第三話 お姫様 上
カフェテリアを出た俺は、そのまま校舎の外へ。
島には、至る所に花壇や緑地帯が整備されていて、昼食を終えた生徒達がそこかしこで談笑したり、身体を動かしたりしている。
……この光景だけを見たら、女子高そのものだ。
教官はともかくとして、他の用務員の人達も女性ばかりだし、何とか男子生徒も増やせないもんか。刀護の尻を叩かねば。
時折、ちょっかいをかけてくる生徒達へ応答しながら、校舎から少し離れた場所に佇む寮への遊歩道を歩いて行く。
にしても、刀護の野郎、厄介事ばかり俺におしつけやがって。九条家のお坊ちゃまは違うぜ。
まぁ…天
「念の為、連絡は入れておく、か」
独白し、携帯を取り出す。
島内の学生達は入学時に携帯を没収されている為、本来なら連絡は出来ないのだが、既に実戦任務に就いている者は別。
そして、俺がこれから相対しなければならない少女もその一人なわけで……。
躊躇いつつも、通話のボタンを押す。
――反応なし。
俺がかけてくることを見越してか、電源をわざと切っていやがる。
「あの爺、幾ら可愛い孫だからって、甘やかし過ぎたな……」
額を押さえ、呻く。
甘やかした理由は単純。
――愛娘と一緒に死んだと思っていた孫が、奇跡の生還を果たしたから。
分からないでもない。
再会した際、俺に対しても滂沱の涙を流しながら礼を言ってたし。
……が、問題は当のお姫様なわけで。
いよいよ寮の入口が見えて来た。
天羽の爺さんが『孫の為に!』の一言で資金をわざわざ出し改修させた、豪奢かつ堅牢な建物だ。曰く、五階建てでも超一流ホテルに匹敵する。
俺は足を止め、顔を上げた。
最上階の一室――その窓に美少女が見える。
元射手の悲しさ、唇が読めた。
『逃げるのは禁止ですっ! は・や・く!!』
……極々微量の魔力で感知網を形成していやがったな。
以前、俺が教えた技術ではあるものの、ここまで完璧にされてしまうと何とも言えない気分になる。
ガキんちょだった頃のコレットでも、もう少し可愛げが……いや、ないな。うん、ない。
今や合衆国どころか、世界的な英雄となり、年に数度の会合で顔を合わす度に『で? イツキは何時、こっちに来るの? 明日?? そろそろ、攫ってもいいけど???』と聞いて来やがる【白薔薇】様も、こと【A.G】の応用に関しては天才的だった。
つまり――俺が、今から宥めなければならない九年前に旧東京で助けた少女は、人類最大の英雄様と肩を並べる天才なのだ。
※※※
寮の入口で名前を記入し、中へ。
昼休みで戻って来て居る生徒達を適当にあしらいつつ、最上階へと向かう。
……正直、心臓に悪い。
ここ数年、男子生徒が入学していないこともあってか、寮内の女子生徒達も無防備になっていることがあるのだ。
『【幻影】を倒し、家族を守る』
という意識は強いし、自分達の置かれた立場を理解出来てもいるので、これでも相当マシなのは分かるんだが……。
階段を登り、五階へ。
此処は既に実戦任務に就いている生徒達しかいないので、幾分気安い。
廊下にいた防衛軍の制服を着たままの三年生達へ「任務、御苦労様。気を付けて」と声をかけると、嬉しそうに顔を綻ばせた。
そのまま先へと進み――最奥の扉の前で俺は立ち止まる。
躊躇しても碌な事がないので、ほんの軽くノック。
「天羽、風倉だ」
返答無し。
当然――居留守だ。おのれ。
背中に視線を感じたので振り向くと、さっきの三年生達が興味津々な様子で俺を眺めていた。
しっしっ、と手を動かすと、敬礼して笑いながら逃げて行く。
……後で口止めしておかねば。
「入るぞ」
俺は一声かけ、スーツの内ポケットから部屋の合鍵を取り出した。
以前、天羽に押し付けられた物だが、学内にも合鍵はない為、往生している。
扉を開け、広々とした室内へ。
一般的な生徒の部屋は二人で一室だが、此処はその十倍はあるだろう。
『学内で最も優れた生徒に与えられる』
学院創設時に決められた規定だが……よもや、一年生が入ることになろうとは。
部屋を見渡すも、少女の姿はない。
ソファーに防衛軍の上着が放り投げられている。大理石の丸テーブル上には新品のバスタオル。
そして、聞こえてくるのは――シャワーの音。玄関の鍵も勝手に閉まった。
……今回はそうきたか。
案の定、浴室から声がした。
「来ましたー? こっちですよー。早く早くー」
「…………」
今度会ったら天羽の爺さんには説教だな、うん。
心の中で固く誓いながら、バスタオルを持って浴室の傍へ行き声をかける。
「……天羽」
「なんですかー。ぜっんぜん、ひっとことも、きこえませーん。私の名前は『クレア』ですよー? もう一度言ってくれませんかー」
嗚呼……歳月とは何と、何と、悲しいものか!
かつて、俺を『天使様?』と呼んだあの時の幼女が、無力な大人をこうやってからかうようになろうとはっ!
これを無常と言わずして、何と言う。いや、言わぬ。取り合えず、天羽の爺さんんと刀護は正座させて、説教する。
俺が沈黙し黄昏ていると、シャワーの音が止まった。
浴室の扉が開いた瞬間、バスタオルを叩きつけ、背を向ける。
「はぷっ! な、何するんですかー!! ひっどーいっ!!」
「そうやって、大人をからかうんじゃない」
「ぶーぶー。……樹さんの意地悪。私、任務頑張ったのに。独りで! 何処かの教官さんを自称する、私の雑用係さんが一緒に来てくれないから、独りでっ!!」
「自称じゃない。俺は教官。お前の雑用係になったつもりもない。あと、名前で呼ぶな。風倉教官と呼べっ!」
「え? 嫌ですけど?? 名前呼びに関しては、『人前じゃなければ』と、学院長の許可もいただいていますし」
「!?」
驚愕の事実を知らされ、俺は絶句した。
お、おのれ、刀護……自らの命の為に、先輩を売りやがったなっ!
勝ち誇った声を発しながら少女が近づいて来る。
「うふふ……そろそろ、諦めた方が楽になれ――きゃっ」
「! クレア!!」
俺は振り返り、転びそうになった少女を抱きかかえた。
長く美しい淡い紫髪。小柄で未成熟な肢体。
何より――『美少女』と形容する他ない顔立ち。
俺が九年前に助けた幼女は、羽化し始めていた。……胸はないが。
腕の中で恥ずかしそうにしつつ、ジト目。
「…………何ですか、その顔は。言っておきますけど、私がこの場で悲鳴をあげれば、樹さんの人生を終わらすことだって出来るんですよ?」
「……それは勘弁してほしい。立てるか?」
「た、立てますよっ! もうっ!! 子供扱いしないでください。私だって、十五歳。【幻影】のせいで法律も変わって、今年中に結婚だって出来――あ」
胸を張った美少女のバスタオルがはらり、と落ちた。
俺は紳士なのでその前に背を向け、【A.G】で音を遮断。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっっっ!!!!!!!」
直後――クレアは振動を感じる程の悲鳴をあげた。
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