第4章 クマノミとイソギンチャクの結婚
第1話 イソギンチャクの献身
翔と早紀が水族館に行った時の事。
「早紀、見てみて。クマノミとイソギンチャク。お互いに助け合って生きてるんだよね。なんか僕達みたいだと思わない?」
クマノミとは、オレンジ色ベースの身体に白い帯のあるかわいらしい魚だ。
良くテレビ等でイソギンチャクの中に隠れている映像が流されている。
このクマノミとイソギンチャクは、生きもの同士が「共生」の関係にある典型的な例として知られている。
「共生」とは、ある生きものが別の生きものと一緒に生活し、お互いに利益を得ている関係の事をいう。
イソギンチャクの触手には毒があり、通常であれば触れた生きものはマヒして食べられてしまうが、クマノミは触手に触れても大丈夫なのだ。
なぜ大丈夫なのかの謎が最近の研究で解明された。クマノミの体表を覆う粘液の化学組成がイソギンチャクの粘液の化学組成に似ており、イソギンチャクはクマノミを餌とは認識出来ないのだ。
だから、クマノミはイソギンチャクに外敵から守ってもらいながら、動けないイソギンチャクに餌をおびき寄せたり、近くを泳ぐことで新鮮な海水をイソギンチャクに送っているのである。
「そうだね。でも翔知らないんだ。クマノミって、時々イソギンチャクの触手をつついて食べてしまう事があるんだって」
早紀は千葉県船橋市の海の近くで育ち、海洋生物について詳しかった。翔は哺乳動物や、ヘビとかカエルは詳しかったが、魚はそれ程でもなかった。
釣りが好きなので、川魚はわりと詳しかったけど、海のない埼玉県出身という事もあって、海の魚や他の海洋生物にはそれ程詳しくなかったのである。
「そうなんだ」
「翔さー、もしかして映画『ニモ』はクマノミって思ってる?」
「どう見たってクマノミじゃん」
「違うよ。良く似てるけど、『クラウンアネモネフィッシュ』っていう別の魚なの」
「早紀、良くそんな事知ってるな。僕だって動物にはけっこう詳しいけど知らなかったよ。さかなクンもビックリするんじゃね」
「えっへん! じゃあ、もう一つ面白い事おしえてあげる」
「何?」
「もしクマノミになれたら、翔の願望が叶うかもしれないんだよ」
「えっ⁉」
「クマノミはね、性転換する魚なの。オスがメスになるんだよ」
「そうなんだ! けっこうそういう動物がいるって事は聞いた事があるけど、クマノミがそうだったなんてビックリ」
「クマノミがイソギンチャクの触手を食べてしまうみたいに、私、翔になら食べられてもいいかな……」
「そんな事しないって……」
「なんかまた勘違いしてるし。いつも食べないで食べてるでしょ」
「そっちかよっ!」
嬉しかった。翔は思わず人目もはばからず早紀を抱きしめる。
「翔。最近ストーカーで困ってるの」
早紀はストーカーに心当たりがあるみたいだった。というのは、過去に早紀が付き合った男はほぼ全部早紀が一方的に振られるという結末らしいのであるが、一人だけ早紀から振った男がいるとの事。名前は木内和也。別れを切り出した理由は、あまりにも束縛し過ぎるからだそうだ。
なにせ、他の男とちょっと2人で話をするだけで「浮気しているだろう」みたいな事を言うんだとか。
「無言電話が来たり、誰かに後を付けられているみたいなの」
「防犯ブザーとか買った方がいいんじゃない」
「そうだね」
「心当たりがある奴かどうかは分からないの?」
「今の所分からない。本当にストーカーかどうかも微妙だし」
「でも注意するに越した事はないよな。僕も気を付けるから」
翔はしばらくの間、早紀の周辺に気を付けて過ごす事にした。
「やっぱりストーカーは和也だった。尾行に気付かないふりして待ち伏せてたら、私の目の前に来たの。そしたら逃げていった」
「警察に届けよう」
警察に届け出た事で、早紀のストーカーもどうやら諦めてくれたようだ。ひとまず良かった。
しかし、そう思ったのもつかの間、和也は警察のマークが緩くなりそうな時期を見計らうかのように、再び翔と早紀の住むマンション周辺をうろつき始めた。
翔は早紀から、交際していた頃に撮影した和也の写真を見せてもらっていた。
近くを怪しげな表情でうろついていた和也を見つけ、声をかけた。
「木内和也さんですか?」
「なぜ俺の名前を知ってる? 早紀に聞いたのか」
「そうです」
「早紀は俺の女だ。早紀にちょっかい出すんじゃねぇ」
「何言ってるんですか。僕は早紀の恋人です。早紀はあなたとはとっくに別れたと言っています。つきまとうのはやめていただけませんか」
「お前こそ早紀から手を引け」
「お断りします」
「てっ、てめえ!」
和也は右手をポケットに忍ばせたかと思うと、次の瞬間、ナイフで翔に切りかかってきた。和也は翔を逆恨みしていたのである。
早紀が自分になびかないのは、翔という邪魔者がいるからだという自分勝手な妄想に支配されていた。
その時、物陰から2人のやり取りを見守っていた早紀が飛び出してきた。
早紀は、翔をかばうようにして突き飛ばし、和也のナイフが早紀の背中を突き刺した。
崩れるように倒れる早紀。それを見て自分のした事に驚き怯えた和也は、ナイフをその場に落として逃げ出した。
翔はすぐに早紀の元に駆け寄り、声を掛けた。
「早紀!!! 死ぬな! 死んじゃだめだ! 僕を一人にしないでくれ! 愛してる!」
「ありがとう……その言葉……ずっとずっと聞きたかった……」
早紀は、クマノミである翔のために自らの触手を捧げてくれたイソギンチャクそのものだった。
早紀は病院に運ばれ、
しかしICUにはいくら彼氏とはいえ、部外者はそう長くいる事は出来ない。翔は病院の廊下の椅子に座って、手を合わせて神に祈り続けた。
(神様、ふだんはあなたの事なんて考えもしないのに、こんな時ばかり頼んですみません。でもお願いします。僕の命をあげてもいいです。どうか早紀を助けてください)
早紀は3日間生死の境を
翔は、ICUで早紀にプロポーズした。
「早紀、僕と結婚してくれ。もう離さないよ」
「嬉しい……こちらこそ」
◇◇◇◇◇◇
読んでいただきありがとうございました。
次の第2話は、翔と早紀がお互いの両親に結婚の報告をします。お楽しみに!
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