チャプター3 全国高校女子ソフトボール。

 ニコニコとニヤニヤの違いって、難しい。

 二人はいつも顔を見合わせては、ニヤニヤしていた。


 レズって言われるのももう慣れた。

 ウリ双子と言われることも、べつにいやじゃなかった。


 関根香世、山田育子は、高校女子ソフトボール部の部員で、ピッチャー、キャッチャーのバッテリーを組む、高校2年生だ。


 母親は2人とも昔、六本木マハラジャでブイブイいわせた伝説の美女で、ジュリアナ東京のVIP。常連だった。香世、育子ともに下に妹が一人いた。


 『お母さん、むかしモテたでしょ?』

 『失礼ね。いまでも、こう見えてモテるのよ。人を使用前、使用後みたいに言わないでちょうだい』


 女性を褒めるのは、ほんと同性でも難しい。香世は、ちょっとヒステリックな、競馬で言えば、少しかかり気味のお母さんが大好きだった。


 先日は香世の誕生日に、お母さんが、手ぬぐいをほおっかむりして、ステテコをはき、ひょっとこみたいな顔で、ドジョウすくいをしてくれた。


 家族は大爆笑だった。

 鼻に押し込んだ割り箸が痛くないのかな、本気で心配してしまった。


 どこで仕入れたのか網ザルと、腰からビクを下げて、ほおっかむりする姿は、どう見ても加藤茶か、志村けんみたいだった。


 ごていねいに、口の周りが絵の具で緑色に塗られていた。

 今でも大切にリビングに飾られている竹あみのビクは、わざわざ田舎から送ってもらった道具で、うなぎを取るときの貴重品らしい。


 その横には、少年リトルリーグで優勝した時のグローブとバットが、2つ並べられていた。


 香世はピッチャーで、その頃から育子とバッテリーを組んでいた。

 野球に馴染んだ香世は、中学に入り、ソフトボール部に身を寄せた。女子禁制の野球部に入部できなかったからで、それならばと、強豪の高校からのスカウトで、今の県立高校に進学した。


 関根、山田は1年から既にレギュラーで、県大会2位の実績があった。順当に行けば再来年は東海大学のスカウトマンに、ソフトボールで勧誘されるはずだった。


 監督は、ケツから血を流すほど真剣に練習しろ、が口クセで、女でありながら痔主じぬしだった。


『お母さん』

 つい監督を間違えてそう読んでしまうほど、近しい距離に、監督がいた。


 練習に熱心で、チームワークの良い、どこにでもいる明るい女の子。それが関根香世と、親友の山田育子だった。2人は姉妹のように仲が良く、洋服の貸し借りもよく行った。共に同級生のボーイフレンドがいた。


 関根香世はレズっけがありビアンの受け、ネコで、山田育子はジャリタチだった。

 どちらも健康的に日に焼けていて、肌はチョコレート色をしていた。


 時にケンカもしたが、それは仲が良いことを裏付けるもので、じゃれ合っているようなものだった。


 『育子が好き。私の趣味は山田育子』

 香世はそう公言していて、育子が好きと、仲間内にも告げていた。


 『香世、今度、4人で遊ぼうよ。私と香世と、その他ボーイフレンド2名。きっと私たちに嫉妬するっしょ』


 『育子、彼と別れて、私の専属になってよ。育子をお姫様みたいに扱うから。ね、いいでしょ?』


 『アッパッパ~ね』

 香世も育子も、お互いが知らないところで彼氏といちゃついていることが許せなかった。


 『ああ、そう。高史が言ってたけど、トルエンの上物が入ったって』

 高史の母親はジャパユキさんで、バブルの頃、日本に連れてこられたフィリピーナだ。


 今も日本でフィリピン・パブ(ピンパブ)のホステスをしていた。

 高史は4人兄弟の末っ子だった。


 父親は自動車の整備工場に勤めていて、仕事柄かんたんにトルエンが手に入った。

 『やりたい。やりたい。今週の土曜日、時間作るから、みんなで集まろうよ』

 『わかった』


 香世と育子は、その場で別れた。

 練習が終わると、家に帰り、今度は宿題をやらなければならない。


 文武両道。この学校は、勉強にも厳しかった。

 規律を乱す者は退学、とにかく厳しかった。


 離婚しそうな母親の小言も聞かなければいけないし、ストレスで身がもたなかった。


 こんなときは、頭がスカッとする、トルエンに限るんだけどな。

 香世はマルボロに火をつけ、タバコを吸った。タバコがおいしいなんていうのは、真っ赤な嘘。本当は味もよくわからなかったし、おいしいと感じたことも一度もなかった。


 やっぱり学年で1番目立っているから、どうしてもタバコを吸って、悪ぶらなければ、格好がつかない、ただそれだけのことだった。


 香世は、学園祭で学年1の美少女に投票で選ばれ、絶世の美女、ミスコンと噂された。


 彼氏の勅使河原健は同じ高校に通う野球部の花形エースで、4番。頭脳明晰ずのうめいせき、スポーツ万能の、これもお似合いの男だった。


 眉毛が太く、地区大会で100メートル走の選手に選ばれる、女子憧れのスポーツマンだった。


 『もし30になって、お互い独身だったら、一緒になろう』

 健は言った。


 香世はその日の出来事を育子に報告した。

 男なんて、入れて、しごいて、出すだけじゃん。


 チキンスキン(鳥肌)だわ。

 育子の声でふと我に返った。


 そうだ、男に同情は禁物だ。

 つけあがるだけだ。

 

 『チンガモね』

 『チンガモ?』


 『チンチン、カモカモのことだよ』

 『それを言うなら、男はみんな中2病でしょ』


 誰もが才能あふれんばかりの、選ばれし者だと勘違いしている。

 香世は、健がそれほど好きではなかったが、これもステータスの1つとして、コレクションにくわえていた。


 香世は、まだ本気で人を愛したことがなかった。

 愛を知るのは、もう少しあとのことだ。


 失ってみて初めて、人は愛の深さを知るのかもしれない。

 あの頃の香世には、まだ戻れる場所があった。

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