第5話 戻りたくない……ずっとこのままでいたい……
イブの神通力で、ついに翔と早紀の身体が入れ替わった。
「本当に入れ替わったのかな? 僕が目の前にいる!」
(でもなんか変だな。鏡を見てるのと少し違う。世の中には自分とそっくりな人が3人はいるなんていう都市伝説があるけれど、正に自分にそっくりな別人が目の前に現れたみたいだ)
翔は不思議な違和感を感じながら、今では自分の身体となった早紀を見つめた。そうなのだ。人は外から自分の姿を見る事は出来ない。鏡で見ているのは実は自分であって自分ではない。なぜなら左右が逆に映っているからである。
人間の身体は左右対称ではない。ほくろの位置や耳の形、髪型等。これが不思議な違和感を感じさせた。
早紀も同じ違和感を感じているはずなのだが、翔の声を聴いた時の違和感はそれをはるかに上回る、はっきりとした感覚だった。
「あーっ。私だ! すごいすごい。入れ替わってるよ。でも声が私じゃない……どういう事?」
「そういえば……今の君の声も僕の声じゃないぞ。初めて聴いた。いや……ずいぶん前に聴いた事があるような……そうだ! 録音したのを聴かされた時の声だ」
「そう、それそれ!」
人が自分で聞いている自分の声もまた、やはり自分の声であって自分の声ではないのだ。なぜなら、体内の骨等の振動で、外部に伝わる音とはずいぶん異なる音が発せられるのだから。
こういった事実は、おそらく翔も早紀も知識としては知っていただろう。でも、単に知っているのと現実に目の前で起こっている事を理解するのは訳が違う。
翔と早紀は、確認のため二人並んで鏡に全身を映した。
「本当だ。やった! 入れ替わったんだ」
「そうだね!」
二人は手と手を取り合って叫んだ。
感動で身体が震えた。
まだ二人は、お互いに相手の身体になった事を完全に実感したのではないようだ。
男女の入れ替わり。良くマンガ、ドラマ、映画で見かける話である。でも、大抵はぶつかった拍子にとか、期せずして突然入れ替わるというのが普通だ。翔と早紀はお互いが納得ずくで入れ替わった。
「これから2人で良く打ち合わせしておいた方がいいよ。入れ替わった事が周りに知られたら大変な事になるからね。そうならないようにお互いの情報交換を密にしないとね」とイブは言った。
「たしかにそうだね。2人共入れ替わりの意思がある場合に限るってのは合理的かもしれない」
「それから、言葉遣いに注意して。気を付けないとすぐ今までの言葉遣いが出てくるから」
「うん。本当にありがとうイブ。この恩は一生忘れない。なにかお礼がしたいけど何が欲しい?」
「い、いや別に……あたいら神には欲求というものがそもそもないから。物欲も性欲も何もない」
「そうなの?」
「よかったね二人共。じゃああたいはこれで。しーゆー!」イブはそう言ってまた姿を消した。
イブがいなくなるや否や、早紀はすぐに言った。
「ねぇ、翔、今からしよっか?」
「賛成! もう我慢出来ないよ」
二人は声をそろえて言った。なにしろつわりがひどかった最中、全く夜の生活が行われなかったのだから。ちょうど入れ替わったタイミングで、二人は激しい性欲に襲われていた。
二人共、生まれて初めて異性の性感というものを味わったのだ。翔は女の、早紀は男の。二人はほぼ同時に達した。
「女の人の性感って本当に激しいね。でもそれ以上に頂点が長く続くのがたまらない。まだ余韻が残ってる。は~っ。ねぇ早紀、男になった感想は?」翔は汗びっしょりで頬をそめ、うっとりした表情を浮かべて早紀に尋ねた。
「うん、する前とイク寸前は男の人もけっこう強い感覚じゃんって思った。でも短いしあっという間に引いちゃうんだね。やっぱり女の方がいいかな」
我を失ったような様子の翔とは対照的に、早紀は冷めた感じで言った。
早紀は更に続けた。
「男の人ってこうなんだ。さっきまでの性欲が完全に消えちゃった。今はなんか罪悪感が凄くて何もしたくないの。こんな感じはじめて」
「それが賢者タイムっていう現象だよ。女の人でも生じる人はいるみたいだけど、早紀にはなさそうだったね」
「
「いやたぶん出てる。ごめん、付き合ってくれない?」
「ちょっときついかな。そう言う事考えられない状態だから。申し訳ないんだけど自分でして」
「えーっ」
「あなたがしてくれたように、ずっとそばで見てるから」
「わかった」
とは言いつつも、翔はせっかくの女の性感を楽しもうと思った。汗びっしょりになってしまったので、少しづつ服を脱ぎ始めた。
まず上着を脱ぎ、続いてゆっくりとスカートを降ろした。でもストッキングがなかなか脱げない。
「早紀、これどうやって脱ぐの?」
「生地を裏返しながら引き下げていくの。無理に引っ張ると伸びちゃうから気を付けて」
「慣れるまでが大変そう」
脱ぎ終わり、丸めて置く。
翔はふたたび行為を開始した。
(うおっ、やっぱり男とは全然違う)
「すごい、全く賢者タイムがない」
すぐに自分の身体を慰める翔。
翔は体力の限界が来て、そのまま気を失った。
しばらくして目が覚めた翔は、目を潤ませながら、目の前の早紀につぶやいた。
「早紀、もう元に戻りたくない。ずっとこのままでいたい」
この時、翔はまだPSASの本当の怖ろしさを知らなかった。
◇◇◇◇◇◇
読んでいただきありがとうございました。
次の第6話は、妊娠による身体の変化と、想像を絶するPSASの症状に早くもギブアップしそうな翔。いったいどうなるのでしょうか。お楽しみに!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます