最終話 チャレンジは続くよどこまでも

 なんとか無事に終わった翔の出産。


 退院した早紀と翔は、二人が入れ替わっていた間の思い出話に花を咲かせた。

「今だから言うけどさ、女の人ってすごい刺激的だよね。やっぱり今でも女の人に生まれ変わりたいっていう気持ちは変わらないよ。むしろますます強くなった」

「えーあんなに痛そうだったのに? また出産したいと思う?」

「うん。また産みたい」


「どんな感じだったの?」

「まず、出産中はとにかく痛くてたまらなかった。僕でも耐えられないくらいだからかなりの痛みだと思うよ。下痢の100倍くらいかな」


「生理痛と比べるとどう?」

「それわかんない。だって入れ替わったの妊娠した後だから」


「あーそうだよね。どうせなら毎月の大変さも翔に味あわせたかったな」

「そっか。そう言えば女の人が大変なのは出産だけじゃないんだよね」

「そうそう」


「でもね、本当に最後の最後なんだけど、赤ちゃんが出る瞬間がすっごいスッキリした。10か月分の便秘が一気に解消したような爽快感だね」

「へえ~っ」


「やっぱりまた入れ替わって僕が産みたいな」

「ダーメ。次は絶対私が産むんだから」

「いいな~」

「何言ってんの。私の代わりに産んだくせに!」


「それに、あの痛みを耐えてでも、女の人の性感はやっぱりうらやましい」

「私みたいにPSASイクイク病でも?」

「だいぶ症状軽くなったでしょ」

「うん」


「やっぱり女の人がいいな~」

「やだな~もう。あれだけ経験すれば十分でしょ」

「あーまた子供欲しいね」


「そんなあせらなくても。これからいくらでも作れるよ」

「あんなに苦労したのに?」


「大丈夫。だんだんコツが分かって来たから」

「それにしても元に戻ってから、PSASの症状がすごく改善されたのはなぜなのかな?」


「やっぱりリラクゼーションが良かったんじゃないかな。カトミナのおかげだよ。良くお礼言っといた方がいいよ」

「そうだね」

(ちょっと心配だけれども。カトミナ、早紀の事諦めてくれればいいけどな。なんかそんな事言ってたっけ)


 二人の話は終わりそうもない。



◇◇◇◇◇◇



 そんな中、ついにカクヨムコンの結果が発表された。


 残念ながら、翔は2作品共賞をとる事は出来なかった。


「まあ、今回初めての応募だからね。しょうがないよ。これからも引き続きがんばっていこう」

「そうだね。翔の『セクシャルマイノリティーが結婚したら悪いか』なんてランキングもいい線いってたのにね」


「ランキングはあくまでも目安だからね。読者選考を通過出来るだけのランクをとれれば、あとは中身で勝負するしかない」

 翔のセリフは、強がりがかなり含まれてはいた。自分の渾身の作品なのだから、やはり落選はかなりショックのはずである。


 でも、あまり落ち込んでいる感じではない。むしろ以前よりも書く事が楽しそうに見える。


「書き上げた時はさ、もうこれ以上の作品なんて自分には絶対書けない、だからなんとしてでも賞を取りたい、って凝り固まってたけど、今はもっと書きたい題材が次々と浮かんで来るようになったんだ。まだまだ勝負はこれからだよ」

「やる気満々だね」


「特に出産体験をベースにした話はもう書きたくてウズウズしてる。カトミナの事も入れてね」

「がんばろうね。私だって負けないよ」


 コンテストの賞は逃したものの、セクシャルマイノリティの造詣ぞうけいが深い人気作家、金畑ヒロが翔の作品を大々的に取り上げ、講評してもらう事が出来た。これをきっかけにyoutubeコミックの原作を作って欲しいとの依頼を受けた。


「ねえ、翔、見てみて。翔が原作を書いた小説がyoutubeで流れてるよ」

「やっぱり嬉しいね。自分の作品に絵が付くってこんなに感動するんだ」

(これで一応、作家の第一歩を踏み出したと言っていいんだろうか?)


 この先どうなるかなんて全く分からない。単にyoutubeコミックの原作に使われただけなのだから。今のご時世、書籍化されたから、コミカライズされたから一生安泰とはいかない。厳しい嵐が吹き荒れて、どこかにふっとばされてしまうかもしれない。


 それでも、翔と早紀は「物語を作る」事を続けるに違いないだろう。


 なぜなら、それが自分達の何よりも好きな事なのだから。



◇◇◇◇◇◇



 翔と早紀は、生まれて間もない子供を早紀の両親に預かってもらい、気分転換もかねて夫婦水入らずで旅に出た。新婚旅行以来で、伊豆のヒリゾ浜の海岸を訪れていた。二人で海を見ながらとりとめもない話をしていた。


「ねぇ、翔」

「何?」

「あれからイブはどうなったの?」


「うん。あいつとにかく冷たいんだ。あの出産の最中に彼女流の激励(?)の言葉をかけてくれて以来、一度も姿を現さない。顔ぐらい見せて欲しいよ。せめて一言お礼を言いたかったのに」翔は、唇を尖らせて不平をつぶやいた。


「たぶん興味ないんじゃない。神様にとっては私達人間がどうなろうが大した事じゃないんでしょうね」早紀は、しょうがないねという感じで応える。

「だろうね」


 そうなのだ。イブにとって翔達人間は手のひらの上の孫悟空みたいなものである。だからこそ、イブはお説教がましい事なんてこれっぽっちも言わなかった。


 翔がどれだけの覚悟で入れ替わりの決意をしたのかの試し方も秀逸だった。

「あれは、本当にアイツらしいやり方だったな」

 翔は、イブと出会った日のやりとりをなつかしく思い出していた。 

(おーい、いるなら一度くらい顔をみせてくれよ)


 それでもイブは全く姿を現す気配も見せなかった。イブも、早紀との入れ替わりも、実は夢だったんじゃないか。そんなふうにも考えた。

(ありがとうイブ。やっぱりお前は僕のたった一人の女神だ)

 変な言い方かもしれない。でも彼女のおかげで間違いなく翔と早紀の絆は深まったのだ。


 何よりも二人の愛の結晶である子供に出会えた。


 それでもまた、いつ夫婦の危機が訪れないとも限らない。愛が永遠だなんて所詮幻想に過ぎないのだ。

 

 でも翔は全く心配していないみたいである。

(大丈夫。そのときはきっとまたアイツが現れる)

 翔は早紀の肩に手を乗せて、寄せては返す波をいつまでも見つめていた。





◇◇◇◇◇◇



「妻の代わりに僕が赤ちゃん産みますっっ!! ~妊娠中の妻と旦那の体が入れ替わってしまったら?  例え命を落としても、この人の子を産みたい」最後まで読んでいただきありがとうございました。


 現在、「第8回角川文庫キャラクター小説大賞」にエントリーしてます。


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