第二十六話 凶報 下

 外に出て、校舎へ向かいながら、刀護へ電話をかける。

 ワンコールもせず、出る。


「刀護。状況は?」

『現在、確認中です。統合本部も大混乱みたいで……』

「混乱?」


 後輩の言葉に違和感を覚える。

 現在、【戦乙女】の大多数は旧東京周辺に展開している。

 言わずもがな――【門】から、新手の【幻霊】が出現した際、即座に対応する為だ。次いで、【妖精部隊】を筆頭とする戦略予備部隊が暫定首都の置かれている名古屋近辺に。

 戦時ともなれば、白鯨島の生徒達にも緊急動員がかかるが、最後にその措置が取られたのは七年前。

 局地的に激しい戦闘は続いているものの、ここ最近、【幻霊】達の動きは全般的に見れば低調だった、と言っていい。


 ――にも拘わらず、統合本部が大混乱している。


 俺は、ある事態を想像しその場に立ち止まった。並走していたクレアも急停止し、「樹さん? そんな怖い顔をして、どうしたんですか??」と顔を覗きこんで来た。

 朝練をしていたのだろう、生徒達が焦った様子で寮へと戻っていく。

 刀護へ静かに問う。


「…………奴等が来たのか?」

『……おそらくは。関東近辺の全部隊に『緊急出撃』命令が発せられています』

「…………分かった。お前は、お前の本分を全うしろ」

『了解です。――先輩、生徒達を頼みます』

「ああ」


 受け答えし、通話を終える。

 すると、すぐさま画面が真っ赤になりアラートが鳴り響いた。


『予備役【A.G】使い緊急招集』


 ……最悪だっ。

 クレアが怯えた様子で、聞いて来た。


「樹さん……いったい、何が…………?」

「――そうか。お前は、七年前はこっちにいなかったから、知らないんだな」


 俺は少女の頭に手を置く。

 次々と入って来る情報を確認しつつ、説明する。


「【門】が新たな【幻霊】を大量に吐き出した。……軍の【戦乙女】達だけじゃ、対処しきれない。此処の学生達も動員される」

「……動員」


 僅かに顔を蒼褪め、クレアが身体を震わせる。

 既に実戦を幾度も経験いている、とは言っても……いざ『動員』という言葉を使われると、動揺するのは当然だ。

 ……若い【戦乙女】と生徒達は、【幻霊】達の、圧倒的物量による恐ろしさを経験していないのだから。

 携帯が震え、着信――山縣さんだ。

 すぐさま出ると開口一番、情報を伝えられる。


『【魔力壁】の一部が突破された。既に関東地区の全部隊が投入されている。一部は東京湾を南下中。主力は【海月】だが、新種のようだ。統合本部のA.Iは、進路予測を、白鯨島と予測している』

「とにかく戦略予備部隊を投入して、陸上を進んでいる奴等は包囲殲滅を。穴を塞がないと、持久戦に持ち込まれた負けです。東京湾の【海月】を叩く部隊は?」

『統合本部の手持ちは戦略予備の三個大隊だけだ。関西方面から緊急動員を行っているが、急場には間に合わない』

「分かりました」


 俺は与えられた情報と、島内の戦力を勘案する。

 次いで、山縣さんから送られて来た敵の映像データを見る。


「こいつは…………」


 思わず呻き、顔を歪ませる。

 ――過去最大、300m級の【海月】。

 この七年間で、交戦記録がない難敵であり、しかも、傘の色が漆黒ではなく、血を吸ったような深紅。攻撃方法は不明。

 しかも、無数の【鴉】と小型の【海月】を随伴させている。

 叩くには、それ相応の戦力が必要になるだろう。

 東京を中心とする部隊配備図を、投影し――決断する。


「分かりました。東京湾の【海月】は白鯨島で対処します」

『……すまない。可能な限り支援をする』

「お願いします」


 俺は通話を終え、携帯を仕舞った。

 ……新種の超大型【海月】。

 技量未熟な【戦乙女】じゃ、到底太刀打ち出来ないだろう。

 クレアが回り込み、胸を叩き、俺を見つめてきた。


「樹さんっ! 私に任せてくださいっ!! 必ず、叩き落として見せますっ!!!」

「――……ありがとうよ」

「わっ」


 俺は少女の頭を撫で回した。

 そして、背を叩き、促す。


「とにかく――校舎へ向かうぞ。お前を何処に配置するかで、勝負が決まる。頼りにしているんだ」

「っ! は、はいっ!!」


 クレアは頬を紅潮させ、何度も頷く。

 ……本当にそうだ。

 此処で配置を失敗すれば、白鯨島は蹂躙されかねないのだから。


※※※


 緊急動員令が出た際、教官と実戦経験を持つ生徒達は可能な限り迅速に校舎地下へ集まることになっている。

 地下講堂にいたのは、教官十数名と三年生六十数名。二年生が若干名。

 教官の数が少ないのは、一、二年へ指示を出している為だ。

 すぐさま切迫した様子の刀護と神無が俺を見つけ、駆け寄ってきた。


「先輩!」「風倉先生っ!」

「刀護、神無……えらいことになったな」

「……はい」「私は、何時でも出撃出来ます!」


 刀護が暗い顔をし、神無は力強い意気込みを示す。

 俺は、二人とクレアを従え講堂中央の壇上に登り――手を叩いた。

 視線が俺に集中する。


「風倉樹だ。動員令下に限り、白鯨島実戦部隊の指揮を執らせてもらう。まずは、最新状況の共有を行う。刀護、神無」

「七年ぶりに【門】が大活動を行いました。結果、一部の【魔力壁】が本日未明に崩壊。関東各地の全【戦乙女】部隊にスクランブルがかけられています」

「統合本部は先程、戦略予備部隊投入を決定しました。【妖精部隊】と関西からの増援を含む、都合四個抽出打撃大隊による機動反撃を行い――」


 神無が説明を引き継ぎ、講堂内に投影された戦況図を操作。

 【壁】を超えた【幻霊】の群れを、各部隊が押し留め、後方へ抽出打撃大隊が回り込んでいく。


「殲滅します」

「陸上はあっちに任せる。虎の子の戦略予備まで投入しているんだ、これで負けたら、何をやっても勝てないからな」


 俺の言葉に古参の教官達から失笑が漏れ、それを生徒達が呆れた顔で見ている。

 空気が解れたのを見た上で――東京湾北部を指し示す。


「問題は、この【海月】だ。目標は此処。統合本部の財布の中身は空。つまり――俺達で迎撃するしかない」

「よって――僕、九条刀護が率いる第一迎撃部隊は東京湾南部で迎撃を実施します。メンバーは映している人達です」


 画面が切り替わり、刀護と数名の教官と三年生達の顔が並ぶ。どよめき。

 神無が一歩進み出た。


「次に、私、神無楓が率いる第二迎撃部隊は、第一部隊が打ち漏らした【幻霊】を相模湾で迎撃します」


 俺の後ろにいたクレアが呻いた。「私が、第二部隊!?!! 樹さんと一緒じゃないっ!?!!!」。

 暴れる前に、話を続ける。


「つまり――迎撃は二段構で行う、ってことだ。原則として、実戦経験が乏しい三年と、二年生は島内待機とする」


 一斉に不満が上がる。戦意があるのは良い事だ。

 俺は左手を挙げた。すぐさま、講堂内に静寂が満ちる。


「その心意気は得難いものだ。出来れば忘れないでほしい。だが……今回の迎撃戦は、今までの実戦とは異なる。数的劣勢下の戦闘だ。甘くは考えられない。なお」


 白鯨島前方に三本目の赤線が生まれる。

 淡々と俺は告げた。


「第二迎撃線を突破された場合、生徒達の護衛役を除く、全教官で迎撃を実行。足止めを行う。これは――最終決定だ。異議は認めない。その上で、皆に言っておく。いいか、死ぬなっ! 絶対に死ぬなっっ!! 戦闘終了後、この場にいる全員との再会を、希望する」

「敬礼っ!」


 刀護の号令一下、全員が俺に敬礼してくれる。

 すぐさま返礼。

 

 ――さて、今回もまた【死神】を殺しにいくとしよう。

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