第九話 迎撃戦 上
「風倉教官!」
校舎の階段を降りていくと、同僚の女性教官に引率されている三枝達に見つかった。皆、不安そうだ。
今の生徒達の中には、小さい頃【幻影】襲撃を経験している者もの多い。
俺は、胸以外は学生にしか見えない同僚兼後輩に声をかける。
「
「はい、風倉先生! ……あ」
昔の癖が抜けない同僚は口元を押さえ、頬を赤らめた。神無はこの学校の卒業生なのだ。「……ふ~ん。この人も、ですか。覚えておかないと……」。俺の後ろでクレアが極寒の呟きを漏らしているが、気にすまい。
俺は、普段通りの口調で生徒達を促す。
「良し! それじゃ、とっとと地下壕へ避難しろ。万が一、島内で戦闘が発生したとしても、救援には行くな。これは、教官としての正式命令だ」
『…………はい』
生徒達が悔しそうにしながら、返事をした。
ある程度の実戦を経験している三年や、二年の有望株はともかく、入学して半年も経っておらず、飛翔訓練もしていない一年では下級の【幻影】にも対抗出来ない。
目算で見て……実戦に投入して生き残れるのは半数以下だろう。
そんなことは絶対に許容出来ないし、させない。
「…………風倉教官」「天羽さんは避難しなくて良いんですか?」
三枝が泣きそうな顔になり、七夕は鋭い視線を後ろで退屈そうに自分の髪を弄っているクレアへ向けた。
ちらり、と紫髪の少女を見やり――俺は冷徹に告げる。
「天羽は、俺と一緒に迎撃戦へ参加してもらう。三年のA級と教官の腕利きは島外。学校長は指揮を執る必要があるからな。A級【
「っ!」「……私達だって戦えます」
「いつ――……こほん。風倉教官、もっと厳しく言ってあげた方が良いと思います。『足手纏い』だって」
『っ!』
「……天羽」
一年生達の顔に怒りが現れ、俺は嘆息した。
……もう少し、コミュニケーションってものを教育する必要があるな。
サイレンの音が変化し、校舎内に放送が響く。
『【幻影】現在相模湾最北にあり。現在、防衛軍が迎撃を実施中。効果不明。B級以下の生徒は速やかに地下避難壕へ退避せよ。繰り返す、地下避難壕へ退避せよ』
分かり易く南下してきたか。
と、いうことは――いよいよもって、島へ『本命』が近づきつつある。
かつて、散々見たお決まりの手だ。コレットがいたら『芸がないわね』と吐き捨てそうだ。
防衛軍の動きは早いが、山縣さんの指揮じゃなさそうだし、俺達でやるしかない、か。生徒達を戦わせる前に片をつけないないとな。
俺は天羽の頭に拳骨を落とす。
「~~~っ! ぼ、暴力反対ですっ! 訴えてもいいんですよっ!?」
「そうしたら、俺は二度とお前の教官は出来なくなるな。残念だ、天羽クレア。京都の分校でも頑張ってくれ」
「グググ……こ、これだから、大人は…………」
「そうだ、大人は汚いんだよ。同時に――だ」
一年生たちの目を見る。
……大人びて見えても、余りにも幼い。
おそらく、かつての俺達もこうだったのだろう。
「大人は子供を守る最低限の責務がある。お前達一人一人の勇気と情熱は絶対に否定しない。何れ、助けてもらう時も来る。だが――それは『今』じゃない。なに、現役を引退した『オジさん』でも、時間稼ぎくらいは出来るさ。その悔しさを忘れずに、強くなってくれ」
『…………はいっ!』
生徒達は見事な動作で敬礼してくれた。
俺も敬礼を返し、周囲で俺の言葉を聞いていた別クラスの一年や、多学年の生徒達を促す。
「地下避難壕まで駆け足っ! 一番遅かった者は、次の外出許可日は俺と特別補修とするっ!! 急げっ!!!」
『! はいっ!!』
生徒達が慌ただしく移動を再開した。
俺は一番泣きそうになっている後輩へ指示する。
「神無、泣くな。今生の別れじゃあるまいし……それとも何か? 俺が死ぬとでも思っているのか?」
「い、いえ! そんなことっ!!」
「なら、行け。自分の面倒くらいは見れる」
「――……御武運を。一組移動再開します!」
後輩は涙を拭い、生徒達を引率し走り出した。
……学生時代とああいうところは変わらんな。
最後尾を進む三枝と七夕が振り返ったので、手を振り、頷く。
二人の少女も頷き、階段を駆け下りて行った。
クレアが腕組みをしポツリ、と呟く。う~む……何処とは言わないが、神無との差が歴然とし過ぎていて、何とも。
「……樹さんって、酷い人ですね。初めて会った時は天使様に見えたのに……」
「勘違いさせて悪いが、俺はずっと酷い男さ。何せ、守るべき少女を戦場へ送り出そうとしている。地獄行きは間違いないな」
「あ、それは大丈夫です。冤罪ですから。閻魔様が判決を下しても、証言してあげます。私が言っているのはですね、そういうことじゃなくて…………あ~~~~~~~~~!!!!! もうっ!!!!!!」
「おっと」
突然、天才少女は叫び声をあげ地団太を踏んだ。濃密な魔力が漏れ、校舎全体が震える。
クレアの背中に淡い紫の八翼が形成されていく。
素直に美しい。
ただし、少女の目は座り、犬歯を剥き出しにしている。
「すっっごく、むしゃくしゃしてきましたっ! これも全部、全部、【幻影】が悪いんですっ!! 柊も昔、そう言っていましたっ!!! 島外で迎撃するんですよね?」
「お、おう」
ふわり、と浮かんだ少女に詰め寄られ、頷く。
――防衛軍が交戦している【海月】は囮。
本命はこの島を、生徒達を狙っている筈だ。
未だ発見出来ていないのは、何かしらのギミックだろう。
クレアの瞳が爛々と輝く。
「よろしいですっ! なら――これが最適解ですねっ!!」
「ぬぉっ!?」
少女は突然、俺に抱き着き急加速した。形成された軽鎧にあたり、痛みを覚える。
避難している生徒や教官、用務員さん達を追い抜かし――校舎を飛び出て、今度は急上昇!
一気に視界が広がり、島が小さくなっていく。
北の方で幾つかの閃光が見えた。
多少の魔力は感じるが……【戦乙女】のそれとは異なる。何だ?
翼を広げ、クレアが急停止。至近距離で俺の顔を覗きこんで来た。
周囲に魔力による力場を発生させ、浮遊空間を生み出している。言うまでもなく、高等技術だ。
「ふっふ~ん! どうですか? 驚きましたか?? 私みたいな美少女に抱きかかえられているんです。動揺してもおかしい話じゃありません。さ、感想をどうぞ」
「……装甲に頬が当たって痛いんだが」
「なっ!? い・つ・き、さぁぁん……?」
クレアの髪が魔力で逆立ち、舞い散る。
――スカートは伸び、制服の上にも純白の軽鎧。頭には制御補助用の髪飾り。
毎回思うが、コレットのせいなんだよな、世界中の【A.G】使いがこうやって、自分の魔力で鎧やらを形成するの。
『お約束でしょう?』とか何とか言っていたが、未だに分からん。
少女から離れ、島の四方へ目を細める。
短く命令。
「クレア、全周探索」
「……はぁい」
俺の真面目な口調を受け、少女は渋々を応じた。
左手を振ると――キラキラした紫の魔力が舞い散り、消えていく。
さて……鬼が出るか、蛇が出るか。御立合いだ。
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