第二話 教官 下

「はい、天ぷら蕎麦、お待ちどうさま」

「ありがとうございます」


 おばちゃんに御礼を言って、トレイを受け取る。

 校舎最上層である三階に設けられているカフェテリアは、【戦乙女】候補生で溢れていた。

 どうやら、今日も外の席は全部埋まってしまっているようだ。残念。

 天窓から注ぎ込む陽光に目を細めながら、俺は席を探す。

 

『【A.G】戦技習得学校』


 相模湾に浮かぶ人口島――通称『白鯨はくげい島』にこの学校が設けられたのは、今から八年前。

 島の建設自体も、今までの人類では不可能だった技術の検証及び習得を目的としていたこともあってか、気合が入っている。

 少なくとも、学生時代の俺が見たら人口島とは思わない筈だ。

 ……こういう技術があったら、死なずに済んだ奴等も多かったとも思う。


「あ、風倉教官!」


 窓際の席に座っていた三枝が立ち上がり、手をブンブンと振った。

 背中に尻尾が揺れているように見えるのは幻覚だろうか。

 ……俺達の時代なら、高校一年の筈なんだがなぁ。

 犬っぽい委員長の前には七夕もいて、ちょこんと会釈してくれた。

 俺が近づいく前に、三枝が近づいて来る。


「お席、探しておられるんですか? なら、どうぞ! 空いていますのでっ!」

「いや、流石にそれは……」

「お蕎麦、冷めちゃいますよ? 志穂しほー。志穂もそう思うよね??」

「――教官、立ち止まられているのも邪魔です」


 相方に援軍を求められた七夕はスープを飲む手を止め、俺の決断を促した。

 ……確かに邪魔か。

 俺は諦め、三枝達が確保した席に腰かけ、礼を言う。


「すまん、助かった」

「いえ! 御役に立てて良かったです」「香菜かな、五月蠅い」


 七夕がやんわりと委員長を諭す。本当に良いコンビだ。

 俺は微笑ましく思いながら、自分の箸を取り出した。

 見事、日替わり定食のチキン南蛮をゲットしたらしい三枝が羨ましがる。


「風倉教官は天ぷら蕎麦ですか? 私もそっちにすれば良かったかなぁ……」

「香菜はどうせ、夜の訓練の後、夜食で食べるでしょう?」

「なっ!? し、志穂だって、クレープ食べるってさっき」

「甘い物は別腹よ」

「むむむ~」


 スパゲッティナポリタンを上品に食べている七夕の反論に、黒髪眼鏡少女は唸る。

 頭は良いんだが、素直に過ぎる。

 ……本当なら、戦場に出させたくはないんだがな。

 蕎麦を喰いつつ、当たり障りのない話題を振る。


「そう言えば、二人共、専科はもう決めたのか?」


 俺が現役だった時代、【A.G】の研究は未だ端緒についたばかりだった。

 故に発現させた武器から、自分に向いている距離や戦術を模索し、一歩一歩進んで行く他に路もなかったのだ。


 けれど、あれから十二年。


 時代は進み、今や【A.G】の発現因子すら発見出来るまでになり、それぞれに向いている戦術等も立案されるまでになっている。

 ……まぁその結果、可能性のあって戦えそうな者は、国家による全面庇護を得る代わりに根こそぎ徴兵されているわけだが。

 この学院では、入学から半年間は座学を含めた基礎訓練を。

 短い夏季休暇後は【A.G】を用いた本格的な実戦訓練が開始される。

 期間は原則三年間。

 成績優秀者は学生でありながら士官待遇で実戦に投入されることも多く、つい先日からも数名が上級【幻霊】討伐任務へと赴いている。

 かつてよりは余裕を取り戻していても……この国は未だ戦時下にあるのだ。

 三枝が箸を止め、もじもじ。


「ま、まだです……迷っていて」

「私は後衛を。厳密に言えば、中距離になるようですが……遠距離も会得しようと思っています」


 対して、食べ終わった七夕は紅茶を飲みながら淡々と答えた。

 十五歳だが頼もしい限り。

 俺は茶碗に麦茶を入れつつ応じる。


「心意気は買うが、【和弓】で遠距離は相当キツイぞ? あと、七夕は治癒の特性もあるみたいだし、中距離支援に向いていると思うが」

「! 私の【A.G】を知って……?」

「おいおい、俺は一応教官だぜ? 担当している学生のことはある程度、把握しているよ」


 良く冷えた麦茶を喉に流し込みつつ、答える。

 目の前に座っている二人の少女が硬直し、周囲もざわつく。

「ねぇ……」「うん……」「風倉教官って、座学と訓練も含めると三学年ほぼ全部の講義に関わってない?」「うちの学院って、今何人いるっけ?」「一学年、50名くらいだから」「合計で150名分の情報全部覚えてるの!?」

 ……特段、変な事を言った覚えはないんだがな。

 三枝が挙手した。


「はいっ! 風倉教官っ!! なら、私は――」

「委員長はバリバリの前衛」

「っ! え、遠距離は駄目……です、か?」

「駄目――と、言いたいところだが、専科を決める前に試すのはいい。俺の目が曇っていて、遠距離戦の才覚があるかもしれないからな。『前衛1・中衛1・後衛2を最小の戦闘単位とする』っていうのは、あくまでも教科書の話だ。実戦では、仲間がやられそうなら射程外からでも撃つし、突撃も敢行する。何せ、相手は理外の存在なんだ。全部が杓子定規じゃいかない」

「「…………」」


 二人の少女が黙り込む。

 俺は窓の外を見つめた。

 島の埠頭に高速船が到着し、人影が降り立つのが見えた。

 討伐任務に出ていた生徒達が帰還したのだろう。

 数は――減っていないようだ。

 心底、ホッとする。


 ――最後に降り立った長く美しい紫髪の少女と視線が交錯した。


 元射手だった俺はともかく、一介の生徒がこの距離を補足出来るとは思えないんだが……あいつだからなぁ。

 魔力の微かな揺らめきが、少女の強い不平不満を伝えて来る。

 俺がこうして昼飯を食べているのが気に喰わないのだろう。さて、どう言い訳したもんか。

 考え込んでいると、三枝と七夕が口を開く。


「風倉教官」

「ん?」

「けど、なら――天羽あまはねさんはどうなるんですか?」

「あの人の才能は理解しています。ですが――学院の授業も殆どまともに受けられていません。これでは、専科どころではないと思いますが」

「あ~……確かに、な」


 人にとって【幻影】は余りにも強大だ。

 【A.G】なんていう、一昔前ならゲームの世界にしか存在しない力を使っても……単独戦闘では分が悪すぎる。

 だからこそ、苦戦、悪戦、死戦を潜り抜け、辛うじて生き残った第零及び第一世代は、次の世代へ徹底的な集団戦術を叩きこんだ。

 敵は強大。

 よろしい。ならば、此方は各個撃破と数の暴力による瞬間火力で対抗する。

 これが、今の時代の対【幻影】戦闘の基本。


 ――が、どんな時代にも『例外』は存在する。


 【白薔薇】や俺の戦友達。

 第二世代最強のエース【影槍】は単独戦闘でも膨大な戦果を積み上げ続けている。

 エースはともかく『エースオブエース』の連中に、常識は通じないのだ。

 俺は頬を掻き、二人へどうにか説明しようとし――携帯が震えた。

 

『九条刀護』


 手で少女達へ謝り、出る。


「はい」

『お昼休み中に申し訳ありません、先輩。至急、『姫』の部屋にお願いします』

「……荒れてるのか?」

『荒れてます。機嫌を直せるのは先輩だけかと』

「お前がやれよ」

『無理です。僕、姫に嫌われてるので。どうか、お願いします! では』

「あ、こらっ!」


 一方的に切れる。

 あの野郎……学院長だからって、無理難題を言いやがって。

 俺は額を押し、トレイを持ち立ち上がった。


「二人共、悪いな。急な呼び出しだ。席、本当に助かった。今度、訓練の後に甘い物でも奢ろう。ああ、三枝は天ぷら蕎麦が良いか」

「か、風倉教官っ!?」

「お願いします――別に訓練後じゃなく、休日でも構いませんが」

「! し、志穂!?」

「先手必勝、でしょう?」


 仲良くじゃれ合い始めた少女達に苦笑し、俺は軽く手を振り、その場を離れる。

 ……さて、お姫様の御機嫌伺いに行きますかね。

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