チャプター3 会長と社長の会話~バブル編。

 『あの頃は、3000万で専任媒介せんにんばいかい、取った物件が、みるみるうちに2週間で3800万円になったもんだ』


 『いやーほんとすざまじかったですね。たいした、たまげたですね』

 社長が熱く答える。


 2週間で800万円も値上がりするので、売主は受け取った300万円の手付金を倍返しして契約を破棄し、1ヶ月後に4200万円でほかの人に売るなんてことがしょっちゅう行われた。


 仕組まれたバブルは、日本国すべてに潤いを与えた。雇用も人手が足りなくて、求人も120%を超えていた。税金も、給料も、ボーナスも小遣いもすべてが破格だった。


 『あれはあれですごい時代だったな』

 会長がタバコを手に取り、社長にもすすめた。6つも7つも同じ仕事を同時進行しないと処理できない、ほんと不思議な世界だった。


 ちなみに当時の会長の給料は年収4500万で、社長は月収280万円だ。

 ゆうに今の3倍はある。


 社員が決済の現金1000万円を持ってどこかに行方をくらませてしまうことも一度ではなく、登記印紙を1回30万円もちょろまかした伝説の営業事務も、至る所、どこにでもいた。


 この営業事務は生命保険の仕事を副業にしていて、休日出勤しては休日手当を受け取るために会社に顔を出し、実際は本業と異なる生命保険の仕事をセコセコこなす、どうしようもない奴だった。


 2日間、オールで酒を飲んだ社員が、白いゼリー状のウンコを垂れ流して、急性肝不全で死んでしまったのも、ちょうどその頃だ。


 究極の営業マンは、結婚詐欺師だと、社長が社員に言っていた時期と重複する。

 結婚詐欺師は最短距離で、相手のふところ深く潜り込み、任務を遂行する。


 口説く本人が熱くなれば熱くなるほど、口説かれた本人が冷めてしまうことを本能的に悟っているフシがある。


 毎日が異様だった。何が起きても不思議がないくらい、日本中が舞い上がっていた。


 金がありあまった日本企業は、ハワイ、オーストラリアの土地。

 コンドミニアムを次々と買いあさり、アメリカや海外の資本から批判を浴びた。


 海外企業の買収が進んだのも、ちょうどそのころで、今の日本は米国や中国から当時の仕返しをされているといってもいい。


 買いたくても欲しい物が見つからない、そんな時代だから、その矛先が海外に向かっても何ら不思議はなかった。


 六本木のディスコ、マハラジャ。エリア、新橋のジュリアナ東京では、下着ルックの女性がマラボーとセンスを片手に、乱舞していた。


 ニップレスで乳首を隠した色白のダンサー達が、深紅のリップに、両腕を突き上げて、フェロモンを汗と一緒に振りまいていた。女性の主流は、ワンレングスだった。


 ボディコン娘は、みな愛人契約をしたくてうずうずしていて、どこにいても落ち着きがなく、人を上目遣いで見た。


 当然、会長もおこぼれにあやかろうと、若い衆をつれて繁華街を物色した。

 不倫相手は1号、2号、3号までいて、みな20代前半だった。


 若者の肌はフルーツみたいな甘酸っぱい匂いがして、会長はご満悦まんえつだった。バブル時、会長は65歳で、まだブイブイいってる若者に十分、話を合わせることができた。


 見てくれなんて関係ない。

 金さえあれば、愛はどこでも買えた。


 使っても使ってもお金が充填じゅうてんされる不思議な生活は、一億もあれば年利8%で、ぐるぐると回転した。


 会長はカウンタックを2台残して、フェラーリを不倫相手1号にあげてしまった。

 2号には、ワンルーム・マンションを買い与え。

 3号には、月20万円の手当を支払った。


 ポルシェは、海外の窃盗団に盗まれてしまって、とうとう見つからなかったが、自動車の贈り物もよく受け取った。


 国全体が活気に満ちていた。

 世界が日本を注目していたといっていい。


 対して今はどうだろう?

 世の中の女性は、大好きなフェラガモの靴を買うため食費を切り詰め、パンの耳を食い、ビトンのかばんを買うため、生涯独身を貫く。


 男性はキレイなお姉ちゃんに心を奪われる余裕すらなく、仕事に全霊を傾けるふりをして、遊びにも仕事にも中途半端なスタイルを貫く。


 『心のゆとりって、本当に大事だなと思う』

 会長が言うのも、もっともだ。

 本当に説得力があった。

 

 話を戻そう。

 右肩上がりの時代で難しいのは物件の仕入れだ。


 値上がりするのがわかっていて安く手放すバカはいない。一ヶ月後に700万値上がりするのがわかっていて、今売る人は、余程お金に困っているか家を先行買いしたかのどちらかだ。


 ゴキブリ業者の横やりもしょっちゅうで、物件を仕入れるのが並大抵ではない。

 反対にバブルがはじけて以降は、物件がだぶつき、買主に買わせるのが難しくなる。

 実需相手じつじゅあいてのセールストークがひいでていなければ、余程の物件でないかぎり、買わせることは難しくなる。


 まだまだ不動産価格が下がる傾向の中、今、高値で買うバカはいない。当然セールストークが乏しい営業マンはお願い営業に頼ることになる。そして買わせることができないから成績も当然、低空飛行になる。


 住宅ローン控除や賃貸で支払う総額など、具体的に今買う方が有利だと思わせることができないならば、VSOPマンションをしこたま仕入れる努力をした方がよい。


 会長はバブルで5億円の資産を蓄財した。

 多くは動産ではなく、不動産に変えたが、とにかくきっちり5億、財産として物件として残した。 


 バブルとはよく言ったもので、そのとき全盛を極めた買取り業者で、今も生きながらえているのはほんのごくわずかだ。みんなババ抜きのように最後にババをつかまされ、うらみを買ったり、不良債権で全財産を失い、最後には行方不明となった。


 当時の社長を社員に降格させ、ほかの社員を社長に首をすげかえ、会社を復活させる企業も多かった。


 今も健全に営業できているのはごくわずかだろう。当時、手広くやらなかった会社だけが意外にも今、つぶれずに残っている計算になる。

 《続く》

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