第2話 予定日を過ぎたのに……

 妊娠9ヶ月目に入った。


 早紀は嫌がっていたが、翔は待ちきれず性別を聞いてしまった。女の子だった。

「ごめん早紀、女の子だって聞いちゃった。どんな名前にしよっか」

「やっぱり名前は生まれてからにしようよ」

「えーそれじゃ事前に聞いた意味ないじゃん」


「だって女の子っていってもさ、どんな顔でどんな姿なのかで合う名前って変わってこない?」

「それはそうだけど……」

 

「だからさ、いくつか候補を出しておいてさ、生まれてからその中から選べばいいんじゃない」

「そうだね。そうしよう」


 もうおなかもはちきれんばかりに大きくなってきた。家事一つとっても色々大変である。足元の作業に色々とおなかが邪魔になる。そんな翔を気遣ってか、早紀も今まで以上に家事を手伝ってくれるようになった。


「ごめん早紀。仕事も大変なのに」

「なに言ってるの。二人の子供のためだから」

 出産前後というのは色々とやる事が多い。育児に備えて新しく買わなければならないものも多い。


 生まれたら生まれたで、出生届をはじめとした役所等への申請手続が控えている。出産祝いをいただいたら内祝いをお返しする必要も出てくる。


 病院とのかかわりも出産が終わればそれでなくなるわけではない。2週間健診や1か月健診を皮切りに、数か月ごとに乳幼児健診がある。


 予防接種も次から次へと受けさせなくてはならない。


「さ、早紀……くすぐったいよ……」

 翔のおなかに耳をつける早紀。

「赤ちゃん、元気かなあ~」


「も~。元気だって。すごいおなか蹴られてるし。最近は慣れたけど、一時は大変だったよ。この刺激だけでイッちゃったりした。今はだいぶPSASイクイク病の症状がおちついてきたから大丈夫」

「加藤さんのおかげだね。彼女元気?」

「うん。もう産休から復帰しててさ、バースプランもカトミナが組んでくれたんだよ」


「待ち遠しいね。早く生まれないかな~」

「それはこっちのセリフだ」

「ねぇ……」


「今日もこれからしよっか」

「そうだね」

 普通の夫婦ならそろそろセックスを控えたり、かなり体位も限られてくる時期である。おなかが邪魔にならない、ソフトなセックスを心がけるべき時期に来ていた。


 でも、翔と早紀にはあまり関係がないようだ。セックスじゃなくてオナニーの見せっこだから、大きなおなかが邪魔になる事もない。むしろ出産を間近に控えて翔の性欲は普段以上に高まっていた。


 いつものように一緒に絶頂を迎える二人。


 きっとこの二人は陣痛が始まるまで夜の生活は続けるのだろう。


「翔、あなたが代わってくれたおかげで、病気もかなり良くなって自然分娩まで出来るかもしれないくらい体力も回復したね。私と入れ替わらなかったらこうはなってなかったかもしれない。本当にありがとう」

「なんか照れるな。お礼は言わないって言ってたじゃん。きっと早紀のままでも同じだったと思うよ。僕自身というよりもカトミナのおかげだから。入れ替わらなくても彼女とは知り合ってただろうから」


 翔と早紀はここに来て、今まで以上にお互いをいたわりあった。

「でも本当、あなたと一緒に暮らしてて、いつもすごく感謝してるよ」

「僕もだよ。今回こうして入れ替わってくれたことも。自分で出産するのって僕の子供の頃からの夢だったからね。本当にありがとう」


「うん……愛してるよ、翔」

「僕もだよ、早紀」

 もはや二人を邪魔するものなど何もない。



◇◇◇◇◇◇



 ついに翔は、臨月に入った。


 臨月になると毎週健診がある。しかも内診をする。


 PSASの翔にとっては内診の刺激は発作を起こす。でもかなり慣れて来た。やはり鷺沼医師の配慮と技術が素晴らしいのだろう。


 それでもやはり何度か絶頂で軽い吐息をもらす翔。とても恥ずかしい。

 でも、翔はそんな恥ずかしさなんて吹っ飛んでしまうくらいの充実感に溢れていた。


 もうじき、翔は二人の愛の結晶をこの世に送り出すのだ。

 翔の中にとめどない父性が込み上げてきていた。


「どうですか。出産が始まりそうな感じですか?」

 気が揉んで仕方がないのか、せかすように尋ねる翔。

「まだ子宮口も硬いですから。もう少しかかりそうですね」


 内診の後はいつもの超音波に移る。もうおなかのプローブ程度の刺激ではほぼ症状は出ないくらい慣れていた。

 もう顔もはっきり映っている。顔を見てますます会いたい気持ちが募る翔。



 そんな中、翔はある異変に気付いた。

 おおきなおなかでゆっくり歩いていると、子宮と一緒に内臓まで出てきてしまうんじゃないかと錯覚するような痛みに襲われた。


 まだ出産予定日ではなかったので焦った。


 翔は不安に押しつぶされそうになりながらも、スマホアプリで痛みが続く時間を計ってみた。すると、痛みも間隔も不定期だった。どうやら陣痛ではないようだ。

「カトミナが、本当の陣痛だったら規則正しく10分間隔と正確に痛みがきて、間隔もだんだん短くなるっていってたからな」


 もしかしてこれが前駆ぜんく陣痛かも、と思った。ひとまず風呂に入って落ち着こうと。

 前駆陣痛とは、妊娠中期から後期にかけて起こる陣痛に類似した痛みの事である。前駆陣痛も本陣痛と同様、子宮の筋肉が収縮する事で引き起こされる。やはりおなかの張りや痛みが生じるのだ。


 かなりの痛みである事が少し気になっていたので、美波に電話する翔。

「あんまり心配する必要はないよ。そろそろ夜の生活は激しくし過ぎないでね」

「そんなでもないよ」


「って……やってるんかいっ! エッチし過ぎだと前駆陣痛が酷くなるからね」

「そんなの関係あるんだ。へー」


 美波は、「陣痛促進剤を使って今から産んでもいいけど、どうする?」と聞いた。


「なるべく促進剤は使いたくない」

「本陣痛はすぐ来るかもしれないけど、まだずっと先かもしれない。個人差が大きいの」

「そしたらもうちょっと待ってみる」


 しかし、この時の痛みは嘘のように収まってしまった。


 予定日を過ぎても、翔の陣痛はいっこうに始まる気配がなかった。

 予定日には早紀の友人、美香と花江からメールが来た。これがかえって気持ちにあせりを生じさせた。


>赤ちゃん生まれましたか? 美香

>早紀、今病院かな? 花江


 とても返事をする気になれず、イライラを抑えるために瞑想やエクササイズにいそしむ翔。


 3日過ぎても起こらず、痺れをきらした翔は鷺沼医院へ電話を入れた。

「まだ陣痛が起こりません。大丈夫でしょうか?」

「予定日はあくまでも目安に過ぎませんので、3日程度なら心配いりません。場合によっては2週間くらいなら待っても大丈夫です」


 2週間! 普段ならあっという間の短期間であるが、今の翔にとっては永遠にも感じられる長さだ。そんなに待てるのだろうか。


 まあ、先生が言うのなら心配いらないだろう。そう思って多少不安はあるものの、待ってみようと思った。


◇◇◇◇◇◇



 読んでいただきありがとうございました。


 次の第3話は、ついに翔に陣痛が始まった! どうなるのでしょうか。お楽しみに!

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