第2話 「不感症」になってしまった男、「感じすぎる身体」になりたくなかった女

 そんな中、ひときわ目についたのが、深山早紀みやまさきからのメールだ。


>こんにちはsyoさん。私もセックスはあまり好きではありません。ひとりエッチが大好きです。

>よかったらこちらでチャットしませんか?

 https:××××…


 当時はまだSNSSocial Networking Serviceが普及する前だったので、ネットでの連絡手段といえばメールかチャットであった。


 早紀は、ほどなくしてツーショットチャットでのチャットセックスに応じてくれた。


 翔は、早紀のメールでの自然な言葉遣い、その内容、更にチャットでのやり取りから、間違いなく女性であり、決してネカマではないと確信していた。そして、二人でしている事はエッチそのものであるが、意外とマジメで真剣な交際を求めている事も感じ取っていた。


 ところが、早紀はネット上でかなり親しくなったにもかかわらず、どうしてもリアルで翔と会う事を頑なに拒否するのだ。


syo>キレイだよsaki。もっと良く見せて。


saki>いや、恥ずかしい……


 こんな感じでいつも他の人とするよりもずっと盛り上がるのであるが……


>syoです。sakiさん、良かったら今度実際にお会いしませんか。あなたとはとても気が合いそうです。それに……チャットセックス、すごく素敵で……だからお会いしたいです。


>sakiです。私もsyoさんにお会いしたいです。でもごめんなさい、どうしても実際に会う事は出来ません。


>なぜですか?


>実は……セックス嫌いの他にも、誰にも言えない秘密があります。そのために私は多分、今後男の人とお付き合いする事は出来ないと思います。


>良かったら教えていただけませんか?


>それは無理です。ごめんなさい。


 こんなガードが堅い早紀になぜそこまでこだわるのか。


 今までの翔ならば、手っ取り早くリアルのお相手をしてくれる女性の方がありがたかったのである。でも、すぐに会ってくれる女性はそれだけ本気で真面目なお付き合いに発展させるのが難しい事に気が付いていた。


>syoです。sakiさん、やっぱりどうしてもお会いしたいです。たとえどんな秘密があっても驚きません。お願いします。実は私にも、セックス嫌いの他に誰にも言えない秘密があります。お互いに教え合いませんか。


 やはりよほどの秘密なのだろうか。このメールを出してからしばらく早紀から返事が来なくなってしまった。


 それでも翔はあきらめず、根気強く早紀を説得するメールを送り続けた。すると……


>分かりました。そこまでおっしゃるのなら私の秘密をお伝えします。


 ついに早紀からカミングアウトのメールが届いたのだ。


 早紀からのメールは驚くべき内容だった。


>実は私、現代医学では直せない不治の病に冒されているんです。


 翔はすかさず返信した。


>どんな病気でも私はあなたのために力になりたいです。ぜひ教えてください。


>ありがとうございます。


 早紀は自分がどんな病気なのかを翔に伝えた。


 翔はエイズみたいなものを想像していたのだが違った。


 早紀の病名は正式名が「持続性性喚起症候群」(persistent sexual arousal syndrome、PSAS)別名「イクイク病」と呼ばれるものであった。翔はもちろんこの病気について知ったのはこれが初めてで、いったいどんな病気なのか想像もつかない。


 この病気は日常生活の何気ない動作でも激しく性的に興奮してしまい、それだけでオーガズムに達する事さえあるという。その数は多い人だと1日100回を超すとの事。


 早紀の話はこうだ。とにかく日常生活の何気ない動作、例えば自転車を漕いだときの振動のような事でも激しく性的に興奮してしまい、それだけでオーガズムに達する。彼女の場合は重症の場合と比べると、かろうじて日常生活は可能のようだ。


 ここで、リアルタイムの会話の方がいいだろうと判断した翔は、いつものチャットに早紀を誘った。


syo>何かきっかけというか原因とかはあるのですか?


saki>私の場合は10年前に交通事故にあって生死の境を彷徨さまよって、幸運にも元気になれました。でも、おそらくそれがきっかけとなって発病したみたいです。あとはうつ病とか、禁欲が行き過ぎたりしてもなると聞いた事があります。


 早紀の場合もう10年前から症状があり、誰にも言えず一人密かに悩んでいたらしい。そりゃそうだろう。普通の人ならば恥ずかしくて死にそうに感じるはずだ。なにせ電車の振動だけでイってしまう事もあるとか。


 だから学生時代に授業がある日や、仕事をしていた頃は、下着を何度も履き替えていたという。更に夜ほとんど眠れないらしい。エッチな夢で何度も達してしまい、そのたびごとに目が覚めるからだ。いってみれば女の夢精のような事が起こってしまう訳だ。それも複数回。


 これでは普通の人と同じ生活を送るのは難しい。そこで病院で診てもらってもお医者さんですら病気の事を知らない。異常性欲ではないかみたいなひどい事も言われたらしい。可哀そうに。このように治療する事が出来ない不治の病なのである。


 更に、話を聞いただけでは女として魅力的になるような気もするが、そうでもないみたいなのだ。今まで恋人になった人は全員半年と持たずに別れを告げられたとの事。


 あと快感というのは苦痛と紙一重。度が過ぎると絶頂も快感ではなく痛みにすらなるという。この病気の患者の中には絶望して自殺してしまう人もいるんだとか。


syo>でもなんで男が逃げるんでしょうか?


saki>やっぱり相手をするのが無理だからだと思います。性的興奮を抑えるにはオナニーかセックスで絶頂に達しないといけないんだけど、とても普通の男の人が合わせられる回数じゃないですから。


 この病気の存在を知らない翔であったが、早紀がでまかせを言っているとはどうしても思えなかった。なぜなら異常性欲の持ち主のような美紅の相手をしてきたから、早紀が異常性欲の持ち主ではない事はすぐに分かったからである。


syo>そうなんですか。大変ですね。僕なんてまだましな方だ。少なくとも日常生活には何の支障もないですから。でも僕にそこまで教えてくれるなんて嬉しいです。何か力になれないでしょうか。


saki>もう考えられる事はやりつくしています。数少ない権威の先生にも見てもらいました。薬とかカウンセリングで症状を緩和する事が出来ますが、完全に抑えたり、完治するのは無理なようです。


 翔はなんとかして早紀を助けたいと思った。


saki>だから私に合わせるのは無理だと思います。私がセックス嫌いになったのもこの病気が原因ですから。今はもっとひどくなって男性恐怖症に近いです。男の人がうんざりするくらい何度も求めてしまうかもしれませんよ。


syo>気にしないでください。僕はオナニー見るの大好きですから、僕の前では気にせず何回でもしてかまいません。女の人が気持ちよくなってくれればどんな形でも嬉しいです。前の彼女も僕が出来なくなった後も何度もしてました。見てるだけでも幸せだったんです。僕ならきっとあなたの相手をする事が出来ると思います。


saki>そんな事今まで誰も言ってくれた事ないです。本当ですか?

 

syo>はい。

 

 いわば「男の不感症」とでも言うべき翔が、「異常に感じすぎてしまう病気」の早紀と知り合ってしまった訳だ。こんな組み合わせ、普通に考えたら最悪のように見えるはず。ところが不思議な事に彼らの相性は抜群だった。


 この相性の良さは、彼らが生まれつき有していた性格や好みというよりも、お互いに相手の事を思いやる気持ちから生じたのだった。


◇◇◇◇◇◇



 読んでいただきありがとうございました。


 次の第3話は、いよいよ翔が早紀に今まで誰にも言えなかった秘密をカミングアウトします。いったいどうなるのでしょうか? お楽しみに!

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