第8章 いよいよ出産!

第1話 トキメキのバースプラン

 妊娠8ヶ月になると健診が月2回となる。今日は2回目の健診。バースプランを組む日である。


 産休を取っていた美波が復帰していた。

「カトミナ、もう復帰したんだ。よろしくね」

「もう身体はバリバリだからね。早紀、私がいない間ちゃんとマタニティビクスさぼらないでしてた?」


「もうバッチリ。ぜったいあなたに取り上げてもらいたいから」

「嬉しい事言ってくれるじゃん。まかせてよ」

 翔の本心だった。この人に任せれば大丈夫だと。


 バースプランとは、妊婦や家族にとって最適な出産にするために組む計画の事である。妊婦とその家族が妊娠中や出産についての希望や一緒に頑張る事、助産師に求める事等を用紙に記入していく。


 出産に向けて心の準備という意味も含まれる。

「どんな細かい事でもいいから、出来るだけ具体的に記入してね」


「あと不安な事とか、してほしくない事もどんな事でもいいから」

「例えば?」

「うちは個人医院だからないけど、大学病院だと研修生の見学とか求められる事があるよ。あと看護実習で男の人が立ち会ったり。もし恥ずかしくて嫌ならはっきり伝えないと」


 翔は自分が男だけに、あまりそういう事にはこだわらないようだ。

「大丈夫。今の所は特にないかな」


「可能な限り、希望にそえるようサポートするからね。でも、医学的な理由で希望にそえない事もあるから。例えば、早紀の場合だと緊急帝王切開になる可能性があるけど、これは例え嫌でもしょうがないから」

「うん。覚悟は出来てるよ。ちなみにどんな場合に帝王切開になるの?」


「前に少し話した赤ちゃんの頭が骨盤より大きいとか、逆子とか前置胎盤が典型的ね。前置胎盤っていうのは、胎盤が子宮の出口を塞いでいる事を言うの。早紀の場合はどれでもないから今のところ自然分娩出来ると思うよ。一番心配なのはやっぱりPSASイクイク病の発作で体力が奪われて、いきむ力が失われたり、赤ちゃんの心拍が下がったりして緊急帝王切開になる事かな。だからこれからもマタニティビクス等の体力作りは続けてね」

「もちろんよ」


 美波はヒヤリングに入った。

「旦那さんの立ち合い希望だよね。ずっと立ち会うの?」

 早紀は入れ替わる前にも翔に立ち会って欲しいと言っていた。今では翔の出産に始めから終わりまでずっと立ち会う気満々である。


「うん。そのつもり。主人に腰のさすり方とか教えてあげて欲しいの」

「まかせておいて!」

「あと主人がへその緒カットしたいって言ってる。カトミナの旦那さんの辰巳さんもカットしてたよね」

「うん。いいんじゃない」


「動画撮ってもいいんだっけ?」

「ОKよ。頭側からしか駄目とか、撮影禁止の所も多いけど、うちは邪魔にならなければ脚側から撮ってもいいの。第一赤ちゃんが出る所撮れなきゃ意味ないよね」

「そうだね」


「陣痛が弱すぎる時に陣痛促進剤使ってもいいかな」

「出来れば避けたいけど、どうしても弱くて仕方ないのなら使って」

 もともと帝王切開も覚悟していた翔は、ある程度の医療行為はやむを得ないと考えていた。


「分娩スタイルは?」

「例えば?」

「そうね……妊娠中もそうだったけど、PSASの症状を抑えるにはリラックスする事がすごく大切。だから好きな音楽を流して欲しいとか、アロマを使いたいとかね」

「もちろん希望する」


「院内でアクティブバースにも対応しているよ。どうする?」

「やってみたいけど……でも私の場合ちょっと難しいかな」

「そうだね。色々医療行為が必要になる可能性が高いからね。分娩台がおすすめかな」

「しょうがないね」翔は残念そうに言った。


「でも分娩台はリクライニングで座位にも出来るやつだから。あおむけの産みにくい分娩台じゃないから安心して」

「それは良かった」

「浣腸とか剃毛は?」

「出来れば嫌だな。特に浣腸は」

「あなたさえ恥ずかしくなければ、浣腸はしない方がおすすめだよ」


「あなたに見られてもあんまり恥ずかしくない」

 翔は、美波の出産に立ち会った日の事を思い出した。


「会陰切開は? やっぱり嫌?」

「出来ればね。でも必要なら仕方ないけど」

「まあ私に任せてよ。会陰保護には自信があるから。ちゃんと裂けないようにしてあげるよ」


「それは頼もしいね。お願い」

「無痛分娩もやってるけど、どうする?」

「やっぱり自然がいいな。陣痛の痛みを味わいたいの」


「やっぱりあなた私に似てるね。超マゾ!」

「そうかもね」翔は大笑いしながら言った。


「後はマッサージや呼吸法とか色々教えて欲しいな。あなたには出来るだけそばにいて励まして欲しい」

「もちろんよ」


「赤ちゃんが生まれた後にしたい事は?」

「?」

「例えばカンガルーケアをしたいとか、初乳をすぐに与えたいとか」


 カンガルーケアとは、出産後すぐに母親が赤ちゃんを抱く事である。赤ちゃんの体を密着させる事で母子の結びつきを深めると言われている。その様子がカンガルーの親子に似ている事からそう呼ばれている。


「カトミナもしてたよね。私もしたいな」

「もう! 真似っ子なんだから~」

 美波は続けた。


「でもね……カンガルーケアにはデメリットもあるの。出産後は体がすごく疲れているからね。無理に抱っこしてもストレスになるかも。あなたの場合PSASがあるから特にそうね」

「そっか。やっぱり難しいかな」

「すぐ後にもゆっくりと関われる時間はとれるからね」


「母子同室にして欲しい?」

 かつて出産後には、新生児室と呼ばれる別の病室に行くのが主流だった。しかし、近年は母子同室を推奨する産院が増えている。なぜなら産後1週間が母子にとって非常に重要な時間だからである。


「どんな違いがあるの?」

「まずメリットは、子育ての最適な予行演習になる事ね。それから新生児室まで行かなくても授乳が出来る、赤ちゃんがそばにいる安心感がある、お見舞いに来た人達に赤ちゃんをすぐに見せてあげられるとかね」


「それいいね。同室にしようかな……」

「でもね、やっぱりあなたの場合はあまりおすすめ出来ないの。大変な点は、特に初産の場合、初めての赤ちゃんと二人きりで不安を感じる事が多いの」

「良く分からない」


「何もかもが初めてだからね。おむつを替えたり、授乳したり、全部自分でするんだよ。赤ちゃんって何も出来ないから」

「そっか。そうだよね」


「産後で疲れてるのにゆっくりと休んでいられないから。かなりストレスになるかも。あなたの場合PSASの事を考えたら別室の方がいいよ」

「残念だなあ」


「やっぱり母乳で育てたいよね」

「もちろん! 母乳がよく出る方法を教えて欲しい」


「それはまかせて」

「ちょっと身の危険を感じるけど……」

「心配しなくてもいいよ。もうあなたが旦那さんに本気だって事が良く分かったから」


「分かってくれたんだ。でもあなたの事は友達として大好きだよ」

「それはどうも」美波は少し悲しそうに言った。


「あとこれは任意なんだけど、『さい帯血バンク』に協力してくれるとありがたいな」

「何それ?」

「それはね……」


 美波は説明した。

 さい帯血バンクとは、白血病等の血液疾患の治療として造血幹細胞移植が必要な患者のために、産婦から提供される臍帯血を患者に斡旋する仕組みと、その業務を取り扱う機関の事である。造血幹細胞は、骨髄と臍帯血に含まれているのだ。


 さい帯とは、母親と赤ちゃんを結ぶへその緒の事だ。さい帯血はそのさい帯と胎盤の中に含まれる血液である。

 通常ならば産まれた後、へその緒や胎盤と一緒に処分する。しかし、さい帯血には血液を造る細胞がたくさん入っている。これが造血幹細胞である。白血病等の病気に苦しむ患者の治療に使う事が出来る。


「もちろん協力させて。白血病なんかで苦しんでる人達のためになりたい」

「ありがとう」


 翔は、改めて美波が担当で良かったとしみじみと感じていた。こんなに細かい事まで配慮してもらえるとは。出産が待ち遠しくて仕方がなかった。


◇◇◇◇◇◇


 読んでいただきありがとうございました。


 次の第2話は、ついに出産予定日を迎える翔。でもなかなか陣痛が始まらない。どうなるのでしょうか。お楽しみに!

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