第4話 口は禍の元

目標を立てたことだし、早速大浴場に行ってみることにする。

夕飯までゴロゴロするのも考えたのだが、それではせっかくの時間がもったいない。時は金なり。

時間は有限に使わないとね。


それに何とここの大浴場、人工のお湯ではなく地下からの湧き水を利用している。

つまりそう、温泉なのだ。


温泉と言えば、まさにジャパニーズカルチャー。

元日本人の俺が黙ってるわけはない。早速乗り込むぜ!



ただこの行動は時期尚早だったと、今となって思うのだ。

俺はこの大浴場について……重要な文言を見逃していた。

何よりも大事な、大切な文言。

それは……


この大浴場は混浴であるということ。





「……」


「……」


「ねえ、あなた」


「……はい」


「ここが混浴って知らなかったのかしら?」


「……はい」


「まさか寮に来て早々、男性のその汚いものを見せつけられるとは思っていなかったわ」


「……はい」


「私男性のそれ見たの初めてなのよ」


「……はい」


「どう責任をとってくれるのかしら?」


「……はい、すいません」


俺は温泉に浸かりながら、目の前に佇む少女に悶々と説教されていた。


雪のように白い髪をゴムで束ね、ギラりとした鋭いキラリと光るギザ歯。

胸の引き締まった完璧なスタイルを、純白のタオルで隠している少女。


確かこの少女は、入学してそうそう机を蹴り飛ばし、ヨイに楯突いてた問題児。

もう雰囲気が怖い。


「『S』クラスは男性が少ないし、寮についてからすぐに大浴場…それも地下1階のを選んでくることなんてないと、油断していた私も悪いとは思うわ」


「……」


「けれどあなたに責任がないとは言わせないわよ。混浴ならタオルで隠すなり、水着を着るなり、それなりのマナーがあるわよね?」


「……はい、すいません」


さっきからひたすら頭を下げている。

別に俺だって悪気はないのだ。


けど……けど……まさか混浴だとは、思わないじゃないか!

暖簾だって男と女で分けられてたし、分かりづらすぎるだろ!


なんで脱衣所は分かれてるのに、到達する温泉は一緒なんだよ!

気付くかボケェ!


男湯だと油断した俺は、タオルで股間部を隠しもせずに温泉に直行。

目の前の少女と鉢合わせ。

結果、the end。


今の状態である。


「ねえ、あなた名前は何と言うのかしら?」


「ベータ・フォルナーキスと申します」


「……フォルナーキス?聞いたことがない家名ね。あなた何者?不審者?」


「ちゃうわ!」


「じゃあ本当に誰?」


「誰もなにも、俺は俺としか……。一応、『S』クラスに所属している、お前と同じクラスメイト」


「そんなことを聞いているわけではないの。魔術師の家系ないのかと聞いているのよ。理解できてる?」


「はい……すいません。えっと……魔術師の家系じゃ無い。実家はフィオーレ村で農家やってるし……」


「農家!?驚いた…まさか魔術師の家系でもない一般人が、帝国魔術学園に!?それも『S』クラスにいるだなんて……」


少女は心底驚いた様子で、目を開いている。

どんな身分でも種族でも入学できる学園とは言え、実の所合格できるのはほとんど魔術師のエリートたち。

俺のような一般人がいるだなんて、ちゃんちゃらおかしな話である。


ホント何で俺合格したんだろうな。

サラッと『S』クラスだし。

こいつが驚くように、俺だって驚いてる。


「私が誰だかは、理解してるの?」


「ヤンキー」


「ヤンキー?」


「ごめん、何でもない。名前を入学のとき、先生が言ってたな~ってくらい」


「そう。私の名前はシャウラ・ムリフェン。ムリフェン家くらいは知ってるわよね?」


「いや、知らんけど」


「……正気?ムリフェン家を知らないだなんて、魔術師として信じられないのだけれど。あぁ、そう言えば農家だったわね。毎日畑仕事でもしてたら、情報が遅れるのも当然よね」


何か一々、頭に来る物言いだなコイツ……。


「ムリフェン家は、何百年と続く由緒正しき魔術師の家計。『アインヌ』の称号を得た魔術師を多く排出してる名家なのよ」


「あいん…何だって?」


「まさか『アインヌ』すら知らないの?はぁ……呆れた。こんな知能の足らない馬鹿が、この学園の『S』クラスにいるだなんてね。『アインヌ』は魔術師の最高位であることの証のことよ」


「へぇ……」


そんな称号あんだな、マジで知らなかった。

先ず俺の村に魔術師とか、いなかったし。

冒険者すらいなかったんだぞ!


知識が乏しいのは、許して欲しい。

だから馬鹿って言うな!馬鹿って!

傷付くだろ!


「そして私はムリフェン家、次期当主シャウラ・ムリフェン。本来あなたみたいな下等な人間は、話しかけることすら許されないのよ。魔術師の家系でもない、泥まみれで畑を耕してるような一族の人間とはね。今、会話出来てることに加え、風呂を共にできるだなんて前代未聞だわ。感謝すべきね」


「……話は理解した。感謝?……は分からないが、そんな地位の高い人と風呂を共にできること嬉しく思う。が、農家を馬鹿にするような発言は止めてくれ。職業差別だぞ」


「職業差別?差別されるに決まってるじゃない。いい?この世界には、奉仕される職業と、奉仕する職業があるの。魔術師は前者、農家は後者。つまり下等なのよ、理解できないのかしら?さすが農家の人間、頭が弱いのね」


「……は?奉仕?意味の分からない理論を押し付けてくるな。毎日お前が食べられてる野菜やご飯は、誰のおかげで食べられてると思ってんだ?農家のおかげだぞ。第一次産業舐めんな」


「はぁ……。その下劣な口調だけで、いかに位が低い人間であるかが理解できるわね。下等な血統の生物は、黙っていてくれないかしら?耳が穢れるわ」


「……んだと」


さすがに、ピキっときた。

下等だと?つまり農家は下等な血統だって言いてぇのか?

そんなに魔術師ってのは偉いのかよ?


農家は汗水流して、朝から夜まで畑耕して、水撒いて、収穫して、誠心誠意食物と向き合って働いてんだよ!

血統なんかに拘って、他人を見下すような魔術師より何倍も偉いだろうが。


俺の大好きな両親が、兄が、妹が、村人が……

この女より下等なのか?


違ぇだろ!


偉いとか地位とか分からねぇけど……少なくとも対等だろうが!

この世界の農家全員を否定されたような気分だ。

反吐が出る。



「俺をバカにすんのは、最悪構わねぇよ。ムカつくけど。けど農家の一族を、農業に勤しむあいつらを……馬鹿にすんな。農家だって偉いだろうが!下等なんかじゃねぇよ!」


「なに躍起になってるのよ。気持ち悪い。農家が偉い?冗談でしょ?あなたが何を訴えようが、下等が下等であることに変わりはないわ。あなたみたいな一族、私たち高貴な魔術師のために一生米でも作っとけばいいの。それが農家の生き方ってものよ。お分かり?」


「はぁ……何ってんだお前?お前はさ、何も見えてねぇよな!農業の大切さが!農家のありがたみが!魔術師のために、一生米でも作っとけ?誰がテメェらのために米作ると思ってんだよ!作る訳ねぇだろ!あーあ、『S』クラスの魔術師がこんなのとか、失望した。お前は井の中の蛙なんだよ。大海を知らないガキ。お前もしかして、馬鹿なんじゃねぇのか?」


「勝手に人をガキで馬鹿呼ばわり。笑えるわね。まさか農家の人間に馬鹿にされる日が来るなんて……屈辱だわ。私があなたより馬鹿な訳がないでしょ。じゃああなた、何位なのよ?」


「……へ?」


「学生書にあなたの順位が書いてあるのでしょ。私は8位よ。あなたは何位かって聞いてんのよ」


「それは……見てない」


「はぁ?見てないわけないでしょ」


「いや、マジで。まあ多分、20位…だとは…思うが……」


「なに嘘言ってんの?20位の奴はもう、知ってんのよ。ま、嘘つく理由が分からないけれど言えないってことは、私より低いってことでしょうね。ほら私の方が頭が良いのは明確じゃない。謝りなさい。そこに頭をついて、下等な身分のあなたが、この私を馬鹿呼ばわりしたことを誠心誠意謝りなさい!」


少女は声を荒らげる様子で、近くの地面を指さす。

あれ~俺、20位じゃないんだ。

マジか。


ただコイツよりは、そりゃ順位は低いだろうな。

けど……違ぇだろ。


試験が全てなのか?成績が全てなのか?


確かに優秀なやつは多い、それは認める。

だが農家を下等とか言うコイツが、優秀だなんて思えない。

いや……思いたくない!


「知能的に馬鹿って…意味じゃ……ない。社会的に、人間的に、お前は馬鹿だと言ってんだよ!少なくとも俺よりはそう言う意味で、お前は間違いなく!一寸の迷いなく!馬鹿だ!」


「私よりも馬鹿なヤツが何を言おうが、説得力はないわね。ちょっとは勉強して、出直してきたら?下等生物さん」


「そうやって他人を常に見下してる時点で、ホント馬鹿。はぁ……アインヌだかアイヌだか知らねぇが、跡継ぎがこれじゃあ、お前の家も終わりだな。ちゃんと教育できてないとか、お前の一族はアホの集まりなのか?馬鹿の集団なのか?教育もまともにできない幼稚な一族!何百年の歴史とか笑えるな」


「……は?」



……あれ?


そのとき明確な、殺気を瞬間的に感じた。


空気が変わった。

身震いするような感覚が、体全身を走る。


俺は気付けば、身構えていた。


あっ……やべ、これはやっちまったかもしれない。



少女の俺を睨む瞳には、憎悪と怒りの感情が灯っていた。

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