出来てることに加え、風呂を共にできるだなんて前代未聞だわ。感謝すべきね」
「……話は理解した。感謝?……は分からないが、そんな地位の高い人と風呂を共にできること嬉しく思う。が、農家を馬鹿にするような発言は止めてくれ。職業差別だぞ」
「職業差別?差別されるに決まってるじゃない。いい?この世界には、奉仕される職業と、奉仕する職業があるの。魔術師は前者、農家は後者。つまり下等なのよ、理解できないのかしら?さすが農家の人間、頭が弱いのね」
「……は?奉仕?意味の分からない理論を押し付けてくるな。毎日お前が食べられてる野菜やご飯は、誰のおかげで食べられてると思ってんだ?農家のおかげだぞ。第一次産業舐めんな」
「はぁ……。その下劣な口調だけで、いかに位が低い人間であるかが理解できるわね。下等な血統の生物は、黙っていてくれないかしら?耳が穢れるわ」
「……んだと」
さすがに、ピキっときた。
下等だと?つまり農家は下等な血統だって言いてぇのか?
そんなに魔術師ってのは偉いのかよ?
農家は汗水流して、朝から夜まで畑耕して、水撒いて、収穫して、誠心誠意食物と向き合って働いてんだよ!
血統なんかに拘って、他人を見下すような魔術師より何倍も偉いだろうが。
俺の大好きな両親が、兄が、妹が、村人が……
この女より下等なのか?
違ぇだろ!
偉いとか地位とか分からねぇけど……少なくとも対等だろうが!
この世界の農家全員を否定されたような気分だ。
反吐が出る。
「俺をバカにすんのは、最悪構わねぇよ。ムカつくけど。けど農家の一族を、農業に勤しむあいつらを……馬鹿にすんな。農家だって偉いだろうが!下等なんかじゃねぇよ!」
「なに躍起になってるのよ。気持ち悪い。農家が偉い?冗談でしょ?あなたが何を訴えようが、下等が下等であることに変わりはないわ。あなたみたいな一族、私たち高貴な魔術師のために一生米でも作っとけばいいの。それが農家の生き方ってものよ。お分かり?」
「はぁ……何ってんだお前?お前はさ、何も見えてねぇよな!農業の大切さが!農家のありがたみが!魔術師のために、一生米でも作っとけ?誰がテメェらのために米作ると思ってんだよ!作る訳ねぇだろ!あーあ、『S』クラスの魔術師がこんなのとか、失望した。お前は井の中の蛙なんだよ。大海を知らないガキ。お前もしかして、馬鹿なんじゃねぇのか?」
「勝手に人をガキで馬鹿呼ばわり。笑えるわね。まさか農家の人間に馬鹿にされる日が来るなんて……屈辱だわ。私があなたより馬鹿な訳がないでしょ。じゃああなた、何位なのよ?」
「……へ?」
「学生書にあなたの順位が書いてあるのでしょ。私は8位よ。あなたは何位かって聞いてんのよ」
「それは……見てない」
「はぁ?見てないわけないでしょ」
「いや、マジで。まあ多分、20位…だとは…思うが……」
「なに嘘言ってんの?20位の奴はもう、知ってんのよ。ま、嘘つく理由が分からないけれど言えないってことは、私より低いってことでしょうね。ほら私の方が頭が良いのは明確じゃない。謝りなさい。そこに頭をついて、下等な身分のあなたが、この私を馬鹿呼ばわりしたことを誠心誠意謝りなさい!」
少女は声を荒らげる様子で、近くの地面を指さす。
あれ~俺、20位じゃないんだ。
マジか。
ただコイツよりは、そりゃ順位は低いだろうな。
けど……違ぇだろ。
試験が全てなのか?成績が全てなのか?
確かに優秀なやつは多い、それは認める。
だが農家を下等とか言うコイツが、優秀だなんて思えない。
いや……思いたくない!
「知能的に馬鹿って…意味じゃ……ない。社会的に、人間的に、お前は馬鹿だと言ってんだよ!少なくとも俺よりはそう言う意味で、お前は間違いなく!一寸の迷いなく!馬鹿だ!」
「私よりも馬鹿なヤツが何を言おうが、説得力はないわね。ちょっとは勉強して、出直してきたら?下等生物さん」
「そうやって他人を常に見下してる時点で、ホント馬鹿。はぁ……アインヌだかアイヌだか知らねぇが、跡継ぎがこれじゃあ、お前の家も終わりだな。ちゃんと教育できてないとか、お前の一族はアホの集まりなのか?馬鹿の集団なのか?教育もまともにできない幼稚な一族!何百年の歴史とか笑えるな」
「……は?」
……あれ?
そのとき明確な、殺気を瞬間的に感じた。
空気が変わった。
身震いするような感覚が、体全身を走る。
俺は気付けば、身構えていた。
あっ……やべ、これはやっちまったかもしれない。
少女の俺を睨む瞳には、憎悪と怒りの感情が灯っていた。
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