チャプター1 西暦2025年5月、回想~日本へ戻ってきた直人。

 男は、イボだらけの顔をなでるようにさすった。

 思い当たることといえば、最近、不自然なことばかりだった。尾行に始まり、目の前に絶世の美女が現れ、そして女子高生に痴漢の濡れぎぬを着せられた。


 友人のモデル。筒井は失踪し、人身売買され行方不明になり、アリゾナに一緒に新婚旅行に行った真理子という女性は、実はハッチ(蜂)というコードネームを持つスパイだった。


 そして顔がイボだらけになり。そしてそして。あげれば切りがないことだらけだった。


 男は22歳の頃の写真を右手に、風俗の女性に身をゆだねていた。もちろんイボなど1つもない、若かりし頃の自分がいた。


 この店の好きなところは身のうえ話とか変に気を遣った会話がないことで、店内ミュージックに黒木メイサが流れることだ。今も、キャッチーで、ポップな、BREEZE OUT が流れている。


 男は無意識にゾーンに入ってしまって、女性の存在を忘れている。クッションの効かないシートに仰向あおむけになって寝そべり、豚のようなねじれたペニスを女性にもてあそばれていた。


 女性は男のペニスをおもちゃにして、

『ロー。セカンド、サード』

 車のギアを真似て遊んでいた。


 それにしても写真の男は、ニコニコと自分に向かってほほえんでいる。

 『何がそんなにうれしいの? 楽しいことでも、あったのかい?』

 声にならない声で自分に問いかけた。アイドルを真似た髪型が今となっては、痛々しかった。


 昔からの常連でなければ、きっと店にさえ入れてもらえないイボだらけの男を女性は気にすることもなく物のように扱った。

『河合さん終了ですけど延長されますか?』


 直人は、ここでは実名を名乗っていた。別に偽名を名乗ることも可能だったけど、最初にお気に入りの子に名刺を渡してからずっと、店の女子には本名で呼ばれ続けている。


 おしぼりをていねいに当てたペニスをパンツにしまいこんで、次回の割引券。1000円券をゲットした。  


 『チェキラ』

 女子高生みたいな言葉を使って喜んでいるのは直人だけで、その場にいた真美は完全に引いていた。


 次回の指名は、真美ちゃんじゃなくて、ボインボインの、むつみちゃんかな?

 巨乳なむつみに比べ、真美はスレンダーな、細身美人だ。真美を時々、物足りなく思うのは、母性本能の差だろうか?


 一人物思いにふける直人に、

 『何か楽しいことでもありました?』

 無愛想な真美が、お愛想を言う。


 顔だけ判断すればモデル級の真美は、サバサバした性格から、どこか男性を寄せ付けない不思議なオーラを放っていた。


 出口に向かうと、あたりはまだ昼間で、学生が行き交う時間だった。

 信号が赤から青に変わった。


 直人がゆっくり歩き出す。ゼブラゾーンの横断歩道をテンポよく渡り、駅に向かって歩き出した。


 不意に後ろ姿が真理子に似た女性を見つけて、小走りにあとを追った。通路を左に折れた。


 背格好の似た女性を自動販売機の前で追い越し、横目で彼女を見た。明らかに人違いだった。


 直人は立ち止まり、今来た道をとぼとぼと引き返した。そして駅に向かってまた歩き出した。


 真理子は、今、どこにいるんだろう?

 真理子と過ごした遠い日々だけが、直人の生きる支えとなっていた。


 都会の喧騒けんそうが、孤独をかき消した。

 生あたたかい風が、線路に向かってゆっくり吹いた。


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