第3話 まだおしるしが来ないのに陣痛?

 翔の出産予定日を経過して一週間が経った。もうこれ以上は待てないかもしれない。二週間経過しても始まらないようであれば陣痛促進剤を使う事もやむを得ないと考えていた。


 豊満に膨らんだお腹と胸。


 でも父は強し(?)である。今はお腹の赤ちゃんのためにリラクゼーションで性欲を押さえ、PSASイクイク病の発作を緩和する事を続けて来た成果が徐々に表れてきていた。これなら日常生活もなんとか出来る。小説の執筆も進む。欲望を文章に変え、ひたすら文字を打ち込む。下半身に伸びそうになる手をキーボードへと張り付かせていた。

 

(お腹の張りがすごい……これならいつ生まれてもおかしくないな)

 ベッドで横になりながら膨らんだお腹を撫でる翔。お腹が苦しいので横向きで寝ていた。


 翔はわずかに腹部の痛みを感じた。

(これはただの張りじゃない。さっきより痛くなってる)

 翔は出産開始を感じ始めていた。

(この調子だと今日始まるかも……)

 

(長かった……ついにこの重いお腹ともお別れだな)

 曲げられないお腹を曲げたくなるような痛みが翔を襲った。

(ついに始まったかな?)


 翔は「おしるし」と呼ばれている出血がないかどうかを確かめようとした。これは重要な出産開始の合図なのだ。しかし……

(今の所おしるしは来ていない。そうするとまだなのかな?)


 おしるしは来ない事もある。翔は痛みの間隔をスマホアプリで図って見た。10分間隔だ。もしこれが陣痛ならば、そろそろ病院へ行かなければならない。


「早紀、さっきからかなりお腹が痛い。もしかしたら陣痛かも」

「どんな感じ?」


「最初はただ張っている感じだったけど、今ははっきりと痛みが感じられる。さっき計ったら10分間隔だった」


「それやばいんじゃない。そろそろ病院へ行かないと」

「でも、まだおしるしが来てないよ」


「おしるしがなくても出産が始まってる事はあるから。やっぱり病院行こう」

「分かった。電話してみるよ」


 翔が電話すると、すぐに来るように言われた。


「これで全部かな」

 お産に必要な荷物を揃えてバックに詰めた。

 陣痛が押し寄せる。まだまだ我慢は出来るが、少しおなかに力を入れたい感触が生じて来た。


(いきみたいってこんな感じなのか?)

 まだまだ陣痛の間隔の時間は長い。陣痛が止んでホッと一息。しかし……

「……あッ……」


 このところトレーニングでイきにくい体にしていた翔であったが、いざ出産が開始すると再び敏感な身体に戻ってしまった。またもや望まない絶頂に襲われる。しかし、この時はまだPSASの症状が出産に与える影響の恐ろしさのほんの入り口に過ぎない事を翔は知らなかったのだ。


 イった後の脱力感でしばらく仮眠を取る。この時点ではまだそのような余裕があった。


 陣痛の間隔は10分よりも短くなり、痛みの続く時間が少しづつ増してくる。

(今のところ進行は遅めかな。この後進むと良いけれど)


 翔は玄関のドアを開け、早紀の運転で病院へ急いだ。

「戻ってくる時は僕と君だけじゃない。もう1人増えて3人になるんだね」

「そう。楽しみだね」


 病院に着いた。

「うっ……」

 翔は大きくて重いお腹を右手で軽くおさえてうめく。左手で早紀の手を握って痛みに耐える。


「大丈夫? がんばって。あと少しだから」

 病院ではお互いに名前を呼び合う事が出来ない。周りの人達におかしいと思われるからだ。


「間隔が急に短くなってきた……アッ」

 当初遅いと感じられていた出産の進行が、その後思ったよりも速く進行していた。

(おしるし来たかも)


(何センチくらい子宮口開いたかな?)

 だいぶ間隔も狭まってきた。

 鷺沼医師に内診してもらう。


 我慢できず小声を上げる翔。

 慣れたとはいえ、やはり内診の刺激はPSASの症状を呼び覚ます。翔は苦痛と快感に交互に襲われる。


 確認すると……

「5センチ開いています。あと少しですね。まだいきんじゃダメです」

 まだ5センチ。されど5センチ。結構進んだ事が嬉しかった。


 子宮口が10センチまで開けば分娩第2期に入る。そうなれば赤ちゃんも膣内に降りてくるから、いきむ事が出来るようになる。それまではいきみ逃しで耐えなければならない。


「痛いっ…痛い痛い痛い…」

 更に陣痛の間隔が短くなり、痛みの強さは増していく。


 最高に痛いと思っても、次に来る痛みはその前の痛みよりもずっと強いという状態が繰り返される。


 それでも翔にとってはまだまだ耐えられるレベルだ。

 

 お腹がどんどん下がって来ている。子宮の重心が下腹部に近い場所に感じるように。

 バッグから取り出したポカリスエットを飲み、気を引き締め直す。


 陣痛が来た時、痛みだけではなく段々と身体が何かを押し出そうとしているのを感じた。

 

 とてもいきみたい。身体が勝手にいきんでしまう。でもだめだ。今の時期にいきんでも胎児が効果的に進まないからだ。それどころか疲れて肝心な時にいきめなくなってしまう。そうなれば難産必至である。


 翔は必死でいきみ逃しを行った。


 陣痛が止み、お腹の中の胎児が内側から蹴ってくる。普通なら喜ばしい胎動は、翔にとっては苦しさをもたらす。この刺激でも絶頂に達するきっかけになるからだ。


「ああ……お願いだからお腹蹴らないで……」

「大丈夫? また症状が出て来たの?」


「うん。一時はかなり抑えられてたんだけど。やっぱり出産が始まったらぶり返して来たかな」

「つらいよね。でもがんばって」


「大丈夫。今はまだイった後に少し休めるから。でも早紀、こんな辛いのずっと我慢してたんだからすごいよ」

「分かってくれて嬉しい」


 どんどん狭まる間隔の陣痛。そして強まる怒責どせき感。いきみたいという気持ちが高まり続ける。

「来たーっ……また強いのが来た」

(もう我慢出来ない。身体が勝手にいきんでしまう……)

 

 翔は自分のお腹に話しかけた。

(早く出てきて。あまりお腹は蹴らないで)


 水がおりて来たのを感じる翔。

「破水したみたい。お願い早紀、先生呼んで」

「分かった。もうすぐだね」


◇◇◇◇◇◇



 読んでいただきありがとうございました。


 次の第4話は、ついに翔が分娩室に移動します。いったいどうなるのでしょうか? お楽しみに!

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