第7話 君の強さがまぶしくて……

 翔(早紀)は妊娠18週目に入っていた。今日は5か月健診である。


 早紀から内診はないだろうと聞いていた。また、超音波エコー検査には経腟けいちつ法と経腹けいふく法がある。


 経腟法は、細い棒状のプローブを腟の中に入れて行う検査だ。画像が精密で細かい部分も観察できる反面、女性の負担が大きい。特にPSASイクイク病患者にとってはきつい検査である。これも今回はたぶんないだろうという事だ。


 経腹法は、幅広のプローブをお腹の上から当てて行う検査だ。一般的に女性の負担は少ない。この検査が実施される予定だ。


 ただ異常があったりすると事情は異なる。翔は内診や経腟検査を受けたらどうなるかと考えるとぞっとした。


 しかし、PSASの症状は、お腹に超音波のプローブを当てるだけでも生じた。お腹にゼリーを塗り、プローブでお腹を撫でられた翔は思わず声をあげる。


「大丈夫ですか。もうちょっとだから我慢してください」

 さすが鷺沼医師である。普通ならば苦痛はないはずの超音波検査でも大変だという事をちゃんと分かってくれていた。


「原口さん、見てみてください。かなり育ってきましたね」

 エコーの画面を見ると、心臓が強く鼓動しているのがはっきり分かる。顔もおぼろげであるが、しっかりと見えていた。


 翔は、思った以上にはっきり映っている画像で、この上ない父性が込み上げて来た。

「あの……もう男の子か女の子か分かりますか?」

「う~ん。もう少ししないとダメですね」


 翔も気が早いものである。

「それにしても原口さん、一時はどうなるかと思いましたが、身体の具合もかなり良くなりましたね。この分だと経腟けいちつ分娩もいけるかもしれません」

「本当ですか!」


 帝王切開も覚悟していた翔であったが、やはり下から産みたかった。

(色々と食べ物や飲み物を調べて、ちゃんと栄養状態を改善して良かった)


「この後、あなたの担当の助産師に指導してもらいます。経腟分娩だと助産師の介助の元で出産する事になります」鷺沼医師はそう言うと、横にいた翔と同じくらいの年齢の女性が翔に挨拶した。


「助産師の加藤です。よろしくお願いします」

 ネームプレートに“加藤美波”と書かれたその女性は、入れ替わる前の翔が街ですれ違ったならば、間違いなく振り返るであろう大きくて美しい瞳でこちらを見つめている。


 かなり小柄であるが独特の存在感を醸し出していた。そして大きなお腹をしていた。おそらく妊娠している。それも後期なのではないかと思われた。


「加藤は以前、PSASの患者のお産を担当した事があります。きっとあなたの力になってくれると思いますよ」と、鷺沼医師から紹介された。

「そうでしたか。それは心強いです。加藤さん、原口です。こちらこそよろしくお願いします」


 診察に続いて、翔は助産師の美波から指導を受けた。

「原口さん、これからの時期は今までとは逆に食べすぎに注意してください。あなたぐらいの年齢でも糖尿病や高血圧になったりします」

「そうなのですか?」


「あなたの場合、今まで体重が減り過ぎていましたので、まだあまり心配しなくても大丈夫です。でも、反動で増え過ぎるかもしれません。油断禁物です」

「はい。気をつけます。ところで、加藤さんは私と同じ病気の方を担当された事があるのですか?」


「はい。残念ながら陣痛が始まってから緊急帝王切開になってしまって、私が取り上げる事は出来ませんでした。でも自然分娩出来そうでしたので、私が指導していたんです」


「そうでしたか。私も以前は帝王切開の可能性が高いと言われていました。でも出来れば自然に産みたいです。よろしくお願いします」

「はい。私は、あなたが自然に出産出来るようにするために、最善を尽くします」

 

「加藤さん、もしかして妊娠されていますか?」翔は、気になっていた事を聞いてみた。

「はい。やっぱり分かりますよね。もうすぐ生まれます。でも心配しないでください。陣痛が始まるまで仕事は続けます。産後も最短の6週後には仕事に復帰しますので、原口さんの予定日には間に合うと思います」


「原口さん、加藤は私が『休んだら』って言っても休まないくらい仕事に意欲的なんですよ」

 労働基準法で、産前6週間は本人が請求すれば休ませなければならない。美波は請求するどころか、自分から進んで働くという。また原則として産後8週間は復帰が出来ないが、医師が認め本人が希望すれば6週間後に復帰出来るのである。


「そんなに仕事熱心なのですか? すごいですね」

「いえいえ」美波は、ちょっと照れたような表情で言った。


 そして……

「原口さん、良かったら私と一緒にマタニティビクスしませんか?」

「えっ?」

「自然分娩にはすごい体力が要りますし、食事制限よりも十分食べて身体を動かした方が糖尿病対策にはいいんですよ」


「でも……PSASの症状が心配です」翔は不安そうに言った。

「大丈夫ですよ。私が色々配慮します。もしエアロビクスがきついようでしたらヨガだけでもいいですから。ヨガはリラクゼーション効果が高いですし、気分転換にもなります。いい効果を生むと思いますよ」と美波は言った。


 鷺沼医師も、「私も賛成です。PSASはリラックスしてストレスが少ないと症状が緩和される事が分かっています」と言った。

「分かりました。よろしくお願いします」

(そう言えば早紀も、楽しかった高校時代はほとんど症状が出なかったって言ってたな。就職してストレスが増えたら悪化したとも)


 翔は、美波と連絡先を交換し、次のマタニティビクス教室の予定を聞く事にした。



◇◇◇◇◇◇



 なんとか健診を終え、帰りの電車の中でもPSASの症状に悩まされながらも、無事帰宅した翔。もう恥ずかしさにもかなり慣れてきたが、とにかく絶え間ない絶頂は翔の体力をどんどん奪っていった。例えるならばいつもマラソンを走っているようなものだからだ。


 帰宅後にもPSASの発作はとぎれる事なく襲ってきた。これを我慢して家事にいそしむ事は性欲の強い翔にとっては極めて難しかった。


 そろそろ早紀が帰ってくる。それまでに掃除に洗濯、晩ご飯の支度等をしなければならない。


 しかし、家事の最中にも込み上げてくる強い自慰の欲望。既に体力はかなり落ちている。それでも枯れる事なく次々と襲い掛かってきた。

(これ以上は身体が持たない……)


 更に、身体が入れ替わってからというもの、翔は慢性的な睡眠不足に陥っていた。夜にもPSASの症状で目が覚めてしまうからである。


 たび重なる絶頂による疲労と睡眠不足で、つい翔は居眠りをしてしまった。

「あーいけない。もうこんな時間だ!」目が覚めて、時計を見てびっくりする翔。

 早紀が帰宅する時間になっても、晩ご飯の支度が出来ていなかった。


「ごめん早紀。掃除と洗濯はなんとか済ませたけど、まだ晩ご飯の支度が出来てないんだ」

「やっぱりそうだったんだ。大丈夫だよ。お弁当買ってきたから」

「早紀! 本当に申し訳ない。ありがとう」


 翔は、そんな早紀の気遣いがとても嬉しくて、涙がこぼれて来た。

「早紀、君は今までこんなに辛い症状に耐えて来たんだね。僕の配慮もまだまだ全然足りなかった。君は本当に強い。すごい人だ。改めて尊敬するよ」


「そんな……翔だってすごいよ。今日一日働いてみて分かった。翔が私や生まれてくる子供のためにどれだけ会社でがんばっていたか。本当にありがとう」

 身体が入れ替わって、お互いに相手の思いやりを再確認する事が出来た。



 2人で早紀の買ってきたお弁当を食べると、早速あっちの話に。あれだけイってもまだ足りないのか翔。夫婦生活は別腹(?)なのだろうか。

「ところでさ、君がたまにしてた手を使わずに脚の動きだけでイくオナニーってどうしたら上手く出来るの?」


「う~ん。確かに難しいかも。私も出来るようになるのに一か月くらいかかったし」

「そんなにかかるの!」


「そう。ただ脚を組んで刺激すればいいって訳じゃないから。恥ずかしがらずに想像を膨らませて精神的に高まる事がすごく大事」

「なるほど」


 翔は早紀のアドバイスに従って、試してみるがなかなかイケないようだ。

「あーもうじれったい! 我慢出来ない。また今度にしよう」

「しょうがないなあ」


 まだまだ前途多難な2人であった。


◇◇◇◇◇◇



 読んでいただきありがとうございました。


 もし、PSASに負けるな翔! と思っていただけましたら、ぜひ★評価や♡評価とフォローをお願いします。



 次から第7章に入ります。第1話は、PSASにも負けず、もう一つの夢に向かって翔は早紀と協力し、2つの新しい事にチャレンジします。いったい何なのでしょうか。お楽しみに!

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