第五話 見回り 上
耳元で目覚まし時計が鳴っている。
「……もう朝、か」
手を伸ばし、止め重い身体を起こす。
時刻は朝五時。
普段なら鳴る前に起きるんだが……
「訓練、嫌がるせくせして、始めると飽きるまで続けやがって……あのガキんちょが。教官を敬うよう、教育しないと……」
俺は、クラスメート達全員と教官補佐数名を叩きのめした後、延々と俺との模擬戦を要求した天才姫様に悪態を零し、ベッドから降りる。求めているものが違う。
教官用住居のカーテンと窓を開けると、朝日と初夏の風が吹き込んで来た。微かに波の音や船の航行音も聞こえる。雲一つない、いい天気だ。
【幻影】出現後、各国では環境や気象の激変が引き起こされたものの、日本では、旧東京及び東京湾北部を除けば、そこまでの異常は発生していない。強いて言えば、台風や雪の降る日が増えたくらいだろうか。
島内に設けられた野外訓練場からは、生徒達の声と飛翔する残光。
【A.G】戦技習得学校の朝はとても早い。
五時半から全ての訓練場が解放され、六時半からは朝食の提供も始まる。
着替えや諸々の準備を済ませ、八時には多くの生徒達は各クラスに入り自習。
一週間の内、休みは日曜日のみ。
月曜から金曜日までは七限まで授業があり、最低でも三日は訓練があり、これを短い夏季・冬季休暇を除き、毎日毎日繰り返している。
……俺が学生だった頃に聞いたら一週間ももたなそうだ。
島内にいる生徒の年齢は十五歳から十八歳。
学ぶことよりも、遊んだり、朝はギリギリまで寝ていたいだろうに……訓練場は毎朝予約でいっぱいだ。
朝練に教官や教官補佐が付き合う必要はないものの、暗黙の了解として、交代で見回ることになっている。今朝は、俺の番というわけだ。
顔を洗って、歯を磨き、見回りに行く訓練場を確認し――クレアとの約束を思い出した。
『明日の朝、起こしてくださいっ! 朝食、一緒に食べたいですっ!!』
……あいつ、一度寝たら、中々起きないんだよなぁ。
髭を剃り終え、学校の正式服に着替え、俺は携帯を手に取った。
姿見で身だしなみを一応確認しつつ、発信。
………………出ず。
一応、メッセージも送っておく。
こういう時、証拠を残しておくことの重要性は身に染みている。
『電話はかけた。授業は八時半からだ。遅刻したら、今度の外出日に本土へ渡る話は延期とする。以上』
これで、良しっと。
今朝見回る訓練場を取ったのは三枝達らしい。
昨日の模擬戦で、同学年のクレアに手も足も出ず完敗を喫したのは彼女達にとっても衝撃的だった筈だ。勿論、フォローは入れておいたが……さて、どうしたもんか。
俺は思案しながら靴を履き、玄関を開けた。
※※※
白鯨島は【A.G】技術を用いて建造された初めての人口島の為、とにかく広い。
【幻影】によって消滅させられてしまったが、旧伊豆大島とほぼ同等だと言えば、何となくイメージ出来るだろうか。
だから、全ての生徒は訓練も兼ねて飛翔での移動を推奨されている、
まだまだ飛ぶことに慣れていない三枝達のような一年生でも、魔力を用いれば身体能力は常人よりも跳ね上がるので、移動に苦労はない。
カフェテリアで働くおばちゃん達や島の掃除や植物達の手入れをする人々には、自動三輪車が提供されており、早朝から忙しなく走っているのをよく見かける。
今朝、見回りを担当する訓練場は教官用住居に比較的近くなかったら、俺も使っていただろう。
時折『風倉教官殿には、矜持がないのか?』とか何とか、同性の同僚から難癖をつけられることもあるが、気にしていない。三輪車は便利だ。
そうこうしている内に、島の最北部に位置している第七訓練場が見えて来た。
東京を囲う【壁】と本質的には同じ物が周囲を取り囲み、学生レベルならば中でどれくらい暴れようとも外に被害は及ぼさない作りになっている。
ぱっと見、扉らしい扉はない。
俺は魔鋼製の扉脇に設けられているタブレットに、自分の手を翳した。
すると、電子音が鳴り――
「やぁぁぁっ!」「そんな攻撃、当たりませんっ!」「副委員長」「今日は勝っちゃうよぉぉ!!」「――甘い」「そ、そんなっ!?」
俺の身体は訓練場内に飛ばされていた。
中では、女子生徒達十名程が【A.G】を展開せず、身体強化だけを用いて朝練に精を出していた。三枝と七夕が残りの全員を相手にしているようだ。
全員、学校側が提供したTシャツと短パン。
……学生時代を思い出すな。
生徒達の連携攻撃を、薙刀で捌きながら黒髪を靡かせる三枝香菜と、距離を保ちつつ和弓を放ち続ける七夕志穂。
やはり――新入生たちの中では、この二人が一歩抜け出ている、か。
幼馴染らしいし、息も合っている、か。
俺は壁によりかかりつつ、考えを自分の頭にメモし、自身の【A.G】を瞬間展開。
クラスメート達を見事な連携で圧倒しつつある、一組委員長と副委員長へ小さな魔弾を放った。
「「!?」」
最後の攻撃を行おうとしていた二人は辛うじて魔弾を避け――
「きゃっ」「ひゃん」
回避した先で、頭上から落ちて来た水弾が直撃。
可愛らしい悲鳴をあげ、動きを止めた。
――俺は拍手。
少女達の視線が俺に集中。慌てて頭を下げた後、髪の乱れを気にし始める。
俺は苦笑し、左手を振った。
「おはよう。ああ、訓練を続けてくれ。さっきの連携、悪くなかったぞ。三枝と七夕はこっちへ」
『はいっ! 風倉教官!!』「は、はい」「……はい」
少女達が顔を綻ばせ、訓練を再開した。
対して、薙刀を和弓を消し、緊張でガチガチな三枝と、珍しく恥ずかしそうな七夕は俺の傍へ。
二人へタオルを投げつつ、笑う。
「三枝、そろそろ俺の顔に慣れてくれ。七夕、随分と可愛らしい――ああ、こういうことを言うと、訴えられるだったな。何でもない」
「……む、無理です……」「…………録音するべきでしたか」
眼鏡少女はもじもじし、日頃、沈着冷静な少女も照れ隠しを零した。
俺は片目を瞑る。
「少し話をしよう。今の訓練と――昨日の件だ」
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