第六話 見回り 下

 訓練場内に設置されている自販機で、スポーツ飲料を生徒達の人数分購入しながら、二人へ話しかける。


「さっきの魔弾、一発目を躱したのは良かったぞ。同じ歳の俺だったら、間違いなく当たってた」

「あ、ありがとうございます!」「……二発目は当たりました」


 何時も通り、三枝は眼鏡の奥の瞳を輝かせ嬉しがり、七夕はやや不満気にしつつ、前髪を弄り腕組みした。

 自然と笑みになりながら、近くのベンチにスポーツ飲料を置いて、その内に二本を二人へ投げ渡す。


「水分補給は大事だ。後で、あいつ等にも渡してくれ」

「は、はいっ!」「……同意します」


 訓練を再開した女子生徒達に視線を向けながら、俺は訓練場の壁に背中を預ける。

 時折、胸元に着けたブローチ型の【A.G】補助装置が淡い光を放つ。


 少女達が魔力暴発を起こしかける度、それを事前に抑制しているのだ。


 ……俺達の時代にもあれがあったら。

 二人がジト目を向けて来る。


「風倉教官……」「目がイヤらしいです」

「待て待て、誤解が過ぎるぞ。単に昔を懐かしんでいただけだ。加えて、だ――お前等に欲情するようだと、此処で教官は絶対に出来ん」


 男の【A.G】発現者達が、学内にいた頃はある意味で楽だった。

 適度に女子生徒の視線は分散していたし、馬鹿話もまぁ……出来た。


 だが、今や島の大半は年頃の少女達。


 しかも、卒業すれば――【幻影】の災禍から、この国を、生き残った人々を守っていかなければならない子達なのだ。

 色恋沙汰で、教官が不祥事? 

 ……笑えやしない。

 まぁ、中には卒業生と結婚した刀護なんている輩もいるが。【幻影】出現前だったら、下手すればニュース沙汰だったろう。

 俺が腕組みをして言い切ると、三枝と七夕は何とも言えない顔になった。


「それは、そうですが……」「面白くない答えですね……」

「俺にそんな気の利いたものを求めるな。戦友達にからかわれた古傷が傷むだろうが……。飲まないのか?」


 二人の少女は俺から渡されたスポーツ飲料を開けもせず、持っている。

 汗はかいているようなんだが……。

 すると、三枝と七夕はお互いを探るように視線を合わせた。


「し、志穂、飲めば?」

「……私は喉乾いてないから。香菜こそ、飲まないの?」 

「わ、私は、後で飲もうかな~って」

「……ふ~ん」

「? まぁ、好きな時に飲んでくれ。さて、だ。話を戻そうか」


 少女同士にしか通じないやり取りに、俺は小首を傾げた。

 昔、コレット達も同じようなことやってたような。

 ……まぁ、あの時のあいつらはもっとギスギスしていたが。

 俺は二人の少女を見つめる。


「三枝、七夕。お前達は今年の入った【戦乙女】候補生――総勢四十六名の中でも、一歩先に進んでいる。今のままなら、遠からず実戦任務を割り振られるだろう。流石に、一年時はないと思うが」

「じ、実戦、ですか……」「望むところです」

「だからこそ」


 左手を握り締め、小さな魔弾を作り出す。

 そして、分かり易いように、ゆっくりと消していく。

 二人の大きな瞳に驚きが浮かびあがる。


「先んじて、こういうモノがあることを知っておくのは悪くない。さっきの一発目が躱されるのは分かっていた。だから――二発目を『消し』少し遅れて放った。結果は見ての通りだ。因みに、この技術を【幻影】達は多用してくる」

「「…………」」


 優等生達は顔を見合わせ、視線で先を促してきた。じゃあ、どうすれば?

 俺は頷き――携帯が震えた。

 取り出し、確認すると『天羽クレア』。

 今までの行動パターンからして、寝ぼけつつかけただけだろう。

 仕舞って、話を続ける。


「【A.G】は確かにとんでもない力だ。殆どの近代兵器を無効化にし、空も飛べるようになり、それぞれの武器は地形すらも容易に変える。【白薔薇】くらいまで極めれば、戦術核にすら耐えるかもしれん。『神の恩寵』なんて、名付けられるのも分からんでもない。だが……残念ながら、【戦乙女】の数に対して、【幻影】の数は余りにも多過ぎるし、同時に奴等はそのことを理解している」

「……『個ではなく、衆が優先される』」

「故に、上級種であっても自爆を多用する」

「よく勉強してくれていて、助かるよ」


 俺は二人を称賛し、壁から背を離した。

 ――【幻影】は、自らの死に頓着しない。 

 少なくとも、京都と東京で、俺とコレットが辛うじて倒した【長】と呼称される存在以外は。


 あいつには……明らかに『感情』があった。


 以降、世界各地で報告例はないものの、予感がある。

 何れ必ず姿を現すだろう。

 その前に、俺の技術と経験を伝えなければならない。


「俺がお前達の歳くらいだった頃、【幻影】は姿を消すなんてことはしなかったし、自爆したりもしなかった。けれど――戦いが激しくなるにつれ、少しずつ、少しずつ、戦い方を変えていった。あいつらを決して侮るな。油断なんで言葉はとっくの昔に死んだことを肝に銘じろ」

「「はいっ!」」

「良い返事だ」


 他の少女達の訓練が一段落したようだ。

 手を振ってきたので振り返すと、嬉しそうな歓声があがった。俺なんかを慕ってくれるとは、本当にいい子達だ。

 ……誰も死なせたくはない。

 夏季休暇前に、飛翔訓練まで持っていきたいところだな。

 そんなことを思いつつ、俺は三枝と七夕へ課題を提示した。


「今日から、より【A.G】を繊細に使いこなし、極々微量の魔力で感知網を形成する癖をつけろ。実戦に出る際の必須技術だ。お前達が一組を――何れは一年全体を引っ張っていってくれ」

「はいっ!」


 黒髪眼鏡の委員長は、歳の割に大きな胸を揺らしながら敬礼した。

 次いで、ショートカットの副委員長も敬礼。


「了解しました――……勿論、教官が指導してくださるんですよね? 昨日の天羽さんみたいに」

「! 志穂!?」

「そっちの方が香菜もいいでしょう? ……幾ら天才お姫様が相手でも、負けっ放しは悔しいもの」


 七夕がしれっと要求を出し、珍しく強い感情を表に出した。

 ……やっぱり、昨日の模擬戦を気にしていたか。

 俺は副委員長の手からタオルを取り、頭にかける


「? 教官??」

「昨日の模擬戦はすまなかった。天羽を止められなかった俺の責任だ」

「っ! あ……え、えっと…………その、私、そういうつもりじゃ」

「――でもな」


 慌てふためく七夕へ、俺はニヤリと笑った。

 親友の狼狽ぶりに、口元を押さえた三枝に対しても片目を瞑る。携帯が震えた。

 どうやら、寝坊助のお姫様が完全に起きたか。


「お前達なら、あいつの背中に追いつけると俺は思っている。どんな【戦乙女】でも忘れちゃいけないんだ。単独で戦う奴は何時だって死神の鎌に狙われていることをな。さて――俺はそろそろ行くよ。午後の授業で会おう」

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