第6話 大賢は愚なるが如し

「逃げずに時間通り来たことだけは、認めてあげるわ。低俗なベータ君」


「家族の命かかってんだ。来るに決まってんだろ」


時刻は九時。場所は一階。

フロントから右に進み、突き当りから左に曲がった後二つ目の廊下を右に曲がって真っ直ぐいくと着く。俺と目の前の少女シャウラは、魔法闘技場に来ていた。


しっかり食事をとったし、作戦も熱が出るほど真剣にに考えて来た。

負ける可能性は高くとも、精いっぱい足掻くつもりだ。

にしても夕飯…美味しかったなぁ。最高級ステーキ。


あれがもう食べられないのかと思うと、泣けてくる。

つか負けたらあれが最後の食事ってことになるんじゃね?


うわ、俺死ぬんだ……未だにしんじらんねぇ。



待て待て、弱気になっちゃダメだろ俺!

あんなに作戦いっぱい考えて来たじゃねぇか。

勝つことだけ考えろ。自信を持て。

そうしなければ勝てる戦いも、勝てなくなる。


「審判はヨイさんに頼んだわ。ほら、あなたも学園で会っているでしょ」


「え!?ヨイさん!?」


シャウラが指さす方向を見ると、確かにそこにはヨイ・シェアトが居た。

長い黒髪に、目を見張るほどの抜群なスタイル。

なぜこれほどの魔術師が、こんな個人的な決闘の審判をしてくれるんだ。

意味が分からねぇ。


「私は今日を以て君たち二人の担任になったのだ。さん付けでは無く敬意を以て先生と呼べ先生と」


「そう言えばそうだったわね、先生」


「何だ、シャウラ。文句でもあるのか?」


「いえ。むしろこんな夜遅くにも関わらず決闘の監督をしてくれること、非常に敬意を感じてるわよ」


「どうだかな」


ヨイとシャウラは笑みを浮かべながらも、にらみ合っている。

あれだな。顔は笑ってるけど、目は笑ってないってやつだな。


おぉ怖い。


あと先生に対しては、普通敬語を使うものじゃないのか?

コイツは礼儀ってものも知らねぇのかよ。

やっぱこの白髪女、頭狂ってんな。


「何故ヨイ先生が、俺らの決闘の審判をしてくれるんですか?」


「いい質問だな、ベータ。先生は生徒に対して監督する責務がある。だから君たち二人が決闘を、それも命をかけて行うと言うのだから審判をしないなど職務放棄に等しい。それに私の個人的な興味もある」


「……興味?」


「なに、気にしなくていい。で、決闘を行うのだろ?もう夜も遅い。さっさとやらないのか?」


「ええ、その通りね。じゃあベータ君、位置につきなさい」


「言われなくても、つくっての」


小言を吐くように呟きながら俺とシャウラが位置につく。

互いの距離はおよそ25mくらいだろうか。


やべぇ、もう始まるのか。

緊張してきた。


作戦を頭の中でもう一回、想起しよう。



先ず審判を賄賂とかを渡して懐柔する作戦は失敗……と。


審判に誰が来るのかと思っていたが、まさかこれほどにすごい人が来るとは思っていなかった。

ヨイ相手に賄賂など、意味がないどころかマイナス評価だろうな。

最初の作戦から失敗してるしホントに俺は大丈夫なのか?


答えは一つ。


大丈夫なわけねぇだろ!



「要求の再度確認を行う。先ずシャウラ・ムリフェン。要求はムリフェン家への侮辱に対する撤回と謝罪。そして相応の罰を与えること。問題ないか?」


「ええ」


「次にベータ・フォルナーキス。要求は農家への侮辱に対する撤回と謝罪。そして決闘相手、シャウラ・ムリフェンの人生。相違ないか?」


「は、はい」


「さて、二人とも互いの要求に異論はないな?」


「はい」「は、はい」


「両者の合意により、これにて決闘を行う。空間魔法、発動!」


ヨイはそう叫ぶと同時に、小さな魔石を天井に向かって投げた。

その瞬間俺とシャウラを囲むように、球状の領域が展開される。


この空間はどちらが致死量のダメージを受けるか、降参するまで解けることはない決闘を正式に執り行うための魔法。致死量と言っても実際に死ぬわけでは無く、あくまで判定装置。

致死量の魔法が到達したと判断された時点で、全ての魔法がキャンセルされ、空間魔法が解除されるのだ。つまり死んだと思ったら、あれ死んでなかったってなる。

多分そう。


こちとら魔術師でもなんでもないので、生徒手帳に書いてたことを鵜呑みにしただけなのだが、そう書いてあるのだから、そうなのだと思う。


臨死体験ってことかよ、怖すぎだろ。

ま、俺一回死んだことあるんですけどね。

これぞ転生者ジョーク。流行らせようぜ。



「今から放つ魔弾が地面に到達した瞬間から、決闘を開始するものとする。では始め!」


ヨイの力強い言葉とともに、光り輝く球体の物体が天に打ち上げられた。

あの魔弾が落ちた瞬間、俺の人生のかかった戦いが始まる。


くそっ、怖ぇ。

体震えて来た。


大丈夫だ俺、落ち着け。

作戦を整理しろ。焦るな……焦るなよ……


だが……魔弾が待ってくれるはずもなく、ドゴォンと言う音と共に着弾。

決闘がスタートした。


「お、おい、あれ見ろ!UFOだ!」


「降り注ぎなさい!雲雀殺ひばりころし!」


「え、ちょっ、待って!」


いきなり少女を囲むように大量の魔方陣が展開され、雨のように純白の魔弾が放たれた。

その魔弾は全て、俺に向かって一直線に飛んで来る。

あ、やべぇ。


UFOがいると嘘をついてよそ見させる作戦、無事失敗。

俺の作戦は全て、このよそ見作戦から奇襲をしかけることにあった。

つまり……終わった。詰んだ。

ごめん、俺、死んだ。


ん?待てよ、この魔法。

想像よりスピードも威力も強力じゃない。

数はあれど、一つ一つ魔弾の完成度はまだまだって感じだ。


何だ?舐めプか?

俺相手に本気を出す必要もないってか?許せねぇ。

俺は魔力で壁を展開し、攻撃を全て受け止めて見せる。


「へぇ、案外やるじゃない。農家の血族にしては上出来ね」


「このくらいの魔法で、攻撃をくらうわけないだろ馬鹿が」


「馬鹿……ね。その減らず口、いつまで持つかしら?」


大量に展開されていた魔方陣が、素早く移動し組み重なっていく。

そして築けば、大きな一つの魔方陣へと変化していた。

魔方陣同士が複雑に絡まって回転し、眩いほどの光を発する。


「残雪!」


言霊と共に、強烈な衝撃波を伴いながらレーザービームが俺に向け放たれた。

あぁ……あかんやつ来たぁ。


魔法は魔法名を口から発することで、言霊が加わり更なる強力な魔法へと変わる。

この技術は魔術の基本ではあるものの、非常に高度で実践で利用するのは割とムズイのだ。

できない魔術師がほとんどと言える。


さすが試験を乗り越えた入学生、それでいて『S』クラス魔術師。

当たり前のように言霊と魔方陣を合成した魔法をやってのける。



そして…と言うことはつまり、この魔法ヤバい。

防御魔法展開してみるけど、多分耐えられません

あーあ、死んだ死んだ。今までの俺の人生終わりです。

みんなありがとう。さようなら。


レーザービームが到達し、俺の生成した魔力の壁と衝突する。

激しい衝撃と爆風。そして閃光。俺の視界はレーザービームによって生じた、真っ白な光に包まれた。


って、あれ?意外と耐えれるな。

と言うか余裕だな。


俺の防御魔法は一切の傷なく、その攻撃を防ぎきっていた。

あれぇ、魔方陣の仰々しさからして、絶対に強力な魔法だと思ったんだけど……。

もしかしてコイツ、流し込む魔力渋ってる?


また舐めプかよ。マジか。

あれかな?低俗な俺には、このくらいで倒せるでしょみたいな感じか?

疲れずに倒したいみたいなやつだよな、多分。

ホント、舐められたものだ。


「……驚いた。この魔法も防ぎきるのね。しぶといこと。低俗でも、『S』クラスなだけはあるって感じかしら?面倒ね」


「面倒って、俺のことお前舐めすぎだろ。このレベルの魔法で倒せると思ってるとか草生えるわ。やるんだったらもっとガチで来い!死を覚悟したおれが馬鹿みてぇじゃねぇか」


「騒々しい雑音ね。なら、これで終わらせてあげるわよ」


少女の仰々しい魔方陣が再び変形していく。

そして何とその魔方陣は、ぐちゃぐちゃに絡み合って小さくなっていく。

そして少女に手に収まるほどの一本の剣へと変化した。


なんだあれ。

小さくなったから、弱くなったかと思いきや逆。

大量の魔方陣と魔力が密集することで、より強固で強力な魔法に変化してやがる。


「これで死になさい!秘剣!銀世界!」


少女が剣を手に取ったかと思えば、思いっきり一振り。

その瞬間、爆音と爆風とともに一つの斬撃波が俺に向けて飛んできた。

視界が歪むほどの魔力。いやガチで空間が歪んでる。


けどまあ、これくらいの魔法使ってくれないと困る。

あまりに強力な魔法は、物理法則を捻じ曲げ空間までも曲げてしまうものだ。

ただ……これは……





シャウラの視界は、魔法による爆風によって舞い上がった塵で何も見えなくなった。

突風が髪をたなびかせる。ピリピリとした魔力の残滓が、体を震わせた。


「ふぅ、これで終わったわね」

少女は小声でつぶやく。

これほどの強力な魔法を受けて立ち上がっているわけもない。


この魔法は我が家が代々伝承している特別な魔法。

その威力は魔王軍の根城を、一瞬にして崩壊させるほどだと聞いている。

まだ完璧に再現できたわけでは無いが、既にほぼ完成の領域。

これほどの完成度にまで練り上げたのは、実に何代目かぶりなのだとか。


農民の低俗な血族の人間に対して使うだなんて大人げない気もするが、情けは無用。

天国への餞はなむけだとでも思って欲しい。

この由緒正しき魔術師の血族である私が、全力の魔法で倒してあげたのだ。

むしろ感謝して欲しいものだ。


けど、あれ?おかしい。

空間魔法が解除されていない。

確か致死量のダメージを与えた時点で、この空間魔法は解けるはずのだ。


……てことは、まさか



そのときシャウラは目を疑った。

何故ならそこには……


全身ジャージ姿の男が、無傷で立っていたからである。

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