第4話 お願い、僕に赤ちゃん産ませてっ!
「翔、喉が渇いて死にそう……」
早紀はここの所食事だけでなく、水分すらほとんど摂れない状態だった。
水を飲んでも、ポカリスエットを飲んでもすぐに吐いてしまう。
(このままでは早紀は妊娠を続けられなくなる。一体どうしたらいいんだ)
翔は、先日入れ替わりの説得に失敗してしまった。そこで、なんとかして早紀に無事赤ちゃんを産んでもらおうと気持ちを切り替えて、色々な方法を考えた。
「早紀、ひどいつわりでも飲める物、食べられる物を調べたんだ。まずこれ飲んでみて」
翔はそう言うと、早紀に「はちみつレモン」を渡した。
早紀はおそるおそる、ちょびちょびと舐めるようにして飲む。すっかり恐怖症になっているようだ。すると……
「あ……気持ち悪くならない。これなら飲めるかも」
早紀は安心したのか、まるで母親のおっぱいを吸う赤ちゃんのように、ごくごくとはちみつレモンを飲んだ。
(早紀、そんなに喉が渇いてたのか……)
「よかった。今度はこれ食べてごらん」
翔が買ってきたのはフライドポテトだ。
「なに考えてるの。あっさりした物だって受け付けないのに、揚げ物なんて食べられる訳ないじゃん」
「騙されたと思って食べてみなよ」
早紀は、これもおそるおそる口に入れ始めた。
「あっ、本当だ。食べられる! 大丈夫だよ翔」
「でしょっ」
翔のがんばりと気持ちが効いたのか、早紀の身体は徐々に回復していった。
そして、ついに早紀は安定期に入った。
「翔、お腹に触ってみて。さっき動いたの」
胎動も起きている。
翔は、お腹をさすりながらの、早紀の母としての優しさに富んだ何とも言えない表情が愛しくてたまらなかった。
「あ、今動いたかな?」
翔もごくわずかであるが胎動を感じた。
「翔、絶対出産の時立ち会ってね。約束だよ」
「もちろんだよ。安心して」
もうこうなると、翔も早紀を説得して身体を入れ替える事は諦めかけていたのである。
そんなある日の事。こんなニュースが流れた。
「日本でも子宮移植を条件付きで認める」
このニュースを流したバラエティ番組で、その後特番としてゲストの著名医学博士により「子宮移植」の歴史が語られた。
世界初の子宮移植手術は2000年に行われたが、妊娠には至らず最終的に失敗に終わった。その後2011年に子宮移植が行われた女性は、2013年に妊娠したが出産には至らなかった。2014年に世界で初めて子宮移植を受けた女性が出産した。
続いて2017年、遺体から子宮移植を受けた女性が出産した。それ以前は、母親から娘へ等、生体間の子宮移植であった。しかし、死亡した提供者からの子宮を移植した場合には、失敗または流産に終わっていたのである。
生体間子宮移植の最大の問題は、生きた臓器提供者を確保する事が極めて困難である事だ。通常、家族や友人等に限られる。遺体からの移植による出産の成功により、臓器提供者となれる人の枠が広がった。更に経費も下がり、生きている臓器提供者の手術リスクを回避出来るというメリットもあるのだ。
翔と早紀は、この番組を見ながらあれこれと雑談した。
「近い将来に、男にも子宮移植が出来るような世の中にならないかな」
「なるんじゃないかな」
更に、男性への子宮移植についても取り上げていた。医学的には、男性への移植手術も可能なのだそうだ。
ただし、専門家によると大きな問題があるとの事。
それは、ホルモンのコントロールをどうするかである。単純に臓器をつなぎさえすれば機能まで期待出来るという訳ではない。
出産までには、様々なホルモンが子宮や他の臓器をコントロールする。今のところ子宮移植の対象は女性のみだったため、身体が妊娠に対して正常に反応し、無事出産まで導いた。
ところが、男性の場合には女性と同じ反応は期待出来ないから、外部から様々なホルモンを追加投与しなければならない。
「子供の頃にさ、男の身体に人工子宮を作って、男が出産するなんていう小説を書いたりした事があったんだ」と、翔は早紀に言った。
「へー。そんな事してたんだ」
早紀は、ふと思い出した事を口にした。
「そういえば翔、出会う前にメールで赤ちゃん産みたいって話してたよね」
「うん。あれは決して冗談なんかじゃない。本気で赤ちゃん産みたいと思ってる」
「そうなんだ」
「うん」
「ねぇ翔、その話さ、もっと詳しく聞かせてくれない?」
翔は、幼い頃のおままごとやぬいぐるみ、出産の真実を知った時の話等、すべてを早紀に話して聞かせた。更に……
「女の人に生まれ変わってさ、赤ちゃんを産むっていう夢をそれこそ数えきれないくらい見たよ」
「へーっ」
「よくマンガとかでさ、夢かと思ったらほっぺたをつねって痛いかどうか確かめるといいっていうじゃない。でもさ、僕の場合、夢の中で本当に陣痛みたいにお腹が痛くなるんだよ」
「嘘でしょ」
「本当だよ。だからほっぺをつねるまでもなくこれは事実だ、僕は女の人に生まれ変わったんだって喜んでさ、で、いつも赤ちゃんが出る瞬間に目が覚める」
「あるある~。私も3日くらい前に赤ちゃんが生まれる夢みたけど、やっぱり出る瞬間に目が覚めた」
「あーやっぱり夢だったんだって。で、悲しくて泣いた。枕がぐちゃぐちゃになってた」
「そっか。そんなに赤ちゃん産みたかったんだ」
翔は、ダメ元で早紀に素直な気持ちを伝えた。
「早紀、良く聞いて欲しい。僕も出産願望があるくらいだから、君が自分で赤ちゃん産みたいっていう気持ちは痛いほど良く分かる。だからもう僕が代わりに産んであげるなんて言わないよ。絶対」
「……」
「そうじゃなくて、僕が赤ちゃんを産む事は子供の頃からの夢だった。それも絶対に叶わない夢。それがイブのおかげで叶うかもしれないんだ。だから……」
「だから……?」
「お願いします。僕に赤ちゃんを産ませてくださいっ! 僕の一生のお願い。僕のわがままに付き合って欲しい」
翔はそう言うと、早紀の目の前で正座をして、手のひらと頭を床に付けた。
「僕に、僕と君の赤ちゃんを産ませて欲しい」
早紀はじっと目をつぶってうつむいた。沈黙の時間が流れていき……
「……分かったよ。翔。頭をあげて。あなたのお願い、聞いてあげるから」
「本当?」
「うん。翔がそこまで赤ちゃん産みたいんだったら」
「産みたい。絶対産みたいっ!」
「フフフ。本当に変な人だね。女でも出産は怖くて仕方がないっていう人だって多いのに」早紀は笑みを浮かべながら言った。
早紀は更に続けた。
「その代わりって訳じゃないけど、私のお願いを2つ聞いてくれるかな」
「2つなんて言わず、いくらでも聞いてあげるよ。僕に出来る事だったら」
「まず一つは、絶対今回だけだからね。これから先はもう2度と嫌だから」
「ああ。イブが言ってた。入れ替われるのは一生に一度だけだって」
「2つ目は、これで子作りは終わりじゃないから。これからもどんどん子作りするから絶対協力してね」
「もちろんさ」
「たくさんエッチな事して、たくさん子供産むんだ」
「何人くらい欲しいの?」
「なるべく沢山欲しい。サッカーチーム作れたらいいな」
「そんなに育てるの大変じゃん」
「大丈夫だよ。私とあなたとなら」
「そうだね」
「それと……私が翔のお願いをかなえてあげるんだから、お礼は言わないからね。絶対」
「当たり前じゃないか。お礼を言わなきゃいけないのは僕の方だよ。本当にありがとう、早紀。愛してるよ」翔はそう言って、早紀のほっぺたに軽くキスをした。
すると、またどこからともなくイブが現れて、翔と早紀に向って言った。
「どうやら2人の意思が同じになったみたいだね。そしたらあんた達を入れ替えてあげる」
「よろしくお願いします。翔と私の身体を入れ替えてください」
「らじゃー!」と、イブが答えた。
その瞬間、翔と早紀はまばゆいばかりの光に包まれた。
◇◇◇◇◇◇
読んでいただきありがとうございました。
次の第5話は、女の身体に翻弄される翔と、すぐに男の身体になじむ早紀。こんなんじゃ先が思いやられる! お楽しみに!
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