第5話 苦しいときの神頼み
「あなた言っていいことと、いけないことがあるのお分かり?今あなたは禁忌を犯したのよ」
少女のギロリと鋭い目が俺を捉える。
表情は凛として、それでいて怒りの感情をヒシヒシと感じさせた。
「あなたのような下等な人間が、私の一族を馬鹿にすることが……許されるとでも思っているの?馬鹿にするなんて……許せない。許される訳が無い!今すぐ謝罪しなさい!今すぐそこに額をつけて、死ぬまで頭を下げ続けなさい!」
おぅ……怖っ。
ヤベぇよ、めちゃくそ怒ってるやんけコイツ。
こう言う気性が荒くて、机を蹴飛ばすような奴を怒らせちゃいけないって……
俺は学んで来なかったのか?
やっちまった。
だが……ここで引いていいのか?
確かに言いすぎたかもしれない。
けど、農家を下等呼ばわりするコイツも許されるとは思えない。
ここで引いたら農家が下等であることを認めてしまうことになってしまう。
それは……出来ない。
言うなればこれは代理戦争。
俺は今全宇宙の農家の意志とプライドのため、魔術師などに負けてはならない。
つまり……引く選択肢は有り得ない!
あと絶対コイツ、土下座しても許してくれんだろ!
死ぬまで頭下げろとか言ってんだぞ。
気が狂っとる。
「頭を下げはしない。お前が農家が下等な職種では無いと、血統では無いと、訂正すれば考えなくもないけどな」
「……殺す、殺すわ。許さない。絶対に許さない。けどね、今あなたを殺したら私は学園に居られなくなるわ。あなたレベルの下等な人間に、そこまでする価値はない。だから……」
何か覚悟を決めたかのような物言い。
そして少女はゆっくりと腕を上げると、ビシッと人差し指を俺に向けて突き付けて来た。
「私、シャウラ・ムリフェン。あなた、ベータ・フォルナーキスに決闘を申し込むわ!」
決闘!?
……それは魔術に疎い俺でも分かる。
何故ならそう、
さっきちらっと見た生徒手帳に書いてあったからだ。
決闘とは互いの了承が行われた場合に、行われる戦い。
両者がそれぞれ対等な要求を行い合意して決闘の行われた結果……
勝者のみが、敗者にその要求を飲ませることができる。
敗者には拒む権利は存在せず、要求は絶対。
過去には魔王軍との戦争の代理として行われたことがあるほど、正統で由緒正しきルール。
ヨイがテスト以外で順位を入れ替えることもできる、と言っていたが、
その方法の一つがまさにこれ。
決闘での要求は、両者が合意すればどんな内容でも構わない。
そしてもちろん順位の交換なども、この決闘を通せば何ら障害なく行わせてしまうことが出来る。
だが再度言っておくが、あくまでも両者の合意が必須なのだ。
つまり俺が了承しない限り、決闘は成り立たない。
「私の要求はムリフェン家への正式な謝罪。そして相応の罰を受けてもらうわ」
「相応の罰って何だよ、怖すぎんだろ」
「相応の罰は、相応の罰よ。一族皆打首」
「そんな要求飲めるか!決闘は両者の同意が必須。俺が承諾しない限り、決闘は行われない。そうだろ?」
「なら殺すわ」
「殺したら、学園から追放されるんじゃなかったか?」
「確かに学園内での殺人はバレるからできないわ。優秀な魔術師が多いからね。けど私の権力を舐めないで。そうね……じゃあ使者でも送って、あなたの家族でも皆殺しにしましょうか」
「は?……本気か?」
「本気よ。あなたの実家、さっき言ってたけどフィ……フィ何とかとか言う、田舎の村なのでしょ。殺人くらい容易いわね」
「そ、そんなことが許されるとでも、思ってるのか?」
「許されるも何も、あなたの発言はそれ相応の罪よ」
「てめぇ……」
コイツ……冗談で言ってねぇ。
マジで殺す気だ。そう目が訴えてる。
頭マジで狂ってるじゃねぇか。簡単に人殺すとか言うな。
命を何だと思ってんだよ。
こんなくだらない言い合いで、家族が殺されるとか冗談じゃねぇぞ!
だけどコイツ……ガチだ。
どうせ農家とか言う下等生物、いくら死んでも変わらないとか思ってんだろうな。
くそう……許せねぇよ。
けど…決闘か……
俺、コイツに勝てんのか?
決闘となれば基本は、魔法での殺し合い。
致死量の威力の魔法を受けた瞬間に、決闘が終了する不思議な空間で行われる。
どんなに農家をバカにしようが、頭がとち狂ってようが、こいつはエリート魔術師。
『S』クラス8位は伊達じゃないはず。
そんな存在に俺は勝てんのかよ……。
けど現状、俺に拒否権は無い。
拒めば家族が殺され、頷けば俺を含め皆さようなら。
ただ……勝てれば未来がある。
なら決まったようなものだ!
男ベータ。
人生には絶対に譲ってはいけない瞬間があると言う。
叶わなくても、負けることが分かってても飛び込まなければいけない瞬間がある。
それが……今だ!
「分かった、決闘は受ける。だが俺の要求が、農家への謝罪だけで済むと思うなよ。俺を正当に殺す気何だろ?なら俺も相応で対等な要求であるべきだよな?」
「ええ、いいわ。言ってみなさい」
「じゃあお前の人生を俺がもらう」
「……は?」
ポカンとした顔を、少女は浮かべる。
コイツ何言ってんだ、そんな感じ。
いや確かに文言だけ見れば、告白にも見える発言だな。
だが、違うそういう意味じゃない。
コイツを人生をとして俺の操り人形にする、そういうこと。
「お前は俺を殺し、家族をも殺す。それは人生を奪うってことだ。だから俺もお前の人生を奪う。こっちは5人の命かけてんだ。お前1人の人生で済むと思えば、安いもんだろ」
「……っ、いいわ承諾しましょう。どうせ私が勝つのだし、関係の無いこと。では決闘成立ということで良いわね?」
「ああ」
「じゃあ夜9時、魔法闘技場に来なさい。以上」
少女はバっとお湯から上がると、脱衣所の方へと歩いていった。
お湯が湧き出る音だけが静かに響き渡る空間へと……
温泉は早変わりする。
あぁ……やべぇ……
ごめんお母さん、お父さん、そして兄と妹よ。
どうやら皆死ぬみたいだ。
ごめんな……。
俺が配慮のない発言をしたばっかりに。
まさかちょっとした言い合いが、いつの間にか命関わってくるとか未だに信じられねぇよ!
魔術師怖すぎだろ!
せっかく『S』クラスの寮を楽しめるかと思ったのに、もうそれどころじゃない!
泣いた、ぴえん。
冷静になったら、農家の悪口なんて勝手に言わせとけば良かった。
なに躍起になってるんだ俺は……。
こんなことになるなら言い合いもしなかったし、先ず大浴場に来てねぇよ……詰んだ、俺の二回目の人生。
また転生できるかな?いや出来ねぇよな。
できても記憶を受け継ぐわけ無いよなぁ。
打首って痛いのかなぁ……こちとらトラックに引かれて死んだことあんだぞ。
あれと同じ痛みとか……苦しくて笑えるな。
ま、笑いごとじゃないんだけど……。
あの……神様、助けてください。
マジで……。
ってなんで俺は諦めているんだ!
確かに勝つ確率は、限りなく低い。
だけど……まだ負けたわけじゃない。
今俺に出来る最大限のことをするんだ!
足掻(あが)け!もがけ!
どんなに姑息な戦術でもいい。
何とかしてでも、勝たなければならないんだ!
そうじゃなきゃマジで、文字通り死ぬ。
考えろ。考えるしかない。
今すぐ作戦を立てなければ!
俺は温泉を飛び出し、自室へと走った。
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