第一章

第一話 教官 上

「こうして、第二次東京奪回作戦は人類の戦術的勝利で終わった。それから三年後――我が国だけでなく世界各国の精鋭を集め決行された第三次作戦でも、奪回出来なかったことから、以後、防衛軍は東京周辺に全高1000mに達する【魔力壁】を築き、間接的に、旧東京へ【幻影ファントム】達を封じ込める策へと戦略を転換した」


 俺はそこで一旦言葉を止め、クラス内の様子を観察した。


 真面目にタブレットでメモを取る者。

 隣の生徒で話をしている者。

 毎日の訓練の疲れから眠そうな者。

 目を爛々とし、俺の話を聞いている者。


 この光景だけは俺が学生だった頃と変わらない。

 ……まぁ、女子高でもないのに、全員が女子というのは歪な気もするが。

 【A.GAmazing Grace】を顕現させる男子は年々、その数を減らしている。

 窓の外へ視線を向けると、気持ちの良い青空。

 海鳥達が気持ちよさそうに飛んでいる。偶には訓練で飛翔してもいいかもな。

 俺は意識を戻し、一番前の席に座っている、眼鏡をかけ長い黒髪が印象的な女子生徒を指名した。


「此処で質問だ。三枝さえぐさ

「は、はいっ! ~~~っ」


 ガチガチに緊張した様子で勢いよく立ち上がった拍子に、女子生徒は足を机にぶつけ目を白黒させた。

 教室内に上品な笑い声が満ちる。

 対【幻影】戦争第一世代と違い、今の生徒達は教育を受ける時間的余裕がある為か、素直で良い子が印象だ。

 俺は、生真面目な委員長を窘める。


「落ち着け。立たなくていいから。無論、昼飯の日替わり定食と三時のおやつの内容が気になるのは理解するが――」

「き、気にしていませんっ! 風倉教官、あんまり意地悪を言われるなら、私にも考えがあります」

「お、訴えてくれるのか? 頼む。俺も今年で二十八歳。教官職について八年目だ。そろそろこのを脱出して、田舎で隠居したい。スーツも何時まで経っても似合わんしな」


 再びの笑い声。

 なお俺の故郷は東京都内にあり、戻ることは出来ない。

 頬を赤らめながら、着席した三枝に問う。


「話を戻そう。まず、【魔力壁】を構築出来るようになったのはどうしてだ?」

「――【A.G】の研究が進み、既存の科学技術と合わせることで、技術革新が起こった為です」

「そうだな」


 俺は左手を振った。

 すると、前方空間に旧東京の詳細図が浮かび上がる。

 これもまた【A.G】の研究が進む前――旧時代には、中々難しかった技術だ。


「十二年前から始まった【幻影】との戦いで、人類は短時間の内に総人口の半数近く……約三十億人を喪った。その中で、【A.G】を発現させた第零世代及び第一世代の奮闘と膨大な犠牲の末に旧東京を除く【門】を破壊することには成功したものの、以降、戦線は膠着している。それでも突然、街中に【幻影】が出現するなんて悪夢はなくなった」


 詳細図が広がり、広域図に切り替わった。

 旧東京を囲むように、魔力監視網が築かれているのがはっきりと分かる。

 この態勢が整ったことで、時折【魔力壁】を突破する【幻影】を迎撃することが可能になったのだ。

 俺は三枝の胸元で光っているペンダントを指差す。


「お前達が身に着けている、【A.G】補助装置なんて便利な代物は、俺が現役の頃はなかった。だから、飛翔のコツや障壁の張り方の掴むのはとにかく飛ぶしかなくてなぁ……大変ではあった」

「風倉教官、質問してもよろしいですか?」

「ああ、勿論だ」


 三枝が挙手したので、和やかに返す。

 こうやって、授業の手助けをしてくれるのは有難い。


「教官は現役時代、上級以上の【幻影】とも交戦された、と窺っています。その御話を是非! 私達も実戦に出る可能性が」

「絶対に出させん。少なくとも後二年はな。お前達を実戦に出す時は、この国が亡ぶ時だ」

「ですが――」


 俺は委員長を手で押し留めた。

 室内を見渡すと、二十数名の女子生徒達は興味津々と言った様子で俺を見ている。

 ……仕方ない連中だ。

 苦笑し、俺は広域図を消した。


「『上級』っていう呼び方にも時代を感じるよ。俺達の時代は『上位』っていう名前だった。皆も知っての通り――」


 今度は、一般的な【幻影】の図を投影する。

 『四足獣』『鴉』『海月』――そして『人型』。


「現状の【幻影】は、下級・中級・上級、そして特級に分類されている。対して【A.G】持ち……」

「先生、最近はその呼び方をしません。【戦乙女ヴァルキリー】と」


 三枝の隣に座っているショートカットの少女に咎められた。

 頬を掻く、素直に謝罪。


「何時もすまんな、七夕たなばた。助かる」

「いえ」「き、教官! 私の時と対応が違いませんかっ⁉」


 三度、笑い声。

 ……いいコンビだ。

 俺は話を続ける。


「【戦乙女】は、F~Aのアルファベットで分類されている。ただし、【白薔薇】みたいな『エースオブエース』は、A級の上――S級とされ、各国の字義通り切り札だ。残念ながら、我が国にS級はいない。出来れば、お前達にそうなってほしい」

『はいっ!』


 気持ちの良い返答。

 きちんとした教育と訓練時間があれば、この子達は立派な【戦乙女】になるだろう。

 ……にしても呼び名からして、女子限定になりつつある。

 おそらく、天下の【白薔薇】様の活躍が大きい。ああ、後でメールを返しておかないと。あの大エース様はもう少し大人になってほしいが。


「話が逸れたな。確かに俺は、現役時代それなりに戦ったが、そこまでの戦果は挙げていないんだ。けれど――これだけは言える」


 自然と生徒達の背筋が伸びた。

 授業終了告げる、鐘の音。


「油断という言葉は十二年前の十月十日に死んだ。相手が、下級だろうと上級だろうと向こうは理外の存在。【A.G】の防御能力は優秀だが、絶対じゃない。訓練の際も、そのことを念頭に入れて励むように――では、諸君。昼飯だ。廊下は走らず、ただし、急げ。ああ、今日の日替わりランチは、チキン南蛮だ。美味いぞ」 

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