第5話 私、男も女も愛せるの……

 ランキング上位に載るようになると、おのずとTOPページを見るのが楽しくなる。それと同時に、いかにTOPページの研究不足だったかを痛感した。TOPページは、色々な改善ネタの宝庫なのだ。


 まず、コンテスト期間中はランキング上位がかなりのスペースを占める。そして、注目の作品。これは5分ごとに入れ替わる。新作時、更新時、長編(8万字以上)の完結時、レビューされた時、新着自主企画時等にTOPページにリンクされる。


 同様に、お知らせのチェック不足も実感した。意外と重要な情報がさりげなく示されているからだ。


 色々な失敗もしてきた。でも失敗は誰にでもある事だ。大事なのは同じ失敗を繰り返さない事である。この経験を今後に生かしていく事が大切だ。


 そんな中で、また新しい試みを実施した。短編の投稿である。


 早紀は仕事の合間に、翔は家事と、慣れない早紀のために在宅時のデスクワークもこなしていたため、その合間にもう一作の長編の連載を加えるのは難しい。しかし短編で、それも完全な新作や続編ではなく、スピンオフという形をとればなんとかなると考えた。


 スピンオフとは、「派生作品」の事だ。元々は海外のドラマや映画から日本に広まったと言われている。外伝、番外編等とも呼ばれる。


 元となる作品の世界観や設定等を引き継ぎ、本編で登場した脇役を主役にしたり、まったくテイストの異なるストーリー展開とする。本編とゆるいつながりはあるが、続編ではない作品だ。


 例えば、ドラマ「相棒」にはスピンオフが多い。俳優の六角精児演じる「鑑識の米沢守」を主人公とした「鑑識・米沢守の事件簿」や、俳優の川原和久演じる「捜査一課の刑事、伊丹憲一」を主人公とした「相棒シリーズ X DAY」等がある。


 特に日本では、漫画やアニメの人気作品のスピンオフが多い。例えば、荒木飛呂彦の人気マンガ「ジョジョの奇妙な冒険」の登場人物である、岸部露伴を主人公にした短編集「岸部露伴は動かない」等が有名だ。


 スピンオフのメリットは、執筆においてかなり手間と時間のかかる「世界観構築」や「キャラクター作り」が不要で、文章も流用できるため、新作よりも手軽に作れる事があげられる。それでいて、場合によっては本編よりも面白い作品を作る事も不可能ではない。


 まあ、創作の楽しみは少ないのであるが。


 実際に、翔と早紀は本編よりも人気を博した作品を作る事が出来た。


「赤いきつね」「緑のたぬき」幸せしみるショートストーリーコンテストに、夫婦愛を描いた作品を出した。


 当初は、このコンテストに参加する予定はなかった。でも、ある人の作った家族愛を描いた作品に感化されて、締め切り間際に急いで書き上げた「セミダブルベッドで愛を語る~ある夫婦がセックスレスになった甘く切ない理由」という作品で参加した。


 この作品は残念ながら受賞はかなわなかったものの、長期間ランキング上位に残り続け、翔と早紀の前途が明るいのだと感じるきっかけとなってくれたのだ。



 小説の執筆と同時並行でスタートした早紀のブログと、再開した翔のサイトでも動きが出て来た。訪問者から色々な相談等のメールやコメントがされ、真摯に回答する事でお礼がされたのだ。これも良い励みになった。


 特に、早紀の闘病ブログでは、今までPSASイクイク病の存在を知らず、自分は色情狂なのではないかと悩み、自殺を考えていた人が強く生きようと考え直し、それが早紀のブログのおかげであるというメールが届いた。


 翔のサイトでは、再開のあいさつとして結婚して子供が出来た事を報告した。すると、激励とお礼のメールが相次いだ。翔のようにセックスが出来なくても、ちゃんと結婚して子供も出来るのだという事実が、多くの同じような悩みを持つ人達の光となったのだ。



◇◇◇◇◇◇



 一方、美波の誘惑に陥落寸前の翔はどうなったのであろうか。


 やっぱり翔は早紀の事が大好きなのだ。翔は渾身の力を振り絞って美波を引き離して言った。

「ごめんカトミナ。あなたはすごく魅力的だよ。でも私、主人の事が大好きなの。お願い、離して」


 しかし、美波はそう簡単にあきらめるような女性ではなかった。

「早紀、あなたの事が好きなの。世界中の誰よりも大好き。私の気持ちに応えて。お願い」美波の目は真剣だ。決して冗談半分ではなさそうだ。

「あなたのおなかの子はどうなるの。上のお子さんもいるんでしょ。女の子だっけ?  それに旦那さんを愛していないの?」翔も負けずに返す。


「愛してるよ」美波はこともなげに言う。

「それなのに私の事好きってどういう事?」


「ちょっと話すと長くなるんだけど……しょうがないな。私もあなたを無理やり犯すつもりはないから。ちゃんと分かってもらいたい」

「聞かせて」


 翔はとにかく時間を稼ごうと考えた。今のままでは美波にヤラられるのは時間の問題である。でも身体を鎮める事が出来ればどうにかなると考えた。そうこうしているうちに上の子か、旦那が帰宅してくれれば美波も自分に手を出そうとは思わないだろう、そう考えての事だった。


「まず私は男も女も愛せるの。バイセクシャルって言うのかな」

「知ってる。LGBTのBでしょ」

 翔もトランスジェンダーだから、やはりセクシャルマイノリティーである。それなりの知識はあった。しかし美波の方がずっと深い知識と経験を有していたのである。


「バイなんだけど、実はかなりガチレズに近いの。主人の事も好きだけど、結婚したのはどっちかと言うと子作りのためかな。女同士の方がずっと気持ちいいから」


 美波は更に続けた。

「男なんてせいぜい数回達しただけで打ち止めになっちゃうからね。女同士なら体力の限界まで愛し合えるよ。まさにエンドレス・ラブ。だから早紀、私としよっ!」

「そんな……」翔はとてつもない身の危険を感じ、身構えた。


「早紀、私はてっきりあなたはこちら側の人間だと思ってたよ。だって私を見る目がすごくいやらしかったから。変な言い方でごめんね。嫌じゃないよ。嬉しかったんだ。だって私あなた超好みでど真ん中ストライクだから」


 翔の性的指向は女だ。よく勘違いされるのが性自認と性的指向である。性的指向とは「どんな性を好きになるか」を表す。


 性的指向は一般の人には良く性自認と混同されているが、それは「男は女を好きになる→性自認が男なら性的指向は女に向く」「女は男を好きになる→性自認が女なら性的指向は男に向く」という思い込みがあるからだろう。


 だから、早紀の身体になっていても、翔の心は女好きのままである。この事が美波に「翔が自分と同じ側の人間=同性が好き」という勘違いをもたらしたのだ。


 更に、こうして早紀の身体と入れ替わった上で、目の前の美波の誘惑に際し、少しだけ女同士のセックスに興味が出て来たのも事実だ。美波のいう事にも一理あると言わざるを得ない。


(まずい……このままではカトミナにヤられてしまう……なんとかしなければ) 

 イブに助けを求めようかとも思ったが、よだれを垂らしながら高みの見物をしかねない彼女を想像して首を振った。


 翔、絶体絶命!


◇◇◇◇◇◇



 読んでいただきありがとうございました。


 次の第6話は、かろうじて貞操の危機を免れた翔。だが今度は別の危機(チャンス?)が! いったいどうなるのでしょうか。一瞬たりとも目が離せない! お楽しみに!

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