チャプター4 補欠、鬼太郎の一日。

 新宿2丁目、ゲイバー。ピンクソーダに勤める鬼太郎は、今年29歳になる。アヤのボーイフレンドでもあり、ゲイの一面も持ち合わせる。


 髪の毛はサラサラで、片目を髪で隠しているので、皆から鬼太郎と呼ばれている。ここに目玉のオヤジがいるのよっていうギャグが売りで、一応、大学を出ている。


 ゲイに目覚めたのは小学生の頃で、おそらく母親の胎内たいないにいた頃から、ゲイに目覚めていたと自分では思っている。


 幼少の頃から好きになるタイプが同性の男の子だったので、自分でも変だとは思っていたが、カミングアウトしてからはかなり気が楽になった。


 公園の発展場で知り合った、チーママの紹介で勤めるようになって早5年。サラリーマンの仕事も辞め、今ではピンクソーダ1本で、生計を立てている。もう勤めて5年になる。


 『あれからもう5年か、早いな』

 鬼太郎はサラリーマン時代を思い出し、ゲイの道に入ったことを順を追って回想していた。今では天職だと胸を張って言えるようになったものの、勤めはじめの頃は苦労が絶えなかった。時代の理解、あと押しも大きい。


 ここまで辿り着くまでには、紆余曲折うよきょくせつ、涙なしでは語れなかった。だけど落ち込んでいるヒマはない。


 今日という日は、もう2度と訪れないのだから。鬼太郎は、正面を向いた。

 鬼太郎はニューハーフではない。ゲイなので、当然、身なりは男の格好をしている。ここ、ピンクソーダは、基本的に女装したニューハーフがメインで、胸もアソコも、改造したオカマが多い。


 ナイチン・ガールが多くて、アルチン・ガールは、ほんの少数派だ。オカマは基本、愛されてナンボだから、みなから嫌われたオカマじゃ意味がない。嫌われること。それは死を意味し、武士の世界では打ち首、獄門ごくもんに等しい。


 『真由美ちゃん、10円指名よ』

 『あら、カモがネギしょってこないとは。失礼な話ね』


 ピンクソーダのピンクの公衆電話がひっきりなしに鳴り響き、お客様が真由美を呼び出す。店にこないで10円で用件を済ませようとする客、店外デートのみ誘おうとする客を店側はジョークで笑いに変えてしまう。


 別のレディーボーイは、大音響で替え歌をカラオケでフルコーラスしている。

 『ゲイのためなら、女房も捨てる~♪

 それがどうした?

 オカマが好きなのさ~♪

 雨の横町~♪

 2丁目~♪

 ピンクソーダー♪』

 

 ショータイムを深夜12時に控えたピンクソーダは熱気を孕んでいて、今にもはじけそうな緊張感をかもし出していた。


 『私も、一杯。レディースドリンク、ごちそうになっていいかしら?』

 鬼太郎がしなをつくり、不動産屋さんご一行に話しかける。


 『う~きしょい。ばけものみたいな顔しやがって!』

 不動産屋は小さいお金の扱いが雑で、ここではいいカモになっている。


 『レディースドリンクじゃなくて、オカマドリンクだろ』

 『おまえはこれでも飲んでろ』

 醤油しょうゆの入った小皿を若者が差し出した。


 サラリーマンにさんざんイヤミを言われた鬼太郎は、横を向いてぺろっと舌を出す。


 『いけずね』

 ボディータッチのスキンシップも忘れないところは、さすがにベテランで、転んでもタダでは起きない。


 『あなたと私は、ちんちんかもかもでしょ』

 鬼太郎がお客の股間こかんをそっと握りしめる。


 『さわるな、ばけもの』

 2度もばけもの呼ばわりされた鬼太郎は、さすがにしゅんとなって、

 『ごめんあそばせ』

 苦笑いした。


 今日は発展場の公園で知り合った若い男性を連れて入店したので、鬼太郎には3000円のバックマージンが入る。おまけにその若者は場内指名までしてくれた。


 テーブルを4つハシゴした鬼太郎は、ようやく若者の席に戻り、ここに辿り着くまでのうっぷんを晴らした。


 鬼太郎は若者をらすことにした。

 『こんな化け物みたいな男でも、けっこうコアなファンは多いのよ』

 鬼太郎は、そう心の中でつぶやいた。


 『右手を出して』

 言われたとおり、若者が右手を差し出す。まだ人を疑うことを知らない若者は、伏し目がちに鬼太郎を見つめ返した。


 『手のひらを上に向けてみて』 

 若者が手のひらを上に向け、鬼太郎の膝の上に手を置いた。


 『手を広げてみて。そう。薬指を思いっきり前に倒してみて。手のひらに重なるくらい』

 言われたとおり、薬指を折った。


 鬼太郎が薬指を折ったところと、薬指の先端を指で計り、

 『あなたのティムポの長さはこれくらいかしら?』

 若者に問いかけた。


 若者は遠慮がちに首を振ると、

 『そんなに長くないです』

 恥ずかしそうに、鬼太郎の次の言葉を待った。


 『あなたも、もしかして、おっぱい星人? 豚は太らせてから食えっていうからね。そう簡単にまたは開かないわよ。貝殻の鬼太郎っていわれてるんだから』

 若者の股間をやわらかく握りしめた。鬼太郎が席を立った。


 深夜12時のショータイムが、今まさに始まろうとしていた。準備に余念がないショーガールは、みな衣装を着替え、スタートの合図を待った。


 ちあき、ミドリ、峰不二子、シャロン、ミミ。5人がまず先に踊り出し、追って鬼太郎、カムイが男装。と言っても普段通りの男のスタイルに正装した形でダンスする。


 ニューハーフは胸がはみ出しそうなブラで両胸を支え、ふわふわしたマラボーを首に巻いている。


 昼間のダンスの練習の成果で、踊りを間違える女性はいなかった。みなプロフェッショナルに動き、踊りも正確で、リズミカルだった。


 なかでもひときわ目立っていたのはトリをつとめた、峰不二子だった。

 峰不二子は篠山紀信に写真集を撮ってもらったことがある、ここではナンバー1の売れっ子ニューハーフだ。彼女がトリをつとめる踊りは大成功で、拍手喝采はくしゅかっさいの中で幕を閉じた。


 12時現在の鬼太郎の成績は、同伴1件。場内指名3本。場外指名、別名10円指名が8本でした。


 明け方近くなると、オカマはひげが濃くなり、化粧の上からでも見えそうになるので、トイレによく入る。ファンデーションが欠かせない化粧道具となる。


 明け方、客が引き、いつもより少し早く閉店となった。

 鬼太郎は仕事を終え、おなべの、男装するレズビアンが待つ自宅マンションに戻った。レズビーで、両刀使いのサユリは、もう帰っていて、食事の支度を済ませていた。


 おかまと、おなべの変な組合せは、この世界にけっこう多く、おなべのサユリも両刀使いなので人間関係が複雑に入り組む。


 おねえ言葉を使う鬼太郎が唯一、男っぽく振る舞えるのがこのサユリで、サユリもまたレズビアンクラブで働くレディー・ボーイだった。


 関係はネジれていて、複雑を極める。けれどすることは単純にして明快、マムコとチンポをこすりあわせるだけなので、普通の男女の関係となんら変わりなかった。


 たまにサユリが、鬼太郎の尻の穴を、ペニスバンドで刺激する以外、いたってノーマルだった。


『今日は10円指名、8本よ。ほんといやになっちゃうわ』

『こっちは女子プロレスラーが来て、ヘッドロックされるわ、ビンタされるわ、大変だった』


 『閉店間際に、あごいさむが来てね、自分のあごで肩たたきしてたよ』

 『ゲイボーイの南さんが言ってたけど、おまえ最近、胸大きくなったな~って中学生の娘に言ったら、どん引きされたらしい』


 『そりゃあ、そうでしょうよ』

 男言葉と女言葉がねじれた、奇妙な会話が続き、2人はお互いを慰め合い、それぞれの体を柔らかくハグした。この奇妙なデコボココンビは、お互い客としても両店を行き来し、お互いの店の売上げにも貢献していた。


『明日、店にアユミ、連れていくね。2時にあがるから、それから寄らせてもらうわ』

鬼太郎が言う。サユリは男装を始めてまだ日が浅いので、新規の開拓に余念がない。


 店がはねたあと、積極的にショーパブや、クラブ、キャバクラに顔を出しては、名刺を配っている。 


 そんな折り、鬼太郎とサユリは出会った。

 ビールのタブを引いた鬼太郎は、ひげが伸び始めていることにぞっとして、鏡を裏に返した。


 『明け方のオカマは、ひげが濃くっていけないわね』

 自虐的にサユリに言った。ピンクソーダには女性同半の客がけっこういて、男以上に、女性からも支持を得ていた。


 徹底的にイジラレル女性は、オカマのオモチャであり、話の潤滑油といっても過言ではなかった。


 朝日が窓ガラスから差し込み、2人はようやく枕を並べて横になった。

 メンタルな結びつきを2人は大切にしていた。


 着飾ることも、虚勢を張ることも、今の2人には、必要なかった。

 あるがままを大切にしていた。

 《続く》

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