チャプター2 悪夢、火の海。

 あなたの帰る場所になりたい。

 ひだまりと呼ばれる人になりたい。


 あの言葉に嘘はない。

 ずっと昨日まで思っていた、あの言葉も、今はもう無理。二度と言えない。

 あなたが今、遠い人になろうとしている。


 火ダルマになった若い女性が2人、倉庫から飛び出した。

 地面にいつくばる若い女性は、目が見えず、既に視界を失っていた。


 車の音をたよりに、右に左に小さく体をくねらせるものの、炎から永遠に逃れられなかった。


 スカート、ブラウス。制服からオレンジ色の炎が上がっていて、露出した肌が大部分、やけどでただれていた。白く煙が上がっている。衣類は相変わらず、炎を弱めていない。


 1人は倉庫の出入口で既に横たえ、今も燃え続けていた。髪の毛が焦げた匂いがあたりに立ちこめた。微動だにしなかった。


 『助けてー。助けてー』

 それにしても燃えかたが、尋常ではなかった。ガソリンでもかぶったのかと思うほど、炎が強烈に上がっていた。


 『熱い。助けて。目が見えない』

 たまたま通りかかった一人の若者が走って近寄り、Tシャツを脱ぎ、まだ年の頃が15~6歳の女性に衣類をかぶせた。


 何度もはたいて炎が消えたのを確認してから、もう1人の女性まで走って近寄り、同じ動作を2度、繰り返した。


 火は消えたものの、皮膚の皮が焼け焦げ、皮下組織が露出し、むけ、ただれていた。体からは体液、汁がでて、生ぐさい匂いを放った。


 男性はひどくあわてていて、メガネをどこに紛失したのかもわからない状態だった。


 女性を抱き寄せる。

 肌が焼け、顔面はススで焼けただれていた。既に意識を失っている。

 今夜が峠かもしれない。とっさに若者は判断した。それほど焼け、ただれかたが尋常ではなく、顔の原型を失うほどひどかった。


 女性をそっと横たえ、熱がっているもう1人の、全身火ダルマの女性に近づき、

 『もう大丈夫だよ。救急車を呼ぶからね』

 そのまま走り出し、太い通りに出て、通りがかった車を止めた。顔が溶けてしまって、原形をとどめていない。鼻も、ない状態だった。


 『すみません、救急車を呼んでください。やけどを負っています。2名です』

 若者は、声を荒げて叫んだ。今日に限って携帯電話を所持していないことが悔やまれた。


 男の名は名高雄一郎。医学部の研修生で、大学病院で勤務医のアルバイトをしていた。


 年の頃は25歳前後。

 7、3に分けた髪が男の几帳面きちょうめんな性格を物語っていた。


 10分後、2台の救急車がサイレンを鳴らし、道路に横付けした。

 それにしてもすごい現場に立ち会ってしまったものだ。名高は、午後のデートを一方的にキャンセルして、かけつけた救急車にかけより、救命士に現状を説明した。


 適切な応急処置が施され、2名は、別々の救急車に乗って、伊勢原の大学病院に向かった。


 名高の足はがくがくと震え、女性の顔がまぶたに焼き付いて離れなかった。

 救急車の車内で、女性は熱がって、

 『目が見えない。熱い。助けて』

 叫びにも近い悲鳴を上げた。


 『もうしません。神に誓って、もうしません』

 地面に横たえた女性は、山田育子。


 もう1人は、関根香世。

 共に17歳で、近くの高校に通っていることが、翌日の新聞で小さく公表された。


 名前は伏せられ、小さな事件として、警察に処理された。

 山田育子は同日、死亡が確認され、17歳の生涯を閉じ、関根香世は、顔、手、足、全身に重度のヤケドを負い、辛うじて命をつなぎとめた。

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