第3話 恋の卒業式は神前式で!

 翔と早紀は、当初籍だけ入れて式は挙げない予定だった。


 というのも、翔は、早紀があの大人数の前でPSASイクイク病の症状に苦しめられるのは忍びないと思っていたからである。


「なあ早紀、式はどうしようか」

「出来れば大勢の人の前に出たくないけど……でもやっぱり一生に一度の晴れ姿をお父さんとお母さんに見せてあげたいんだよね」


「大丈夫なのか」

「なんとか我慢するよ。今までだってそういう事はけっこうあったし」


「そうか。それでさ……今思ったんだけど、教会やホテルよりも神前式の方がいいんじゃないかな」

「私も同じ事考えてた」


「やっぱりそうか。神前式なら基本的に親族しか出席しないからね。出来れば友達を呼んでワイワイしたかったけど、それじゃ早紀は緊張して症状もひどくなるかもしれない。なるべく身体の事を第一に考えよう」

「翔、ごめんね」


 今時「ジミ婚」なんていう言葉もあるように、結婚式も派手にしない人が多いようだ。


「出来ればウエディングドレス着たかった。小さい頃からのあこがれだったから。でも打掛けの方がたぶん周りに匂いが広がりにくいと思う。汚れも目立たないしね」

 とにかく式の最中に早紀に恥ずかしい思いをさせない事が大事なのだ。


「打掛けはドレスみたいに露出が多くないのも私に合ってる。私かなり痩せてるでしょう。ドレスだと痛々しくなっちゃうからね」

「そっか」

「それに私、人前で翔と誓いのキスなんて絶対出来ない」


「神前式なら誓いのキスしなくていいしね。本当はしたいけど」

「私だって同じだよ。でもそんな事したら式の最中に気を失うかも……」


「おいおい、そりゃまずいよ。でさ、僕もタキシード着てみたかったけど、よく考えてみたらあれ、長身の人じゃないとあまり似合わないんだよね。僕には羽織袴はおりはかまの方が合ってる気がする」


「そうだね。翔はカッコいいと言うよりカワイイっていう感じだから」

「ひでーな。当たってるけどさ」


 翔は、更に前から考えていた事を早紀に伝えた。

「それと式が終わったら2次会はしない。ちょっと残念だけど。今時は2次会無しは全然珍しくないんだ。ゼクシィのアンケートでも2次会をしなかった夫婦は、首都圏だと半数を超えてる。晩婚化で、若い人達よりも体力的に厳しいという事も関係してるみたい」


「そんな事まで調べてくれたんだ。ありがとう」

「ああ。君のためなら何だってするさ」

「もう、翔ったら!」



 ついに結婚式の日が来た。


 まさに結婚式日和とも言える程、雲ひとつない日本晴れだ。


 早紀は、家族に見守られて神に愛を誓うのは少し恥ずかしい気持ちもあったが、いざ式が始まるとそんな気持ちはすっかりなくなっていた。ただ感謝の気持ちと、翔の奥さんになれて嬉しいという気持ちでいっぱいだった。


 早紀の両親の目からは、既に涙が溢れていた。

「早紀、幸せになりなさい」

「……お父さん、お母さん、ありがとう」


 五つ紋付き羽織袴に身を包んだ翔と、早紀は色打掛け姿で三々九度の盃に臨んだ。これは、御神酒おみきを大・中・小の3つの盃に注いで新郎新婦で飲み交わす儀式だ。


 御神酒を一つの器で交互に飲む事が「夫婦として固い絆を結ぶ」「一生苦楽を共にする」という意味を持つのだ。


 続いて誓詞奏上せいしそうじょう。こちらは新郎新婦が二人で誓いの言葉を読み上げる。


 通常は新郎が誓詞の全文を読み、新婦は自分の名前だけ読み上げる。


 更に水合わせの儀。新郎新婦が両家の実家で汲んできた水を注ぎ合わせる儀式である。


「新郎新婦が一つになる」とか、「二つの家族が一つになる」という意味合いがある。


 最後に手合わせの儀だ。これは、新郎と新婦が祭壇の前で向かい合って、手の平をそっと合わせる。


 指輪を交換した後に行う。新郎新婦が結婚指輪をはめた左手を合わせて、「この人の手を離さず、愛していきます」と心の中で誓うのである。

 

「早紀、凄く綺麗だよ、これからもよろしく」

「ありがとう」


 家族や親戚の人達に祝福された。


 地味だけど、素敵な恋の卒業式。仲間は来れなかったけど。

 どんな苦しみも、きっと2人なら乗り越えていける。



 感動の結婚式を終え、両家と親戚一同で懐石料理を囲みながら談話を楽しんだ。


 翔は早紀を姉の杏奈に紹介した。外資系企業勤務で海外出張の多い杏奈と、早紀はまだ直接顔を合わせた事がなかったのだ。

「姉さん、早紀に直接会うのは初めてだよね」

「そうだね。なんだかんだで機会がなかった。でも翔、本当にいい人見つけたね」


 早紀は杏奈に挨拶した。

「ありがとうございます。早紀です。これからよろしくお願いします」


「そういえば姉さんは結婚しないの?」

「私はまだ自由でいたいからね」

「そんな事言ってると売れ残っちゃうぞ~」

「うっせーわ。あなたが思うよりモテるんです!」



 式が終わり、翔と早紀は式場である神社の隣にある、ホテルの一室でくつろいでいた。

 

 今日はそのまま一泊して明日の朝帰宅予定だ。


「いい式になったね」

「そうだね。でも凄く疲れた」


「症状はどうだったの」

「やっぱり何度も出て来た。緊張するとそうなの。でも大丈夫」

「やっぱりそうか」


「打掛けにして正解だったよ。パッドを入れていても下着が酷い事になってる。ウエディングドレスだったら匂いがすごかったかもしれない」

「残念だけど仕方ないよね」


 もうホテルの部屋から出る事もないので、備え付けてあったガウンに身を包んだ。


 二人でベットに寝転びながら今日の写真を見返す。


「君の両親涙目だったね」

「そういう翔だってかなり涙目だったよ」


「まあ、今日から君が俺の嫁さんになって嬉しいからね」

「本当?……私もだよ、翔」

 翔はきつく早紀を抱きしめた。


 翔と早紀はいつもの2人だけの「儀式」を荘厳にとり行った。



 翔達はまだ婚姻届を出していなかった。


 明日二人で役所に出しに行くのだ。


 これで二人は晴れて正式な夫婦となる。


◇◇◇◇◇◇



 読んでいただきありがとうございました。


 次の第4話は、翔と早紀が新婚旅行に行きます。今回もまた翔が早紀の身体への配慮を。妬けるぜこんちくしょ~。お楽しみに!

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