チャプター3 週が変わり、なんでも課の1日が始まった。

 月曜日。毎度のことながら、富蔵はボッチだった。

 10月の第2週だというのに、あまりの暑さで、市役所をぐるっと囲う、薄紅色うすべにいろのそめいよしのが狂い咲きを始めた。


 そこを右に左折してくださいっていう、わけわかめな係長とも、今日は一度も顔を合わせなかった。


 やる気スイッチをONにした。

 新聞に目をやると、けつに生きたウナギを入れた中国人が、腸を食い破られ、死亡した記事で目が点になった。


 腸穿孔ちょうせんこう

 そして救急車。

 

 ほんと中国人と韓国人は理解ができんわ。富蔵は、コーヒーを改めてすすり、口角を耳元に向けて再び引っ張った。


 アラウンド40(フォーティー)、アラフォーの部長は、今日は一日出張で顔を合わせることもなかった。


 幸せは人と比較することで不幸を招く。ねたみや、ひがみは、自分の価値を下げる。捨てる神ありゃ、拾う神ありで、人生はプラスマイナス、よくできている。


 人にした不義理や粗相そそうは、回り回って帰ってくるから不思議だ。

 机の上の、フェイクのオモチャを手に取った。ブリキのおもちゃに救われる思いがした。


 今日のスケジュールは、午前中にスズメばちの駆除が3カ所。

 市内の北から南まで、すみずみ網羅もうらする展開だった。


 宇宙服のような防護服を着て、はちを駆除する。銀色のモビルスーツみたいな防護服は、もこもこしていてとても動きづらい。


 そして午後1番に、作物さくもつ受粉用じゅふんようにミツバチの貸出しを行う予定。はちが世界から激減していて、農家も困り果てている現状に目を向けた。


 富蔵はライトバン、レッツラGOに乗り込み、スズメはちの現場に向かった。


 車内のラジオからは、デーゲームの巨人戦が流れていた。

 東京ドームで巨人がホームランが多いことを受け、ドームランが存在し、巨人に有利なように巨人が攻撃するときのみホームベースから外野に向け強い風が吹くのだと阪神の解説者が難癖をつけた。


 元巨人エースピッチャー、桑田氏が、

 「それはないでしょ。もし本当なら大問題になりますよ」

 真っ向から否定した。


 ラジオをFM東京に切り換えた。

 今度は大阪、四條畷しじょうなわての有名運命鑑定家、多野真未が、5行を整える感情コントロール法を説明していた。


 「怒る気持ちを沈めたいなら、思いやる気持ちを強く持つか、深く悲しみを知ることです」

 柔らかい口調で言った。


 「よく怒る人は、悲しい映画を観て涙を流すと、すっきりします。これで怒りの感情が不思議と消えるものです」

 多野真未さんが解説した。


 相克の関係にある怒りという感情と悲しみの感情。これらはどちらが強すぎてもよくないらしく、バランスがとても重要なのだと言った。


 なごやかな農道が続く奥まった場所に、広大な敷地を利用して民家が建っている。

 屋根はキャラブキ屋根で、枯れ草のわらが茶色く変色し、幾層にも重ねられている。


 きゃらぶき屋根のある家の側面、漆喰しっくいの1番高い場所に、50センチほどのスズメはちの巣がある。


 人に危害を加えないうちは許された飼育も、近所の子供を刺したことから、急遽きゅうきょ駆除くじょに話が変わった。


 依頼者の金子さんは、駆除したあと、立派な蜂の巣を玄関に飾りたいと思っていた。そして蜂の幼虫も、フライパンであぶり、食べたいと思っていた。


 スズメ蜂にも色々な種類がある。今回駆除するのは大スズメ蜂、黒スズメ蜂ではなく、黄色スズメ蜂だ。


 万一、刺されたときのため、ポイズン・リムーバーを5つ用意した。

 ポイズン・リムーバーは、万一刺されたとき、毒を吸い出すのに有効な手段だ。


 値段も手頃で、蜂に刺される可能性がある人は、用意しておいた方が良い。

 特に山道をハイキングするときや、林間コースを散策するときは、用意しておいた方が無難だ。


 いつどこで、蜂の巣の近くを通るかもわからないし、山の中で蜂の大群に攻撃されてからでは手の施しようがない。


 そんなスズメ蜂にも、天敵がいた。

 スズメ蜂を補食する野鳥。熊。ムシヒキアブやオニヤンマ。オオカマキリ。クモ。そして大型のトンボが、これにあたる。


 巣の幼虫を食べたり、寄生するスズキベッコウハナアブ。モモイロシマメイガ。カギバラバチも、スズメ蜂の生命を脅かす存在で、成虫に寄生する線虫。菌類。スズメバチネジレバネも、スズメ蜂にとって脅威だった。


 駆除料金は1万円。

 民間より数千円、安く請け負う設定になっていた。請け負うのは「なんでも課」直轄のシルバー人材センターか、人手が足りているときは、海老名市役所『なんでも課』、もっぱら富蔵が請け負った。


 富蔵はアナフィラキシーショックで、1度、死にかけたことがある。

 事前にアドレナリンを主剤としたエピネフリン製剤を注射したので、大丈夫と思って過信していたのが、よくなかった。2度目だったこともあり、アレルギーでショック症状を起こした。


 アドレナリンの筋注、抗ヒスタミン剤を投与して、なんとか症状は緩和されたものの、心停止の恐怖は、その後、何度もフラッシュバックされた。


 2件目の駆除に向かい、なんとか11時45分。3件目の駆除を終えた。

 今日は2時間の昼休みがとれるので、お昼を厚木の川入園で、ウナ重の松。大盛りを食べることにした。


 あらかじめ予約しておいたウナギは、ジューシーでとてもおいしかった。

 関東のウナギと、関西のウナギの違いは「さばき方」、「焼き方」にある。


 関東ではウナギを白焼きしたあと1度、し、再び焼くため、柔らかくふわっとしてるが、関西は蒸さずに焼くので、脂がのってパリッとして香ばしい。


 きっかり30分で食事を終え、受粉用のミツバチの貸出しを行うため、市役所に戻った。


 年々、農薬で減り続けるミツバチを待ち望む農家は多い。

 あるものは人を襲い駆除され、あるものは受粉用に重宝される。


 良いはちと悪いはちというわけではないが、人間と共存できる。できないの分かれ目は、生命体にとってとても重要な意味を持つ。


 そうこうしているうちに、富蔵の携帯電話が鳴った。

 海老名の中新田で、巨大な大蛇を見た、という通報だった。 


 大蛇はアルビノで、色がなく、珍しい白色をしているようだった。

 どうやらコレクター愛好家が逃がしたのか、逃げ出したのか、わけあって町中を徘徊しているようだった。


 富蔵は市役所に戻り、ヘビの捕獲道具と、網さお。さおに針金がついた、七つ道具を車に積み込んだ。


 30分ほど現場周辺を探索したが、大蛇を見つけることはできなかった。

 アナウンスを流してもらい、市内全域に警戒警報を鳴らしてもらった。


 それにしても一体どこに隠れているのだろう。大蛇は一向に姿を見せなかった。

 市役所に戻ると、ミツバチの貸出しを行う時間になった。


 今回も希望者全員の手には行き渡らなかった。

 3時半からデスクワークを再開し、スズメ蜂の駆除を行った伝票を整理した。お金を部長に手渡した。


 そうこうしているうち夕方になり、隣の家の便所から“助けて”と声が聞こえる。またしても通報があった。通報をたよりに、本郷の民家へと向かった。


 警察を連れ室内に入った富蔵は、便所のドアが室内からロックされた状況を見て、これは他人事たにんごとではないな。

 目を丸くした。


 うがあ~。がるるるう~。

 毎年1~2件発生する便所閉じ込め事件。つっかえ棒や、鍵の故障で、室内に閉じ込められる事件が、ここにきてなぜか増えているような気がしてならなかった。


 建物の老朽化が原因なのだろうか?

 去年は独り身の老人が便所で餓死して発見された。


 ここが団地だから、隣の人に気付いてもらえたものの、離れの戸建てだったら、そう思うとぞっとした。


 便所にはホイッスル。笛を1つ置いておくことも必要だと市役所のホームページに注意書きした。


 月曜日の業務は、これで終了となった。

 ふひ~。ちかれたび~。


 自分で自分をほめてあげたい。早々に帰宅した富蔵は、質素な夕食にビールを2本追加し、かみさんとの晩餐ばんさんを楽しんだ。とんがりこーんをぽりぽりかじり、テレビ番組に釘付くぎづけになった。

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