第二十三話 調査 上
「それで――……幼気な、女子生徒達を叩きのめした、と。相変わらず鬼畜だな。流石は【死神殺し】様。変わっていないようで何よりだ」
「……久しぶりに会ったと思ったら、その言い草ですか。流石は統合本部を影で牛耳る名参謀様。ますます、切れ味が良くなっているようで」
今日の授業を終えた俺は、学内に設けられた応接室にやって来た生真面目そうな軍人――かつて、共に戦った
濃い珈琲を飲みつつ、説明する。
「叩きのめしたのは俺じゃなく、神無ですよ。いや~相変わらず見事な一撃離脱でした。学生時代から見事なもんでしたが、数年であそこまで成長するとは……人も捨てたもんじゃないって思いましたよ」
「貴様が教えた、な。S級の【戦乙女】は我が国どころ、全世界的にも稀少極まりない存在だ。教官配置にするのに、私がどれ程の骨を折ったか聞かせてやろうか?」
「いや、それは俺に関係ないでしょう? 第一、です」
カップをテーブルへ置き、大袈裟に肩を竦める。
教官配置は、神無本人の希望だった、と刀護から聞いているが……教育を軽んじ、正面戦力のみの充実に力を注ぐのはこの国の悪癖。
それをどうにかして打破しなければ……何時まで経っても、防衛軍の悲願『東京奪還』は成し遂げられない。
俺は山縣さんへ笑いかける。
「【A.G】持ちと【幻霊】共の数的差すらも未だに理解出来ていない、統合本部の参謀さん達の頭をぶん殴る為に、貴方が積極的に動いたように見えましたけど? ついでに、『神無』家にも恩を売れますし」
「……前言を撤回する。少しは性格を矯正しろ。生徒達の為にもな」
「山縣さん相手だけですよ。――先日の【妖精部隊】派遣、有難うございました」
「……ふんっ」
切れ者参謀は目を逸らし、腕を組んだ。昔から、不器用な人なのだ。
カップを置き、本題に入る。
「それで? 今日は何の用です? 早めに帰って、天羽を宥めないと、明日以降、夜間の猛特訓に付き合わされそうなんですよ。引退した身にはキツイなんで、出来ればとっとと、済ませて下さるとありがたいんですが」
「身から出た錆びだ。どうにかするんだな。しかも――引退した身、だと? はっ! 一年だが、既に将来を嘱望されている、天羽クレア、三枝香菜、七夕志穂の三人を相手にし、悉く攻撃を封殺した【A.G】使いが引退! ……馬鹿も休み休み言え。我が国に、そんな余裕は何処をどう探してもないっ!」
「全部、神無の仕業です。俺は神無に気を取られたのを撃っただけ。もしくは、俺が囮になったところを、神無が落としただけ。いやぁ……俺は良い同僚を持ちました。そう思うだろ、刀護?」
「――……先輩、それは流石に。山縣さん、お疲れ様です」
扉を開け入って来た後輩に同意を求めるも、却下される。
茶菓子のクッキーを口に放り込み、嘆息する。
「……刀護、そこは俺の味方をしてくれる場面だろう?」
「ん~……学校長として、一年生に高速戦闘のノウハウを叩きこむ教官は擁護出来かねますね。早速、一年一組の全生徒から、訓練場の夜間使用の申請が来てますし。先輩、何を言ったんですか?」
「――……何も。ただ」
「ただ?」
俺は立ち上がり、新しい珈琲を淹れる。
疲労を覚えているので砂糖とミルクも多めに投入。かき混ぜながら、言葉を零す。
「『全部吸収して、生き残れるようになれ』って言っただけだ。【戦乙女】の戦死で多いのは、小型【海月】の自爆と、【鴉】による奇襲だからな。高速戦闘訓練をすれば、自ずと飛翔技術も向上する。生き残れれば、中堅になり、古参になり、エースになる。結局、生き残ることこそが最優先だと俺は思う。面倒な相手が出てきた時は――九条刀護殿みたいな、エースオブエースに全部任せちまえばいい」
「ああ……そうですね。現役時代の風倉樹さんが、やっていたように」
「うっ……」「ふっ」
痛い所を突かれ俺は呻き、山縣さんが鼻で嗤った。
……昔はあんなに可愛かった刀護にこんなことを言われるとは、不覚。
椅子に腰かけ、背中を預けると、刀護が資料をテーブルへ置いた。
「例の『草野誠一郎』の件――第一次調査結果が出ました。山縣さんも同じ件だと思いますし」
「……教えてくれ」「……当たりだ」
「はい」
後輩が手を振ると、文字列が空中に浮かんだ。
草野の戦歴を纏めたものだ。
――こうして見ると、見事なもんだ。
多くの激戦場、死戦場を生き残って来た猛者なのが分かる。スコア的にもはエースオブエースの一角、と言っていい。
「見てお分かりの通り――草野の戦歴は、我が国でも有数のものだと言えます。当初の戦績を維持していたならば、今頃は統合本部の将官だったかもしれません」
「山縣さん?」
「……おそらく、な。だが」
切れ者参謀さんが眼鏡の位置を直した。
文字列に触れ、冷たく評する。
「草野誠一郎の戦績は【A.G】発現後の一年目にピークとなり、以後は二度と上昇しなかった。魔力が弱まったわけでも、後方勤務になったわけでもない。むしろ、激戦場に投入されている。……当時は、今よりももっと、余裕がなかったからな。生き残りの者を予備に回す贅沢を我々は知らなかった」
「ふ~ん……」
俺は改めて、かつての戦友だった男の戦績を眺めた。
――兵庫攻防戦を契機として、グラフが緩やかに下降している。
刀護が説明を再開。
「最後に参加した作戦は『ロンドン奪還作戦』です。そこで、草野は味方から孤立した隙を、【鴉】の大群に突かれ、重傷。前線任務を退くこととなりました。軍に残る際も、色々あったみたいで……参謀に転身はしていません」
「分からんな。……山縣さん、どうして、軍は草野を積極的に残そうとしなかったんだ? これだけの戦果を挙げた男だ。人格的にも、悪い男じゃなかったのに」
「……軍機だ、と言いたいところだが……事は、【人造A.G】なんて代物を持ち出し、かつ、【幻霊】の出現を、軍よりも早く把握している、得体の知れない男の話。これを見ろ」
今度は山縣さんが、鞄からタブレットを取り出した。
もう一枚、書類が投映される。【A.G】応用技術様々だ。
俺は素早く読み、呻く。
――現役を引退した後の、草野に対する軍の内部調査書。
「……まさか、あの草野が……? 心当たりが全くないんだが……?」
「此処に記載されている内容は全て事実だ。……未確認だが、【白薔薇】と決闘沙汰になった、との話もある」
「コレットと? ……刀護?」
「…………事実です。先輩を貶めたので」
頭痛を覚え、俺は眉をひそめた。
ティースプーンで珈琲をかき混ぜる。
「……じゃあ、何か? 草野が戦績を落としていったのは、俺達と出会った為で……現役末期の頃には、焦燥感の余り、生きた【幻霊】か、もしくは死体を手に入れようとして、単独行動を繰り返していたってのか!? おいおい…………冗談がキツイぜ」
【幻霊】は、倒すとすぐに黒い塵となって消える。
今までも、どうにかして死体を回収出来ないか、試行錯誤が繰り返されたものの――……成功例は皆無。
その目的は、到って単純。
【A.G】技術の更なる発展。そして、弱点の発見。
奴等が、通常兵器を無効化する根本的な原理は未だにブラックボックスであり、多分に感覚的な言葉で説明される。
仮に……仮に、【幻霊】の死体を手に入れ、出来るのか分からないが、解剖することが出来たのなら、人類は多くの知識を得ることが出来るだろう。
山縣さんが顔を顰める。
「……無論、草野は死体を入手していない。尋問によれば『どうしても、無理だった』とのことだ」
「この資料を読む限り……生きたまま、【鴉】を基地に連れ帰ろうとして、反撃に合ったみたいですね。自業自得としか…………」
「…………面倒な話だな」
俺は珈琲を飲み干し、天井を見た。
――想像以上にこの件、闇が深そうだ。
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