チャプター3 小池純と弟の念仏。

 小池純には、5歳下に弟(英夫)がいた。

 7・5・3で。


 7を言っても、よくて5。

 最悪3も理解してもらえない、これまた最低最悪の弟だった。 


 この弟は口が悪く、コンプレックスの塊を絵に描いたような男で、性格も2ひねり半、ひねくれていた。


 若ハゲで、のっぽで、おまけに痩せぎすで、根性がひねくれて、負けず嫌いだった。


 真夏のとある日曜日、散歩に出た弟の英夫は、若ハゲ毛用の、黒いファンデーションが汗できれいに流れ落ち、額から鼻、唇にかけて真っ黒になって、近所の笑いものになった。


 『でんすけ』

 3軒隣のおじいさんは、英夫をそう呼び、近所の若者は英夫を『魔太郎』と呼んだ。


 この弟は、とにかく変わっていた。変わり者で通っていた。そしてそれに輪をかけて口が悪かった。


 純が日本大学、経済学部に合格したとき、弟の英夫は、

 『日大なんて、誰でも入れるよ』

 いくら言うのがタダだとはいえ、言い得みたいな言葉で、兄を侮辱した。


 中学3年でこんな具合だから、高校へ進学してからも、周りを見下すような態度は変わらなかった。


 親から大学受験の面倒を見てほしいと言われた純は、弟の失礼な物言いにいい加減、嫌気いやけが差していて、弟に勉強を教えなかった。


 そんなこんなで大学受験の結果はおのずと知れたものとなった。

 人を傷つけることを平気で言える人間というのは、どこか思いやりに欠けていて、自分中心に物事を考える傾向が強い。


 斜に構え、社会を否定したくてウズウズしていた。

 すべてはコンプレックスの裏返しで、自分が他人様たにんさまから認められないジレンマからきているのだろう。


 友達もできず、話し相手がいないのも、災いした。

 『自分の部屋にドロボウが入る。財布から金が抜き取られた。犯人は無職の兄貴だ』

 私生活でも言いたいほうだいだった。


 極道映画なら、

 『はいたツバは、飲まさんぞ』

 豪快に詰め寄るところだろうが、あいにく純はヤクザ屋さんじゃない。弟を問い詰めることはしなかった。


 純は、このコンプレックスでこり固まった弟の英夫が苦手だった。 

 今日も日曜日の朝から、テレビを観て、大声で怒鳴っている。


 窓を開け放して、やれヤクザが、どうした。

 右翼が、どうした。


 途中昼寝と外出を繰り返し、戻ってきてから深夜12時頃まで、テレビ相手に怒鳴り、周りを威嚇いかくしていた。


 純は、近所に聞こえているこの馬鹿な弟のどなり声で、周りから白い目で見られていることが耐えられなかった。


 どうしてこうも駄目な奴というのは、やっかみ、ひがみ、ねたみ。人を疑うことしか、しないのだろう?


 純は、英夫が一日も早く、家から出て行ってくれないかな。

 そればかり願って、日々を過ごした。


 純は薬局で耳栓を1つ買った。

 弟が休日の日、特に夕方から夜は、耳栓が必需品となった。 


 とにかく平常心を乱されるのは、もうコリゴリだった。

 病気が悪化しそうだった。

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