第二十四話 調査 下

「草野が……嫉妬? なのか? まぁ、いい。とにかく、上を見過ぎて、足下が疎かになった挙句、突破口を【幻霊】に求めたのは分かった。それに失敗したのも。……だが」


 俺は山縣さんと視線を合わせた。

 尋問書を指差し、問う。

 ――【最高機密】。


「それなら、何故、当時の尋問書が機密指定を受けているんです? ああ、山縣さんが関わっている、とは全く思っていません。【幻霊】の不可思議な動きを調べている間に、『入手』したんでしょうし」

「…………ふんっ」


 切れ者参謀は鼻白み、顔を顰めた。

 濃いブラック珈琲を飲み干し、吐き捨てる。


「第一に、軍の体面の為だ。草野は紛れもないエースだった。その、エースが、自らの為だけに行動していた――発表に二の足を踏んだ有力者がいたのだろう」

「世の中は綺麗事だけじゃないですしね。……まぁ、滅ぼされる手前までいっておきながら、『体面』を気にする時点でしょうもないですが。きっと、【幻霊】が扉をノックしても、大好きな内ゲバを続けるでしょうね。とっとと偉くなって粛清願います。――……俺の生徒達を、そんなのに巻き込んで殺したら、分かっていますね?」

「…………分かっている。誓いを違えるつもりはないっ。だからこそ、【戦乙女】の所管は、軍の指揮命令系統からは完全に独立させている」

「ならいいんです。偶にこうやって確認しておかないと、忘れてしまうので。…………あ~、刀護。言っておくが、茶番。今の茶番だからな?」


 俺と山縣さんの話を聞いて、何とも言えない顔になっている後輩に声をかける。

 クッキーを齧りながら、刀護は苦笑。


「……姉妹がいれば良かったんですけどね。そしたら、先輩に『九条』を継いでもらって、僕は校長だけをしていれば……」

「九条、その想定は端から破綻している。【白薔薇】をいったい、誰がどうやって説得するのだ?」

「勿論――山縣さんに説得を任せます」

「断るっ!!!!! 今更、死ぬことを恐れてはいないが……いないが、あの者と相対する度胸はないっ!! 普通にからかったり、弄っているこの男が信じられん」

「??? コレットは分かり易い奴でしょう? 世界最強の【A.G】使いなのには同意しますけどね。ここ数年は周囲が持ち上げ過ぎだと思いますよ。この前、会った時も説教しましたし」


 春先に、日米の戦訓検討会で再会した時のことを思い出す。

 自信満々に発表した新戦術の粗を指摘したところ、怒り狂ってはいたものの――まぁ、何時ものことだ。

 実際、終わった後もずっと話していた記憶しかない。

 ――考えてみると、その間、他の人間は話しかけてこなかったな。

 刀護と山縣さんが、無の顔になる。


「…………先輩、あのですね……コレットさんって、今や向こうの国だと……国家のですね……」

「…………無駄だ。こいつは、昔からこういう奴だった。身内になった後は扱いを絶対に変えん。たとえ、相手が【白薔薇】だろう、とな」

「……ああ、そうですね……」

「……うむ」

「??? いや、二人して納得しないでほしい……まぁ仮定の話だし。話を戻しましょうか」


 俺は小首を傾げながらも、仮定の話を打ち切った。

 …………嫁かぁ。

 そういうことを考える年齢になったんだな、俺も。

 思考を切り替え、質問を再開する。


「軍の体面の為に『軍機」指定された、という話には一定の整合性があります。防衛軍の御老人達の考えそうなことです。…………同時に」


 顎に触れ、尋問書を読み込む。

 草野の発言。『死体は入手出来なかったが、と考えます。私に相応の権限を与えていただきたいのです。必ず結果を出します』。

 それに対する所見は『精神鑑定が必要』とのものだが……俺は冷たく言い放つ。


「防衛軍お得意の欺瞞の匂いがします。……これを読む限り、草野は重傷を負った当初、参謀志望。なのに、尋問を受けた後、予備役編入を願い出て受理されている。そして、今――【人造A.G】を率いる隊長『高坂誠一郎』として、姿を現した。山縣さん、兵器局は何と?」

「回答はない。あくまでも『試作兵器の実験』『居合わせたのは偶々』だそうだ」


 切れ者参謀が眼鏡を外した。

 布を取り出し、拭きながら零す。


「……我が国は現在、持てる国力の過半を対【幻霊】戦に投入している。昔ならいざ知らず、今の統合本部内の空気として『通常兵器の開発に固執している兵器局に関わっている暇はない』というものだからな」

「つまり、冷や飯を食わしている連中のことなんか知らない、と」

「有り体に言えば、な。九条、そちらの伝手で何か分からないのか?」

「特段は……『高坂』は西方の家ですからね。唯一、見つけたのは、これです」

「「?」」


 刀護が、小さな新聞記事を投影した。地方の物のようだ。

 【幻霊】出現前は完全に斜陽産業となっていた新聞業界だったが、現在はある程度まで、その勢力を盛り返している。人々がそれを欲したからだ。

 逆にSNSは、各国の疲弊が余りにも激しく再開の見込みは立っていない。

 何しろ、主要都市の過半以上は壊滅的な被害を受け、多くの都市は未だに放置されたまま。世界全体を見渡せば、人口の約三分の一を喪った日本の被害は『軽度』とされるくらいなのだから……。

 その新聞記事には『防衛軍予備役大尉が【幻霊】から子供を救う』とあった。

 ――……うん?

 俺は違和感を覚え、後輩を見た。救うって……どうやって?

 頷き、説明してくれる。


「草野はロンドンで重傷を負い、【A.G】を喪い予備役に編入されました。にもかかわらず――その後に、子供を救っています」

「確認は出来たのか?」

「はい。『大きな槍で助けてくれた』と」

「…………妙だな。山縣さん」

「当時、尋問した者を当たる」


 即座の応答。

 さしもの切れ者参謀も、深刻そうな顔になっている。

 ――……これ、想像以上に根深い問題なんじゃないのか?


 【幻霊】と【戦乙女】は、世界の全てを根本から変えてしまった。


 それ以前の社会的地位や権力をどれだけ維持したくても……残念ながら、【幻霊】は一切の忖度なぞしないし、事実、躊躇している内に夥しい命が喪われた。

 結果、少しずつ、少しずつ……実際に、人々を、世界を守り続けている【戦乙女】達と、【戦乙女】に関わる者達が力を持ってきているのだ。


 けど……もし、もしもだ。そのことを見据えていて、数年前から動いていた人間がいたとしたら……? そして、そいつが【A.G】を憎んでいたとしたら……?


 俺は珈琲を飲み干し、カップを置いた。

 二人と視線を合す。


「……少しばかり、厄介な事案だと思う。草野の件は、神無にも依頼しておいたから、分かり次第共有を」

「はい」「頼む。此方も、全てを洗い直す」


 頷き、俺は立ち上がった。クレアに夕食を作りに行かないと……。

 扉へ向かいドアノブに手をかけて、ふと思った。

 振り返り、後輩に問う。


「刀護……草野が助けた子供は分かっているんだよな?」

「はい。何か、気になることが??」

「ああ」


 胸騒ぎが大きくなっていく。

 ――死体は無理だった。だが、生体ならば?


「念の為だ。こう尋ねてみてくれないか? 『君を助けたお兄さんは【幻霊】をどうした?』ってな」

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