第6章 命がけの出産

第1話 承諾可能性1000%の誘惑

「何だよ、そのもっと面白い願いって」

「まあ、そうあせらずに聞きなよ」


 イブはあいかわらず笑みを浮かべている。

「ところであんた、女優の古橋エリの大ファンだったよね」

「なぜ君がそんな事知ってんの?」


「あったり前でしょ。なんてったってあたいは神様なんだからね」

「何でもありっての嘘じゃなかったっけ?」

「そうだけど、やっぱり神様だからね。すべての神はすべてを知っているの。つまり神は全知の存在」


「へー」

「ところが、この話が一人歩きを始めてしまって、いつの間にか神は『全知全能』って事になった。これは半分正しくて、半分嘘なの。『全知』だけが正しいんだ」


 イブの話は、どう考えてもおとぎ話としか思えないのだが、中途半端な現実感もあり、翔は次第に真剣に話を聞き始めていた。


「それでさ、古橋エリの話に戻るけど、どうせならあんたのあこがれの人、エリと入れ替わってみない?」

「へっ?」


「あたいが、あんたとエリの身体を入れ替えてあげようかって言ってんの」

「そんな事出来るの?」

「もちろん。入れ替える人に何も制限はないから。なんならもっと凄い人でもいいよ。例えば……」


「例えば?」

「そうねぇ……世界有数の大富豪、セーレン・マリット夫人なんてどう? 一生お金の心配要らないよ」

「すごいなそれ。究極の逆玉じゃない?」


「逆玉って……あんたから見たらそうなのか。なんかややこしいな。あまり神をからかわないように!」

「大真面目なんだけど」

「そりゃどーも。でもさ、マリット夫人はあまりおススメしない」


「それはまたどうして?」

「絶対誰にも言わない?」

「分かった」


「実はさ……表向きはオシドリ夫婦と言われてるけど、それはマスコミ対策なの。あの二人は仮面夫婦もいいとこだよ」

「そうなんだ」


「それにね……」

「なになに?」

「あんたが女に生まれたかった理由の一つに、男よりも性感が高いからってのがあるでしょ」


 翔は顔を真っ赤に染めて言った。

「そ、そんな事まで知ってるのか! 恥ずかしいなあもう……」

「だから言ったでしょ。あたいは神様だって」


「分かった。そこまで言われたら君の言う事信じるよ」

「やっと信じてくれたんだ」

「それで、さっきの話だけど……」


「あんたちょっと誤解してる。たまたまあんたがかかわった角田美紅と、奥さんの早紀の感度が良かったんだね。それで過度に一般化してるけど、実際は女は男以上に性感の個人差が激しいの。それでね……」

「もしかして……」


「マリット夫人は不感症なの。あんたの方がずっと夜の生活は充実してるよ」

「そうなんだ。どんなにお金持ちでもそれは嫌だな~」


「ドスケベ! しょうがないな~もう。まあ、周りが羨むような地位を持つ人でも、本人が幸せかどうかは場合によるよね。神やってるとそういうの手に取るように分かる」

「すごいな。さすが!」

「少しは尊敬した?」


「大いに尊敬しますです」

「敬語やめてよ。嫌いなんだ」

「分かった。それにしても神様にはを課す必要があるんじゃないかな。個人の秘中の秘まで知ってるなんて」


「固い事言わないの! ここからが大事なんだから。最初の話に戻るけど、なぜエリをすすめるかっていうと、エリは世界レベルで5本の指に入る程の性感の持ち主だから」

「何だって!」


「性感だけならもっと上の人もいるけど、エリは有名女優でしかも旦那も有名プロデューサーの春先コージでしょ。やっぱりお金の心配がいらないっていいよね。世界有数の大富豪よりもこれくらいの方が幸福感は高いんじゃないかな」


「そりゃもうエリリンと入れ替われるなら、死んでもいいくらい嬉しいけどさ」

「どう? こんな魅力的な提案、受けるしかないでしょ」


「ちょっと待って」

「何よ。まだあたいの事信じられないわけ?」

「そうじゃないけど、ちょっと確認してもいいかな?」


「?」

「僕とエリリンが入れ替わるって事は、当然エリリンが早紀の旦那になるって事だよね?」

「そういう事になるね」


「そしたら、エリリンは早紀のめんどうを見て、無事出産出来るようにはからってくれるかな」

「そんなの期待する方がおかしいでしょ。だってエリは、あんたみたいに早紀に愛情は持ってないんだから」


「やっぱりそうか。そしたらエリリンじゃなくて、早紀と入れ替えて欲しいんだけど」

「あんた正気? 天下の古橋エリと入れ替わるチャンスなんだよ。あたいの気が変わらないうちにこの申し出を受けた方がいいと思うんだけど」


「やっぱり早紀を愛してるから見殺しには出来ないんだ」

「ヒューヒュー。お熱い事で。でもさ、良く考えてみて。世の中の夫婦って結婚する時には永遠の愛を誓うじゃない。でもどれだけ多くの夫婦が離婚してると思う?」


「それは……」

「離婚しないまでも家庭内離婚の夫婦まで含めたら、かなり多くの夫婦が上手くいってないからね」


 たしかにイブの言う事にも一理ある。なにせ現代の日本では、3組に1組が離婚していると言われているのだから。

「神がこんな事言ったら身もふたもないかもしれないけどさ、愛なんて幻想に過ぎないんだよ。それよりもお金も美貌もある楽しい人生の方が大事だと思うけど」

「そうかもしれないけど……」


「大事な事なのでまた言うけど、エリは感度抜群だから。夜の生活が10倍楽しくなるよ。早紀と違って普通の身体でだよ」

「早紀の事を悪く言わないでくれ」


「はいはい。しょうがないね。今すぐでなくていいからよ~く考えて返事しな。あんたは絶対あたいの提案を受ける事になる。気が変わったらいつでもあたいを呼びな」


 イブはそう言い残して、また突然姿を消した。



 さて、翔はイブの提案に魅力を感じなかったと言えば嘘になる。なにせずっとあこがれていたエリリンこと古橋エリと入れ替われるのだ。しかもその人が世界レベルの性感の持ち主だったとは。


 ただでさえ翔は女に生まれたかったトランスジェンダーなのだ。この際、早紀の事は忘れてイブの言う通りにした方がいいのではないか、そんな悪魔のささやき(?)が何度も翔の頭をよぎった。


 その日翔はすぐに家に帰る気になれず、あてどもなく街をさまよい歩きながら、今日の夢のような出来事について考え続けていた。


 そして……

「ただいま」

「おかえり翔。ずいぶん遅かったね」

「ちょっと考え事してて」


「私、今日もひどいつわりだったんだよ。しばらくはなるべく早く帰って来てって頼んだよね」

「うん、忘れてたわけじゃないよ」


「だったらなんでこんなに遅くなったの?」

「それは……」

「翔、私がこんなだからって、他の女の人と会ってたんじゃないでしょうね」


「まさか……僕が君以外の女の人と会うわけないじゃない」

 と言いつつも、一応イブも女の人といえば女の人である。敏感な早紀はこの翔のほんのわずかな後ろめたさを見逃さなかった。


「翔……あなたもしかして……」

「ち、違うよ、誤解だって」

「ひどい。もう信じられない……バカバカバカ!!!」


 また早紀とケンカしてしまった。夫婦喧嘩は犬も食わないとは良く言ったものだ。

 いたたまれなくなった翔は、家を飛び出していた。


◇◇◇◇◇◇



 読んでいただきありがとうございました。


 次の第2話は、再びイブが翔の前に! 翔は何と返事するのでしょうか? お楽しみに!

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