第二十五話 凶報 上

 翌朝、俺は普段通りの時間に起き、自室で朝食を作っていた。

 諸々考えなければならないことだらけなのだが……悩んでいても仕方ない。

 一通り手は打ったのだ。そこから何が出て来るかは、出たとこ勝負だ。


「よっと」 

 

 オムレツをひっくり返すと、バターの良い匂い。

 土鍋の米も炊けているし、温かい内に食べてしまおう。

 学内の見回り当番ではないけれど……独白。


「神無の奴は、朝練に付き合ってるだろうからなぁ……流石に、俺も顔を出さないのはまずいだろうし……」

「…………え~。まだ、ねてましょうよぉ…………」


 目をこすりながら、猫フード付きの寝間着姿のクレアが起きて来た。

 おそらく、バターの匂いに誘われたのだろう。

 皿にオムレツを乗せつつ、挨拶。


「おはよう。良く眠れたか?」

「…………ぐっすりでしたぁ。ふわぁ…………」

「顔を洗って、歯を磨いてこい。すぐに朝飯だ」

「はぁい…………」


 半分眠りながら、クレアは洗面台に向かっていった。まったく。

 ――昨晩は本当に大変だった。


 模擬戦前半では、神無の機動について行けず。

 模擬戦後半では、神無に翻弄された挙句、俺の狙撃。


 刀護と山縣さんとの会合を終え部屋に戻ると、待っていたのはブランケットを被り、ソファーで丸くなり、愚図っている天羽クレアだった、というわけだ。

 ……いや、どうやって入った?

 疑問は覚えたものの、流石に叩き出す程のは気が咎めたし『初めての敗北』に衝撃を受けるのも理解出来たから、一晩泊めた、というわけだ。他の生徒にバレたら、死ぬな……社会的に。

 土鍋で炊いた白米。チーズ入りオムレツに厚切りハム。サラダ。大根の味噌汁。味海苔。

 準備をし、テーブルの上に運んでいると、クレアが帰って来た。


「――いい匂いがします。お腹が空きましたっ!」

「食欲があるのはいいことだ。ほれ、座れ」

「はーい」


 いそいそ、寝癖を付けたままの少女は椅子に腰かけた。

 俺も腰かけ、手を合わせる。


「「いただきます!」」


 時刻は朝6時半。

 カーテン越しに朝日が差し込んでくる。

 今日もいい天気だ。


「食べ終えたら、訓練場に顔を出すから、お前は自室に戻るんだぞ?」

「…………戻るの面倒臭いです。この部屋だとぐっすり眠れますし、もういっそ、同棲してしまった方が、色々と省けて良いと」

「却下だ。昨日は特別。二度はない。あと、野菜を食べろ」

「……いつきさんのケチ。鬼畜。幼気な少女虐め。昨日の件で、きっとクラスの子達からの人気も急落しますから……」


 クレアはぶつぶついいながら、トマトを嫌々食べる。

 ……人気が急落ねぇ。

 グラスに麦茶を注ぎ、少女の前に置きながら苦笑。


「元から、そこまで人気はないって。それに」

「それに?」


 チーズオムレツを箸で割ると、チーズがトロリと零れ落ちた。

 白米と一緒に食べると、恐ろしく美味い。我ながら、自炊能力が上がったもんだ。

 内心で自画自賛しつつ、回答する。


「俺はお前達を一人前にするのが仕事だ。嫌われても――生き残ってくれればそれでいい」

「…………嫌いになんかなりませんよ。少なくとも、私は」

「そうか?」

「そうです。神無教官は嫌いですけどっ!!!!!」

「お、おおぅ……」


 荒々しくハムを捕捉した少女に慄く。

 昨日の訓練終了後、神無は生徒達の質問にずっと答え続けていた。

 何時の間にか、良い教官になって……と、思っていたのだが、どうやら、此処にアンチがいたらしい。

 バリバリ、とサラダを貪り、クレアがわなわなと身体を震わす。


「あの人……私の時と、樹さんと組んでいる時とで飛び方が全っく違いましたっ。あんな……あんな、嬉しそうに、幸せそうに飛ぶなんてっ!!!!! あれは……あれは、私に対する実質的な宣戦布告ですっ!!!!! 柊もよく言っていました。『女には負けられない戦いがございます』ってっ!!!!!」

「…………柊さん」


 幼女に何を教えているんですか?

 なお、神無の飛び方が違った、というのは、俺には分からなかった。

 どちらも、一撃離脱の模範例で、元生徒が積み上げたものに感動すら覚えた程だ。

 クレアがハムを口で引き千切り、俺を睨みつける。


「――樹さん」

「ん?」

「私、負けませんからっ。あんな、外見は私達と変わらないのに、胸だけ大きくて、飛ぶのが凄い人なんかにはっ!」

「いや、出来れば仲良く」

「しませんっ! ……向こうも同じ気持ちだと思いますよ?」

「はぁ? ないない。だって、神無だぞ?」


 俺は少女の言葉を一蹴。

 神無楓は、根本的にいい子なのだ。学生時代も、誰かに対して敵対心を持った姿を見た記憶がない。

 きっと、クレアが無茶なことを言っても、笑って受け流してくれるに違いない。思ったよりも呑めるようだし、詫びの酒を進呈せねば。

 少女は俯き、ブツブツ。


「…………なるほど。樹さんは、こうやって色々な一見無害だけど、中身は蛇だったり、竜だったりな女の人に狙われているんですね。私がしっかりと守らないとっ!」

「??? クレア?」

「! ――何でもありません。気にしないでくださいっ。此方の話です」

「そ、そうか」


 気迫に押され、引き下がる。

 取りあえず、やる気が出たのは良い事だ。

 俺が方法論を提示しても、それをやるかどうかは本人達の意志次第なのだから。

 麦茶を飲み、話しかける。


「まぁ、今の内に神無からたくさん盗むように。あいつは、三年の実戦組を見ているから、精々今日明日までだからな」

「任せてくださいっ! あの忌々しい高速戦闘法、全部覚えてやりますっ!! ……三枝さんと七夕さんとも、約束しましたし」

「――ほぉ」


 思わず、驚きの呟きが漏れた。

 まじまじ、とクレアを見つめる。こいつが、クラスメートの名前を出すとはなぁ。

 

「……何ですか、その顔は?」

「いや、気にしないでくれ。そうかぁ……うんうん。良かったなぁ。あ、爺さんに跡で連絡をしておかないとだな」

「い、いいですからっ! も、もうっ!! ……樹さんなんて、嫌いです」

「嫌われるにも棒給分だからな」

「う~!!!!!」


 むくれる少女に苦笑し、次の話題を振ろうとした――その時だった。


「「!」」


 俺達は同時に立ち上がった。


 ――島内に鳴り響く二度と聞きたくないサイレンの音。


 『【幻霊】襲来警報』だ。


「クレア!」「私も行きますっ! ……行きますから」

「…………」


 紫髪の少女の瞳には強い決意。

 暫しの間、お互い睨み合い――俺が先に折れる。

 息を吐いて、頷く。


「……分かった。でもその恰好じゃ外に出られないだろう?」

「フフフ……こんなこともあろうかとっ!」


 そう言って、クレアは部屋へ飛び込み――戻って来た。

 手に持っているのは制服だ。持ち込んでいた、だとっ!?

 少女がない胸を張る。


「準備万端ですっ!」

「…………はぁ。行くぞ。寝癖は後で何とかしろ」

「はいっ!」

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