チャプター1 島崎アヤと、3人のボーイフレンド。

 ジーンズをラフにはきこなしたアヤが、達也の隣にいた。

 スポーティーなシャープな体型に合った、そんなファッションを彼女はこよなく愛していた。


 オレンジ色のタンクトップからこぼれた両腕は、適度に日に焼けていて小麦色をしている。ウエストは地肌じはだが露出し、布地に覆われていない。


切れ長の瞳にはブルーのマスカラが施され、鼻は形よく上を向き整っている。口は控えめな形状をしていて、あまり自分を主張していない。


 静けさが気になって、達也は隣の座席のアヤに声をかける。けれどアヤは、何も語ろうとしない。


 レンタカーのコックピットに目線を落とした達也は、ガソリンのフューエルメーターが、エンプティーに近いことを確認した。


 ガソリンスタンドを探す達也。

 アヤは、あいかわらず黙ったままだ。


 ドライブしたいと申し出たのは、アヤだ。

 レンタカーをチャーターし、ガソリン代を半分負担したのも、アヤだ。たまには気分を変えようということでチャーターしたレンタカーだが、道を知らなさすぎて少しイラっとする。カーナビの使い方すら、よくわかっていない。


 その晩、アヤは、達也の腕の中にいた。腕の中といっても、ちっともロマンチックじゃない。なぜかって、達也は超がつく貧乏だから……。


 話を戻そう。アヤには恋人が3人いる。

 2人は本命で、1人は補欠。本命の1人は、ずばりお金持ちで、サイパン在住の、若干28歳。免税店に勤めている。アヤより3歳、年上だ。


 親が不動産会社を経営していて、従業員を雇っている。当然いつかは日本に戻ってきて、家業を継ぐものと思われる。


 欲しい物をすべて買ってくれるし、ルックスも申し分ない。けれど何かが足りない。その何かが何なのか、アヤにもよくわからなかった。


 名前は、神林二郎。

 いつかアヤから冗談で求婚したことがあるが、軽く流され、あえなく撃沈した過去がある。


 もう1人は、売れない小説家で……。っていっても、自称小説家で、本業はフリーの物書きをしている、萩原達也。今、アヤに腕枕している男が、まさに達也で、今日という日を共にしている。原稿用紙1枚1000円のアルバイトで、その日、暮らしのフリーター。


 あだ名は、ドテチン。

 童貞みたいな顔をしているからか、はたまた、はじめ人間ギャートルズが由来なのか不明だが、友達からみな一様に、そう呼ばれている。ときどきモナにチンカスとも呼ばれることがある。


 小説の新人賞に応募するものの、まだ一次審査しか通ったことがない。アヤは将来性に賭けているのだが、可能性はゼロとはいえないものの、芽が出る確率は限りなく低い。


 小説は才能がすべてだからって、もと文芸部の友達も言っていた。だから正直、話半分、うり双子のような感覚で夢を受け止めている。


 そして当然のように、超がつく、貧乏。でも性格がめちゃよくて、なかなか関係を断ち切れない。


 好きな音楽は、演歌。

 たまにJウオークの、

 『何も言えなくて夏』

 を真顔で歌うけど、うなるみたいな念仏みたいで、ちっとも上手じゃない。


 おはこは、水前寺清子さんが歌う、

 『いっぽんどっこの歌』

 ボロは着てても心は錦なんて歌いながら、この前は感極まって泣いていたっけ。

 情にもろいのは、まさに貧乏人のステータス??

 とにかく彼も本命の1人に入っていた。


 そしてもう1人……。

 補欠の彼は、セフレでキープ君。


 SEXにごぶさたしたときだけ呼び出すことにしていた。

 セックスが上手で、自分の事をラブ・マシーンと呼ぶツワモノだ。


 彼は両刀使いで、ゲイだ。

 あだ名は、鬼太郎。髪の毛で片目が隠れているので、仲間にそう呼ばれている。

 鬼太郎いわく、ゲイとニューハーフ。おかまは、厳密にいうと違うらしい。


 ゲイは男の格好をしていて、ソフトと、ハードがあって、ニューハーフは身も心も外見も女性になりきっていて。


 おかま、ホモは……。

 おなべに、おこげに……。

 みんな尻つながりで……。

 痔主じぬしで……。


 えっ、そんなの興味ない?

 知りたくないって?


 たしかにそうです。

 もうワケワカメ状態です。


 ちなみに3月3日は、ひな祭り。

 女の子の日。


 5月5日は、こどもの日。

 男の子の日。


 4月4日は、その間をとって、おかまの日だそうです。

 アヤの本日の予定は、一応本命の小説家の家にお泊まりの予定です。小説家って言っても、自称ですけどね。


 『6畳ひと。風呂なし。1K。私的には考えられない。だいいち今時いまどき銭湯せんとうだなんて』


 これはアヤが、親友の横山モナに話すときの達也との生活だ。地味すぎて、ふけこんでしまいそうだ。


 で言えばスカっていう感じ?

 まるで肩すかしにあったような、不思議な気分にさせられる。


 『若い2人が風呂オケ持って、手ぬぐい下げて…。神田川じゃあるまいし……』

 せんべい布団ぶとんも昭和みたいでイヤ。


 やっぱ、ベッドはクイーンサイズじゃなければね。ダブルベッドで、ベッドの脇にはベッドスタンドがあって……。


 蘊蓄うんちくを語らせたら、朝まで話す、そんなアヤも弱冠25歳。達也と同学年だった。


 乙女心、満開だ。

 紹介ついでに、萩原達也について、もう少し紹介しますね。


 としは、アヤとおないとしで、173センチ。96キロ。典型的なメタボ体型。デブチン。あだ名は、ドテチン。


 えっ、さっきドテチンていいましたっけ?

 そうです。何度でも言います。あだ名は、ドテチン。童貞チンコです。


 変わったところでは、台所のシンクでお風呂につかることができ、穴の開いた靴下を3日もはく。


 おならに火をつけ線香花火のようにあやつることができ…。

 おっとこれは特技とはいえない。


 ありがとうを

 『ありが玉金たまきん

 と言い。


 デパートのパン売場で食パンをまとめ買いし、ついでにパンの耳を無料でもらってくるのも、ちゃっかり忘れない。


 この前は、ついうっかり目を離したスキに、隣の人が残したラーメンのスープを飲みそうになり、アヤに叱られて、一日へこんでいた過去がある。


 繊細な神経の持ち主。

 中学、高校は不登校気味でベジタリアン。辛うじて三流大学を卒業。何げに大卒。


 唯一のごちそうは刺身の切り落としで、マグロのアラ。500グラム200円のやつ。これは余程の祝いの儀式の時しか食べられないので、アヤは一緒の食卓で口にしたことがない。


 食パンに刺身。いったいどういう組合せというか、どういう胃袋してまんねんというのが、アヤの正直な感想です。


 書き出すときりがないので、このへんにしておきます。あからさまに書き出すと、貧乏蔑視だと、人権団体からクレームがきそうなので、このへんでやめておくことにします。


 なんでこんな売れない小説家? とつきあうの? って、みんなに言われるけど、

 『彼、めちゃ性格いいねん』

 天は2ぶつを与えないというのを頭で体験できる良い事例といえた。


 『結婚するなら二郎かな。やっぱり達也じゃ頼りなくて欲しい物も買えないもんね。一生、お金に苦労しそうだし』


 でも、毎日ステーキばっかり食べてると、ふとヒジキの煮付けが食べたくなるでしょ……そうそう、あれあれ。あの心境で、どうしても達也を迎え入れてしまう自分がいる。とにかく、アヤは、達也の腕の中にいた。

 

 もちろんもう1人の本命。神林二郎とは、ひと月に一度のペースで会っている。休みを取ったり、旅行代理店の仕事で、毎月一度はサイパンへの添乗員の仕事を無理無理スケジュールに落とし込み、会っている計算になる。


 達也と会っていると二郎を思いだし、二郎と久しぶりに会うとやっぱり達也どうしてるかな? なんて気になって眠れない。つまりアヤは、青い鳥シンドロームにおちいっていた。


 達也の寝言で目を覚ましたアヤは、目覚まし時計で時刻を確認すると、今度はソバガラのまくらに横になった。


 枕元に転がったウオークマンを手に持ち、プレイボタンを押す。

 流れてきたのは、Jウオークの『何も言えなくて夏』だった。達也がエンドレス・リピートして聴いていたのだろう。それにしてもせつない曲だ。


 アヤは、1つ前の失恋を思い出していた。

 もう2度と恋愛をしないと思わせた男との恋愛は、おままごとみたいだったけど、今も深く心に焼き付いていた。


 同棲し、これからたくさん思い出を重ねてゆこうというときに、まさにそんなときに、ある日、突然、別れ話が持ち上がった。


 浮気の相手が自分の知っている女性だったことが受け入れられず、その結果、拒食症になり、体重を10キロ落とした。


 それからほどなくして達也と出会った。傷心のアヤに達也は無理に微笑ほほえまなくていいと言った。その言葉がなぜか新鮮で胸に響き、アヤは心を打たれた。


 『人生に疲れたなと感じるなら、それはチューリップという花で、タンポポを咲かせようと思うからだよ』


 アヤは達也の助言に少しだけ救われた思いがした。

 その日から、達也は、アヤの心のひまわりになった。


 競争社会に無縁な達也が、どこか新鮮で、和ませてくれるのを本能というセンサーが探知したのかもしれない。そして今に至っている。二郎と出会ったのは、もう少しあとのことだ。


 アヤは眠れないまま、朝を迎えた。来週の今頃は、サイパンにいる。青い空の下で、果たして何を思うのか。眠っている達也を横目に、玄関をあとにした。


 外気を吸った。

 湿度の低い柔らかい風がアヤを優しく包んだ。


 突き抜けそうなブルーが、まるで絵の具のように淡くショッキングに空を覆う。ところどころ浮かんだ雲が、コントラストを鮮明にした。


 古ぼけた電飾でんしょくの看板がアヤの目に飛び込んだ。

 何げないアヤの一日が、始まろうとしていた。

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